第350話 活動拠点-⑩
「――やっぱり、そういう理由もあったんですね」
その夜。
こっそりポケットに入れられていた手紙に従って支部に向かうと、やはりルークさんがいた。
先日会ったばかりの老人も同席してくれている。
「ごめんよ。あんまり心配させたくなかったんだけど……キリハ君には、説明しておいた方がいいと思って」
「ご丁寧に、ありがとうございます。原因を取り除く時にはお任せください」
「そこまではしなくていいからね」
まだ原因もはっきり分かっていないからと、ルークさんは言った。
建築用――もっと言えば、内装に使う資材。
こちらの世界でどうなっているかは分からないが、何もかもが違っていることはないだろう。
そして今回ばかりは、すぐに用意できる範囲を超えていた。
かといって、すぐに調達できるものでもない。
本来であれば注文すればすぐに発送される筈だったが――今回は、そうならなかった。
「真面目な話、数に限りがあったのなら仕方ありませんよ。それぞれ、お得意様だっていらっしゃるでしょうし」
「難しいところではありますがな。そちらにばかりかかりきりになると、かえって商機を逃してしまうやもしれませぬぞ?」
「それは確かに」
今回に限って言えば、なじみの客を優先する判断が正しいとは思うが。
さすがに何度も利用する予定はない。
レアムではないが、先日の大襲来の報酬があったからできたというのは本当。
貯金を続けた結果であればともかく、まとまった金が入るような機会があってはならない。
あんな大事件、起きない方がいいに決まっている。
「……キリハ君、冷静だね? なんか前に、お金持ちを嫌ってるとかなんとか……」
「その話は誤解なので忘れてください。早急に」
「そうだった、ですか?」
「マユまで……。前にも言っただろう。それは誤解だと」
誰だ。どこのどいつだ、いらないことを吹聴してくれやがるのは。
無差別に噛みついているわけでもなんでもない。
金を持っていることが悪だというなら、今の俺も当然ギルティ。
建物の方の取引は済ませたものの、残りはある。
家具を用意するためにそれなりの額が必要なことくらい分かっている。
とにかく、ルークさん達が思い浮かべているようなものではない。
そう説明したのに、まだ完全には納得してくれない。
「あのですね。もし仮に苦手意識を抱いていたとして、どうして今回の件で恨まなきゃいけないんですか。不当に買い占めたわけでもないのに」
「まあ、それもそうかもね……?」
最初に相談を持ち掛けた時は、もう少し後のことだろうと思っていた。
それこそ、例の一件で壊れた建物の修復に使う必要もあっただろう。
被害を抑えることはできたが、何もかもが全くそのままだったというわけでもない。
それがないというから、少し予定を早めただけの話。
待たせてしまっている皆には、申し訳ないが
「ところで少年、もしそのような輩がいたのならどうなさるつもりですかな?」
「その昔、故郷で不当なつり上げに対して“打ちこわし”というものが行われまして」
「そこまで。それ以上は言わなくていいよ。キリハ君」
……また、やりかねないとでも思われたんだろうか。
そういうところですよと、頭の中で呆れ果てたような声が響く。
実際には、状況も何もかもが違っている。
そもそもやらない。やるわけがない。やるならわざわざこんなところで言いはしない。
……この世界で食料の買い占めなんてやったらどうなることやら。
この前の食糧配布も、そういった事態を避けるためのものだとは思うが。
「冗談はさておき、今どうにかしなければいけないのはその原因とやらの方でしょう。俺達どころか、他の町にまで影響しかねませんよ。この調子だと」
具体的にこれだという原因があるわけではない。
普段よりやや質が悪かったり、色々。
かき集められないことはないだろうが、そんなことをしても一時しのぎにしかならない。
「一番の理由は、もちろん自分達の拠点ですけどね」
「素直で結構。小童が我慢などするものではありませんぞ」
「いいじゃないですか。お客さんの前だからって優しいお爺さんにならなくても」
「修行となれば、話は変わりますとも」
具体的なところは専門家に任せるとして、俺にできる事くらいはあるだろう。
微妙に恨みの混じったルークさんの声は、聞かなかったことにするとして。
「やっぱり、気になるよね。それじゃあやっぱり、マユちゃんに来てもらったのも――」
「それはマユがお願いしたから、です」
「……うん?」
マユの答えに、ルークさんは驚いていた。
確かに、呼ばれていたのは俺一人。
口外するなとまでは言われなかったが、後で呼び出すからにはそれだけの理由はあるだろう。
「マユが、出かけようとしてたキリハさんにわがままを言ったから、ですよ?」
とはいえ、マユに呼び止められても意外とは感じなかった。
――二時間前。
「ふっ……確かに、部屋の中で寝袋を使うのもおかしな話だな」
先に寝入ってしまったレイス達を見て、思わずそんな声がこぼれた。
宿屋で使ったことはあるが、あの時とは状況が違う。
この状況を非日常として楽しめるのも、よくて数日だろう。
別にレイス達が悪いわけでもない。
思い浮かべる拠点での生活からかけ離れているのがそもそもの原因。
(おおよその時期だけでも絞り込むことができれば――)
「……こんな時間にどこに行く、ですか?」
「ちょっとその辺りまで夜食を買いに行こうかと」
「じゃあ、マユもお腹が空いてるから着いて行く、です」
どうするべきか、正直悩んだ。
町も寝静まるこの時間。
ただ小腹が空いただけなら、マユもわざわざ言いはしないだろう。
「もう外も暗いだろう。あまり出歩かない方がいい。食べたいものがあるなら聞いて行くから」
「門の外の方が危ない、ですし」
「だからだよ。警戒の仕方も、街の外と仲では違うだろう?」
なんて、本当は分かっていた。
それらしい理由を並べはしたが、説得力に欠ける。
この世界の諸々の事情を考慮しても、やはり弱い。
「……まさか、いかがわしいお店、ですか?」
「冗談。どうしてわざわざそんな場所に」
「夜に一人でこっそりしてる時はそうかもって、リットさんが言ってた、です」
「まるでどこかで見てきたような……」
もっと言えば、行ったこともあるんだろう。偏見ではなく。
情報収集に使っているとか、そういう理由で。
とはいえマユに変なことを吹き込んだのを見逃すかは別の話。
たった今、ルークさんと話すべき内容がひとつ増えた。
「本当にちょっと買い物に出かけるだけだ。まして妙な店に行くつもりなんてな。」
「こんな時間に協会に行っても、食べるものなんてない、ですよ?」
……やっぱり。
「気付いていたんだな」
「そうじゃなくても、お願いしようと思ってた、ですから」
そう言って、マユはもう一度俺の名前を呼んだ。
「もう一回だけ、マユの依頼、受けてくれる、ですか?」
「……ああ、もちろん」
一度と言わず、何度でも。




