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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
IX 今日も今日とて
355/691

第355話 活動拠点-⑮

「……やっぱり、マユのため、ですか?」


 迷宮へ赴く前日のこと。

 ルークとの会合に向かう前、マユは思い切ってキリハへ訊ねた。


 偶然にも大金を手にした冒険者が考えなしに大きな買い物をしてしまうという失敗談も、マユは聞いたことがあった。


 キリハに限ってそんなことはないだろうと思っていても、気になって仕方がなかった。


 答えを聞いてどうするつもりだったか、マユ自身分からない。

 気付いた時には、疑問が言葉となって口から出ていた。


「それは……アイシャの家にお世話になりっぱなしではいられないから、か?」


 キリハは、やはりマユの胸中を見事に言い当てた。


 キリハ自身も感じているからだと、すぐに分かった。

 同時に、自分とはまた事情が異なることもマユはよく知っていた。


「そう、です。アイナさんが、快く受け入れてくれてるのは知ってる、ですけど」

「だからこそ……か。確かにな。まったく、あの人には頭が上がらない」

「そういえば、キリハさんはマユの先輩にもなる、ですね」

「その言い方、他では絶対にしないように」


 自らの意思で断ったとはいえ、キリハは[ラジア・ノスト]からも勧誘の声がかかった。


 珍しいばかりでなく、高速移動することも可能な翼の魔法。

 時に炎を灯し、また時には雷を纏う魔力の剣。


 何より、危険種とも渡り合えてしまう力の持ち主でもあった。


 いつまた勧誘があってもおかしくはない。

 たとえキリハ自身が受け入れなくとも、声がかかることはあるに違いない。


 良くも悪くも、キリハの手には今多くの選択肢があるのである。


 人によっては、喉から手が出るほどに欲しい選択肢。

 それをキリハ自身があえて選んでいないというだけなのだ。


「話が逸れたが……マユのことを考えていなかったと言うと嘘になる。それは間違いない」

「ばあやにも頼まれてた、ですよね」

「頼まれたからやっているかのような言われ方をされたくはないがな」


 言葉の割に、攻めているような様子はなかった。


 小さく肩をすくめるキリハの目は、マユがよく知っているキリハの目。

 嘘をついているわけでないと、見れば分かる。


「それに、あの時も言ったようにこれは俺の我儘でもあるんだ。マユの家を用意するなら、それこそあんな建物である必要なんてない」

「確か、みなさんの宿代、とか」

「それも建前。……気にしていなかったわけではないが」


 だから、常にあの家に全員がいる事を強要するつもりもない。キリハはそう言った。


 アイシャは勿論、ユッカやリィル、レアム達にもそれぞれの家がある。


 マユ自身にも、同じようにばあやがいる。

 レティセニアの家を訪れたその時には彼女が自分を温かく迎え入れてくれると確信していた。


 シャトとの間にも何かあることを、マユは知っていた。

 会話の内容までは、さすがに分からなかったが。


「帰る場所を一軒家という形にこだわる必要なんてないし――雨風を凌ぐために、自分の家を持たなければならないというわけでもない」


 続けてキリハが語った言葉も、マユはすぐにのみ込むことができなかった。


 キリハの言うそれが具体的にどれを指しているのか、分からなかった。

 言わんとしていることは辛うじて察せるものの、あまりに抽象的。


「それを承知で、あえて選んだんだ。あの家を。活動拠点としての役割も兼ねて」


 ひとつのチームとして、これからもやっていきたいと思っているから。

 そんな我儘からくるものでもあるのだと、キリハは語った。


 その思いを否定する者など、あの中には一人もいない。

 マユ自身、そのことを素直に嬉しく感じていた。


「……やっぱり、寂しい、ですか?」


 だからこそ、不安にも似た思いがあった。

 彼の決断の根底に、一体どのような心が隠れているのかと。


 キリハの家族について、相変わらず詳しい話は聞けていない。

 彼が語った昔話も、確信には触れられぬまま。


(……遠すぎるから会えないとは言ってた、ですけど)


 ヘレンと、キリハの主治医を名乗る『ますたー』なる人物。


 現在もキリハが会っているであろう知人は、そのくらい。

 キリハが師と呼ぶ人物がこちらにいないのは確か。


「寂しい、か……。全くないということは――ないんだろうな。きっと」


 ヘレン達の存在がキリハにとっては大きな支えであることは明らか。

 アイシャ達と比べた時、言葉に使用のない何かが違っているのは、マユが見てもすぐに分かった。


 かつての、キリハの言うところの『取り締まり』。

 その中で重ねられた時間は、今もキリハの中で生き続けているに違いない、と。


「……なんだか、自分のことじゃないみたい、ですね?」

「いや、違う。そういうわけじゃない。あるのは間違いない。別に、心の分からない怪物というわけでもない」

「そんなのまでいた、ですか」

「そんなところだ」


 気にはなったが、それに着いて深く訊ねようという気にはなれなかった。


 今、マユが聞きたかったのはそんなことではない。

 キリハがおいそれと話すことはないだろうとも、感じていた。






(……でも、なんとなく楽しそう、です)


 周囲を警戒しながら進むキリハの姿を見て、改めてそう思った。


 先ほどまで、やけに急ぎ足になっていたのも本当。

 しかしそこにあるのは焦りなどではないだろうと、マユは考えていた。


「……マユ? 大丈夫? 疲れたとか?」

「全然平気、です。リィルさんこそ大丈夫、ですか? 前に確か、追いかけて、疲れて……」

「そ、それは関係ないでしょ!?」

「やっぱり気にしてた、ですか」

「い、いいのよ! 足がちょっとくらい遅くてもどうにかなるから!!」

「でも、ユッカさんを追いかけたり、とか」

「うっ……」


 キリハもまた、心待ちにしている。


「や、やめてくださいよっ。変なこと教えないでください!」

「逃げるようなことをしなければ大丈夫、ですよ?」

「「そうじゃなくて!!」」


 そのことが、マユの足取りを軽くしていた。


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