第353話 活動拠点-⑬
縦横無尽に、駆け回る。
魔物の姿を目視するまでもなく、駆け出す。
アイシャ達がその存在に気付いた時にはもう、魔物はその身を散らせて消えた。
しかし、キリハとヘレンの勢いはなおも留まるところを知らない。
「なんか多くないです? さっきから。こんなに出る場所でしたっけ?」
「それを俺に訊かれても。向こうが大人しくなるまでやるしかない」
「そういうのいいですから。真面目に考える気がないならストりますからね?」
「真面目も何も、他にどうしようもないだろう」
軽口を叩きながらも、その目は標的を捉えたまま離さない。
キリハにとっては、真面目に考えた上での判断。
より強引な手段も、幾らでも思い浮かぶ。
キリハやヘレンにしてみれば、わざわざ戦いをする必要もない。
ただ、自らの力を最大限に活用するだけでいい。
魔物の群れを飛び越える事など彼らにとっては造作もない事だ。
「……これ、さすがにヤバめじゃありません? 前に踏破したって自慢してませんでしたっけ?」
「自慢はしてない。……踏破したからと言って、魔物が出てこなくなるわけでもないだろう。そういうことじゃないのか」
「熱烈な歓迎を受ける理由もないと思うんですけどねー」
「まあ、それは確かに」
それでも二人は、あえて戦うことを選んだ。
一匹、また一匹と姿を現す魔物と。
アイシャ達を抱えて跳ぶことを考えなかったわけではない。
彼女達の反応を見越して、自ら却下しただけである。
それ自体がキリハやヘレンに負担になることはない。
ただ標的目がけて刃を振るうだけで、魔物達は次々と姿を消していく。
とはいえ、現状に対して全く思うところがないというわけではなかった。
「ひょっとしてあれですか? 仲良くなったって、実は本人が思い込んでるだけとかそういう……」
「その憐みの目をヤメロ。そもそも、俺はこいつの所有を認められたとしか言っていない」
「その割にはしょっちゅう喧嘩してません? 大丈夫です?」
「お互い遠慮をする必要がないだけだ」
自らが握る剣を一目見て、キリハは返す。
魔力を纏うその刃は、流れるように駆け巡る。
どれだけ魔物を切り裂こうと、その切れ味が落ちることは決してない。
(やっぱり、思うところはあるんだろうな……。きっと)
剣の意思が普段に比べて柔らかくなっていることをキリハは見逃さなかった。
キリハには向かうことがない、というわけではなく。
そこまで考えて、キリハはようやく思い出す。
授かって以降、最奥部まで赴いたことはなかったと。
(……次はもう少し早く来るか)
気軽に行く場所じゃないと言われてしまいそうだ、と内心苦笑いしつつキリハは奥を見やる。
徘徊する魔物に遭遇する間隔はまちまちだった。
大きく開くこともあれば、一区切りをつけた直後に襲われることもあった。
当然ながら、キリハもヘレンも傷ひとつ折っていない。
ヘレンがからかうような目を向けていることにも、キリハはすぐに気付いた。
「うっわぁー……剣相手にマジになるとか……」
「余計なお世話だ」
嘆息交じりに返し、剣を下ろす。
後ろには、あえて目を向けなかった。
もの言いたげな視線が背中に突き刺さるのを嫌になるほど感じていたからだ。
「冗談言ってる場合じゃないですよ? あの子達に流れ弾飛んじゃってからじゃ遅いんですけど。その辺、分かってないとか言いませんよね?」
「もしもの時は、当たる前に叩き落とす。……お前も、迷宮中の魔物を一度に仕留めようなんて思うなよ」
「はいはい、脳筋プランはそこそこにしてくださいねー? 一掃するつもりなんてないですから。私」
「それならいい」
そうして、キリハは更に冷たい視線を浴びせられる。
それも、右隣のヘレンから。
これっぽっちもよくないんですけど――と、わざとらしい嘆きのため息。
「《魔斬》」「そういう邪魔はいらないんで」
しかしひとたび魔物が姿を現せば、一掃。
アイコンタクトすら交わさず、しかしお互いが相手の動きを阻害することもない。
二人で一つの存在であるかのように、無駄のない動き。
奥へと続く道のりは、慌ただしくも静かなものだった。
「……今更だけど、どこまで進めばいいんだろうね?」
レアムの問いに、答えることはできなかった。
最深部に向かわなければならない可能性も、ないとは言えない。
むしろそのつもりで、ここにいる。
提案をしてくれた妖精は未だに沈黙を保っている。
もし何かあれば、その時にはさすがに呼び止めてくれたはずだ。
「奥に行くのはいいけど、一旦外に戻ることも考えておかないと。」
「そうねぇ……? 誰かさん達が随分と張り切ってるみたいだし」
……そんなことより、この寒気をどうにかしないと。
少しばかり急ぎ過ぎてしまったのは事実。
結果的に置き去りにしていなければそれでいいというわけでもない。
「ほらぁ。言われてますよ? 視線を逸らして逃げるなんて姑息なことしないで、ちゃんと見ないと」
「お前が言うか。真っ先に飛び出しておいて」
「えぇ? コンマ一秒そっちが早かったですよ? 真っ先にって言われるのはちょっと違うかなーって」
「冗談。ヘレンの方が早かった」
「どっちも変わらないわよ!!?」
大した脅威はなくとも、一度に進める距離に限度はある。
だから必要以上に奥へ進もうともしなかった。
皆の体力の限界を超えるような無茶なスケジュールを組んだところで、辛い思いをするだけだ。
実際、一時撤退というのもなしではない。
これでもかなり早い方。
食料の不安がないとはいえ、当てもないまま奥へ奥へと突撃するのは少しばかりリスクが大きい。
「あんたもヘレンも! 何とかしようとしてくれるのはいいけど無茶し過ぎ! 怪我したら元も子もないでしょうが!」
「一応、その辺りは考えていたつもりだ。……急ぎ過ぎてしまったのも事実だが」
「分かってるなら次からは少し抑えなさいよね? あんたに何かあったらマユだって心配するでしょ」
「……返す言葉もないな」
諸々を含めて、気を付けようと思っていた筈が。
まったく、俺がこんな調子では話にならない。
ここで焦ったところでどうなるわけでもないというのに。




