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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
Ⅹ もう、抑えられないから
361/691

第361話 何度も見たから

「よっ、と……」


 一つの部屋を二つに分けて割り当てたからこそ生じた空き部屋。

 だだっ広い一室の窓を開け放ち、木製の枠に足をかける。


(あいつ……やっぱりこんな時間まで)


 ヘレンの気配は屋根の上。部屋に戻ろうとする素振りも見せない。

 俺の接近には気付いている筈なのに。


「――……こんな時間にどうしました? いい子はもう、とっくにお休みしてますよ?」


 振り返ることもなく、ヘレンはじっと夜空を見上げていた。


「お生憎様。夜の九時に寝るようないい子はとっくの昔に卒業した」

「えっ……ほんとにあったんです? そんな時期。うわー、似合わなー……」

「余計なお世話だ」


 どういうつもりか、目を合わせようともしない。

 ただ、どんな表情を浮かべているのか――それは、なんとなく分かった。


「そう言うヘレンはどうなんだ。また夜更かしでもするつもりじゃないだろうな?」

「見てもいないのに決めつけるのはよくないですよー。今回は当たってるからいいですけど」

「根拠があるから言ったんだよ」


 今日の昼に帰ってきた時とは明らかに様子が違っていた。

 あの眠そうな姿は一体何だったのかと、そんな言葉が出そうになるくらいには。


「一体、俺のいない間に何があった? お前があれほど消耗するとなると……相当のことだろう?」

「あれあれ、いいんですか? 『やったのか』って聞かなくて」

「直接見てもいないし、根拠もない。何かへの対抗策を用意しようとしているなら、手伝おうとは思っているが」


 痕跡が残されていなかったから安全――とは、言えなくなった。


 その辺りも含めてヘレンが対処していたら、俺にはもう見つける手段がない。

 かといって、イリアに訊いて済ませてしまうのもなにかが違う。


「だから、そろそろ教えてくれないか。どうしてこんな時間まで起きていたのか」


 ひょっとすると、大きな脅威ではないのかもしれない。

 だとしても、それを理由に丸投げする気にはなれない。


「教えてくれ、なんて言われてもなー……。別に特別なことをしてたわけじゃないんですよね、私」

「そんなことはないだろう。あれだけ眠そうな顔をしておいて」

「そろそろ止めません? お昼のこと掘り返すの。そんなに怒られたいんです?」

「それが嫌なら無茶な生活を送らないことをお勧めする」


 お前が言うか――そんな視線を向けられてしまった。


 最近はそうでもないとはいえ、それもこれもこちらの世界での話。

 向こうでのことはさすがに反論できそうにない。


「それに、もし本当にお前にとって大したことでなかったとしてもだ。俺達にとってそうとは限らない」

「絶対に驚かないであろう人に言われても説得力ありませんけどねー」

「だったら訂正。アイシャ達にとっては。……何度も見てきたら自然と慣れる」


 ヘレンのあれやこれやを見たのは、そうなるよりも前のこと。


 高校時代、戦力増強を目的にヘレンが派遣されてきたころは特にそうだった。

 細かい事情を把握できていなかったこともあって、驚かされっぱなしだった。


「ヘレンなら覚えているだろう? 慌てふためく俺の姿くらい」

「そりゃあもう。何度もって言いたくなるくらい見せられましたもんね?」

「またそうやって事実を捻じ曲げる」

「えぇ? 私、ほんとのことしか言ってないですよ?」

「一体どんな目で見ていたんだ、おい」


 確かに驚かされはした。

 魔法に似ているようで違っている力には何度も。


 初めて転移を見た時なんて、思い出すだけでも恥ずかしい。

 それこそ普段のユッカのことを何も言えないくらいには。


「……まあ、それはいいとして。何をしているのかだけでも教えてくれないか」

「うわー、露骨な話題逸らし。そんなに聞くのが怖いんです?」

「本題に戻しただけだ。人聞きの悪い言い方をするんじゃない」


 軽く探ってみても、やはり何も見つからない。

 ここにいるヘレン本人以外から発せられる力を感じることはできない。


「探るだけ無駄なんで、止めといた方がいいですよ? 変なことばっかりして、そんなにあの子達に心配かけたいんです?」

「いいや、これっぽっちも。俺だって心配をかけたいわけじゃない」

「じゃあ、明日から可能な限り有言実行でお願いしますね☆」

「これまでだってそうしていたとも。……たまたま、不慮の事故に見舞われただけで」


 ……話を誤魔化そうとしているのは、ヘレンも同じか。


 目で見つけられるものではない。

 感覚を頼りに探ってみても、見つけられるものではない。


 屋根の上から夜のストラをぐるりと見渡してみても、やはり見つからない。

 ヘレンの元へ戻ろうとする何かの存在も感知できない。


「俺のことはいいだろう。いま心配されているのはヘレンの方だ。俺だけじゃなく、アイシャ達かも」

「ほんといい子ちゃん達ばっかりなんですからもー……」


 困った表情のまま、深いため息。

 そのことに対して何か負の感情を抱いているとかではなく。


「夜に何かをしていたところまでは分かっているんだ。これ以上隠す必要もないだろう」

「えー……なんかいつになく強情なんですけど、この人……」

「それはお互い様だ、お互い様」


 今に始まった話でもない。

 ヘレンが思い出したくない時期は勿論、それ以前にもそういう部分を見られたことは何度もあった。


「手伝うなというならそれでもいい。だが、これ以上続けるのなら」

「しませんってば。今日はもうこれで片付けちゃいますよ。心配かけるのもアレですしー」

「そうしてくれ。……悪いな、ヘレン」


 だからこそ、まだ完全に納得していないのは見れば分かった。


 誰かの手を借りたいわけでもない。

 ただの責任感から来ているにしては、どことなく妙。


「謝るくらいなら言わないでくれません? また広めますよ?」

「それは勘弁」


 明日以降のことはまだなんとも言えない。だが、さすがにこれ以上h


「甘いですね。桐葉」


 ……これ以上はないだろうと、思っていたら。


 どこからともなく聞こえてきた、透き通るような声。

 振り返ってみるとそこにはやはり、イリアの姿。


「うわ、出た……」

「随分な御挨拶ですね。私のことを幽霊か何かと勘違いしていませんか?」


(離脱は……しないのか)


 一瞬だけ俺のことを見たが、それだけ。

 俺が呼んだのかどうかを確認するための一瞬のみ。


「まっさかぁ。こんなおっかない幽霊なんてそうそういませんよぅ」


 それがないと分かった途端、そのイリアに絡み始める。


「今日はどうしちゃったんです? まさかまさかの嫉妬ですか? そんなわけないですよねー?」


 イリアの纏う雰囲気の変化に気付きながら、あえて無視した。


「…………」


 その夜の風は、いつにもまして冷たく感じた。


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