第352話 活動拠点-⑫
「ねぇ、本当に大丈夫? そんな話聞いたことないわよ?」
一夜明け、翌日の昼。
リィルの言葉に、昨夜のルークさんの言葉が蘇る。
この迷宮に辿り着くまでの間に何度言われたことか。
生憎今は否定材料になりそうなものもない。
ないだろうと分かった上で、候補に挙げたあの迷宮。
かつては巨体同士の戦いの部隊にもなったこの場所に足を運んだ。
現状を解決してくれるようなものがあるとは思えない。
俺自身、未だに半信半疑。
「マユも聞いたことはない、ですけど……行ってみてからでも遅くないって、思って」
「……危なかったら、すぐに撤退するって約束よ?」
手詰まりな現状は皆もよく知っている。
ここに来るまで一度も本気で止めなかった理由も、その辺りにあるのだろう。
一度は最深部に到達したものの、何があるか分からない。
評価する研究者によっては、巨大な生物とも扱われるのが迷宮。
そのつもりで見ると、岩肌も臓器の内側のように思えなくもない。
「心配し過ぎなんですよ、リィルは。キリハさんの剣だってここでもらったものじゃないですか」
「だから余計に心配なのよ。ここであったことを忘れたわけじゃないでしょうね?」
「あ、あははは……。最後はなんか戦いになっちゃったもんね……」
「あれはあの時が異常だったから、としか。何かあればさすがにこいつも反応くらいはするだろう」
今のところ、鎧による手荒い歓迎もない。
あの時は侵入した異物を排除するために遣わしたとも言っていた。
同時に、無関係の者達を巻き込まないようにするためだったと。
「……まさかとは思うけど、また抜けないなんてことはないでしょうね?」
「見ての通りだ。久し振りの帰郷で浮かれているんじゃないか?」
「ストラのすぐ近くですけどね」
それは言わないお約束。
実際には迷宮の外と内で環境も違ってくるだろう。
今、俺が感じている以上の何かが。
確かに、目に見えて浮かれているということはない。
それでも思うところがあるのは間違いないようだった。
「って、そうじゃなくて。キリハさんが認めてもらったんだからきっと大丈夫って話ですよ。覚えてますよね?」
「ね、ね、そろそろフラグ立てるの止めない? 何か起きても責任なんて取れないよ?」
「そこはこのトラブルスイーパーに任せとけば大丈夫ですよ。ねー?」
……何故そこで俺を見る。
何かあれば対応はするが、それはそれ。
掃除機扱いをされる筋合いはない。
しかも、どことなく俺に責任があるかのような言い方。
まるで俺が好き好んでトラブルを引き寄せているかのよう。何が巻き込まれ体質だ。
「そういうことなら集めた分は全部お前に押し付けることにする。後は任せた」
「吐き出すならなるはやでお願いしますねー」
「そこは協力しなさいよ!?」
この場所の現状からして、俺かヘレンのどちらかだけでも問題なく対処はできる。間違いなく。
戦闘は勿論、それ以外の部分に関してもそう。
戦力の温存が必要な環境でもない。
「まったくもう……二人がかりならすぐ片付けられるくせに……」
理由が理由だから、奥に突撃する事もできない。
……どんな理由でも止められるだけか。
「まっさかぁ。このスーパー突撃魚さんには負けますよぅ」
「とんでもない。ここにあった罠だって、このお方が潰してくれたのに」
「こんな時ばっかりそんないい方しなくてもいいんですけどねー。さっきからちらちら見えてますよ? 《刈翔刃》」
「これ以上お手を煩わせるのも申し訳ないと思って」
一つ待機させるだけならどうということはない。
何かが出たその瞬間、そいつの元へ向かわせてやればいい。
空飛ぶ刃を介した発散の実験も兼ねている。
試せる内に試しておいた方がいい。
効果がなければそれまで。
「二人してさっきからぁ……っ!」
「ま、まあまあ……二人とも少しでも早く進めるようにしてくれてるだけだから……」
「すっとこどっこい共の張り合いなんざほっときゃいーんですよ。諦めろです」
「……助かってるのも、事実だろ」
……とはいえ、こんなことばかりしても仕方がない。
必要ならその時は二人がかりですぐに片付ける。それがいい。
リィルに余計な心配をかけるのはよろしくない。
「キリハもヘレンさんも、ほんとに大丈夫なんだよな? オレが言うようなことじゃないかもだけど、張り合わない方がよくね……?」
「あっ、ご心配なくー。突っ走ってガス欠とか、そんな凡ミスしませんから」
「そういうことだ。皆を危険に晒したりはしない。――心配してくれてありがとう」
「いや、そこは心配してないんだけどさ……」
張り合っているわけではない。断じて違う。
……口で言って納得してもらえるとは思っていない。
そして、納得していないと言えば。
「で、どうなんです? 実際。そんなご都合アイテムあるとは思えないんですけど」
「具体的な部分は俺にはなんとも。……もしかしたら、この子が何か知っているのかもしれないが」
「生まれて間もないこの迷宮ちゃんに詳しいとは思えませんけどねー」
ヘレンの言い分も正直分かる。
しかしだからと言って、あれを実行に移させるわけにもいかない。
半歩だけ詰めて、周りには聞こえない声で。
「(……言っておくが、お前の力で用意するのはナシだからな)」
「(あっ、その手がありましたね? ナイスアドバイスっ♪)」
「(誤魔化すな。……偶然見つけたとでも言って、作ったものを出すつもりだったんだろう)」
おそらく、今はまだ準備の準備をしている段階。
止めておくとしたら、今がベスト。
ヘレンのことだから、裏で進めるだろうとは思っていた。
案の定、そっと視線を逸らしている。
「(……そこまで分かってて、どうして止めるんです? 新しいおうち、あの子の要望でもありませんでしたっけ?)」
「(そのマユの頼みでもあるんだ。もしヘレンがそんなことを考えているなら止めてほしい、と)」
あの後、マユに訊かれた。
ヘレンの力があれば、それに近いものはできるだろうかと。
俺がその問いに答えるより早く、マユはもしそうなら止めてほしいと言った。
「……分かりましたよ。止めます。止めときますよー」
マユにとっては希望と呼ぶにふさわしい選択肢だった筈。
しかしそれを、マユは自ら封じた。
「イカサマなしがお望みなら、そうしますよ。時間はかかりそうですけど」
「誰もイカサマとは言ってない。……それに、言われたのは俺も同じだ」
更にマユは、その次に可能性の高い選択肢にも頼らないと言った。
「……いつの間にそんなものまで作れるイメージ持たれちゃったんです? ちゃんと訂正しとかないと駄目ですよ?」
「まさか。各地を飛び回るようなことはしないでほしいと言われただけだ」
「あー……」
ひょっとすると、マユの中では選択肢ですらなかったのかもしれない。
思い浮かべたその時点で、きっと却下するつもりだったんだと思う。
「これ以上借りを作りたくないというよりも、任せきりにしたくないんだろう。今回は、特に」
「……そういうことなら、無視もできそうにないですねー」
全くないとは言わない。
しかしそれも、後ろ向きな理由によるものではない筈だ。
「それならとりあえず、こっちの仕事だけでもやっちゃいましょうか?」
「賛成」
その障壁となるものを排除するのが、俺達の役目だろう。




