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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
IX 今日も今日とて
352/691

第352話 活動拠点-⑫

「ねぇ、本当に大丈夫? そんな話聞いたことないわよ?」


 一夜明け、翌日の昼。

 リィルの言葉に、昨夜のルークさんの言葉が蘇る。


 この迷宮に辿り着くまでの間に何度言われたことか。

 生憎今は否定材料になりそうなものもない。


 ないだろうと分かった上で、候補に挙げたあの迷宮。

 かつては巨体同士の戦いの部隊にもなったこの場所に足を運んだ。


 現状を解決してくれるようなものがあるとは思えない。

 俺自身、未だに半信半疑。


「マユも聞いたことはない、ですけど……行ってみてからでも遅くないって、思って」

「……危なかったら、すぐに撤退するって約束よ?」


 手詰まりな現状は皆もよく知っている。

 ここに来るまで一度も本気で止めなかった理由も、その辺りにあるのだろう。


 一度は最深部に到達したものの、何があるか分からない。


 評価する研究者によっては、巨大な生物とも扱われるのが迷宮。

 そのつもりで見ると、岩肌も臓器の内側のように思えなくもない。


「心配し過ぎなんですよ、リィルは。キリハさんの剣だってここでもらったものじゃないですか」

「だから余計に心配なのよ。ここであったことを忘れたわけじゃないでしょうね?」

「あ、あははは……。最後はなんか戦いになっちゃったもんね……」

「あれはあの時が異常だったから、としか。何かあればさすがにこいつも反応くらいはするだろう」


 今のところ、鎧による手荒い歓迎もない。


 あの時は侵入した異物を排除するために遣わしたとも言っていた。

 同時に、無関係の者達を巻き込まないようにするためだったと。


「……まさかとは思うけど、また抜けないなんてことはないでしょうね?」

「見ての通りだ。久し振りの帰郷で浮かれているんじゃないか?」

「ストラのすぐ近くですけどね」


 それは言わないお約束。


 実際には迷宮の外と内で環境も違ってくるだろう。

 今、俺が感じている以上の何かが。


 確かに、目に見えて浮かれているということはない。

 それでも思うところがあるのは間違いないようだった。


「って、そうじゃなくて。キリハさんが認めてもらったんだからきっと大丈夫って話ですよ。覚えてますよね?」

「ね、ね、そろそろフラグ立てるの止めない? 何か起きても責任なんて取れないよ?」

「そこはこのトラブルスイーパーに任せとけば大丈夫ですよ。ねー?」


 ……何故そこで俺を見る。


 何かあれば対応はするが、それはそれ。

 掃除機扱いをされる筋合いはない。


 しかも、どことなく俺に責任があるかのような言い方。

 まるで俺が好き好んでトラブルを引き寄せているかのよう。何が巻き込まれ体質だ。


「そういうことなら集めた分は全部お前に押し付けることにする。後は任せた」

「吐き出すならなるはやでお願いしますねー」

「そこは協力しなさいよ!?」


 この場所の現状からして、俺かヘレンのどちらかだけでも問題なく対処はできる。間違いなく。


 戦闘は勿論、それ以外の部分に関してもそう。

 戦力の温存が必要な環境でもない。


「まったくもう……二人がかりならすぐ片付けられるくせに……」


 理由が理由だから、奥に突撃する事もできない。

 ……どんな理由でも止められるだけか。


「まっさかぁ。このスーパー突撃魚さんには負けますよぅ」

「とんでもない。ここにあった罠だって、このお方が潰してくれたのに」

「こんな時ばっかりそんないい方しなくてもいいんですけどねー。さっきからちらちら見えてますよ? 《刈翔刃》」

「これ以上お手を煩わせるのも申し訳ないと思って」


 一つ待機させるだけならどうということはない。

 何かが出たその瞬間、そいつの元へ向かわせてやればいい。


 空飛ぶ刃を介した発散の実験も兼ねている。


 試せる内に試しておいた方がいい。

 効果がなければそれまで。


「二人してさっきからぁ……っ!」

「ま、まあまあ……二人とも少しでも早く進めるようにしてくれてるだけだから……」

「すっとこどっこい共の張り合いなんざほっときゃいーんですよ。諦めろです」

「……助かってるのも、事実だろ」


 ……とはいえ、こんなことばかりしても仕方がない。


 必要ならその時は二人がかりですぐに片付ける。それがいい。

 リィルに余計な心配をかけるのはよろしくない。


「キリハもヘレンさんも、ほんとに大丈夫なんだよな? オレが言うようなことじゃないかもだけど、張り合わない方がよくね……?」

「あっ、ご心配なくー。突っ走ってガス欠とか、そんな凡ミスしませんから」

「そういうことだ。皆を危険に晒したりはしない。――心配してくれてありがとう」

「いや、そこは心配してないんだけどさ……」


 張り合っているわけではない。断じて違う。

 ……口で言って納得してもらえるとは思っていない。


 そして、納得していないと言えば。


「で、どうなんです? 実際。そんなご都合アイテムあるとは思えないんですけど」

「具体的な部分は俺にはなんとも。……もしかしたら、この子が何か知っているのかもしれないが」

「生まれて間もないこの迷宮ちゃんに詳しいとは思えませんけどねー」


 ヘレンの言い分も正直分かる。

 しかしだからと言って、あれを実行に移させるわけにもいかない。


 半歩だけ詰めて、周りには聞こえない声で。


「(……言っておくが、お前の力で用意するのはナシだからな)」

「(あっ、その手がありましたね? ナイスアドバイスっ♪)」

「(誤魔化すな。……偶然見つけたとでも言って、作ったものを出すつもりだったんだろう)」


 おそらく、今はまだ準備の準備をしている段階。

 止めておくとしたら、今がベスト。


 ヘレンのことだから、裏で進めるだろうとは思っていた。

 案の定、そっと視線を逸らしている。


「(……そこまで分かってて、どうして止めるんです? 新しいおうち、あの子の要望でもありませんでしたっけ?)」

「(そのマユの頼みでもあるんだ。もしヘレンがそんなことを考えているなら止めてほしい、と)」


 あの後、マユに訊かれた。


 ヘレンの力があれば、それに近いものはできるだろうかと。

 俺がその問いに答えるより早く、マユはもしそうなら止めてほしいと言った。


「……分かりましたよ。止めます。止めときますよー」


 マユにとっては希望と呼ぶにふさわしい選択肢だった筈。

 しかしそれを、マユは自ら封じた。


「イカサマなしがお望みなら、そうしますよ。時間はかかりそうですけど」

「誰もイカサマとは言ってない。……それに、言われたのは俺も同じだ」


 更にマユは、その次に可能性の高い選択肢にも頼らないと言った。


「……いつの間にそんなものまで作れるイメージ持たれちゃったんです? ちゃんと訂正しとかないと駄目ですよ?」

「まさか。各地を飛び回るようなことはしないでほしいと言われただけだ」

「あー……」


 ひょっとすると、マユの中では選択肢ですらなかったのかもしれない。

 思い浮かべたその時点で、きっと却下するつもりだったんだと思う。


「これ以上借りを作りたくないというよりも、任せきりにしたくないんだろう。今回は、特に」

「……そういうことなら、無視もできそうにないですねー」


 全くないとは言わない。

 しかしそれも、後ろ向きな理由によるものではない筈だ。


「それならとりあえず、こっちの仕事だけでもやっちゃいましょうか?」

「賛成」


 その障壁となるものを排除するのが、俺達の役目だろう。


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