第35話 閉じた口
「……準備はいいですか、キリハさん」
まだ朝日も見えない頃。
場所はストラの門を出てすぐ。
深い蒼の空の下、草地の中でユッカと向かい合う。
「ああ。いつ、どこから仕掛けてくれて構わない」
「――……いきますっ!
大きく息を吸ったユッカが、駆け出す。
最初に右肘。返す一撃で背中。
突きを流しても間髪入れずにユッカの左足が迫りつつあった。
「……まだ、これを仕掛けるのは早いんじゃないか?」
「そう思ってそうだからやったんです。でも、やっぱり止められちゃいますよね」
何という思い切りの良さ。
距離を取りつつ、密かに驚く。
リスクが小さくないことは分かっていた筈。
だが実際、ユッカが言った通りもう数手先で仕掛けると考えていた。
手にはそれぞれ《土偶》の武具。
重量や形状、その他も可能な限り普段使っている武器に可能な限り近づけたもの。
当たり所が悪ければ怪我をする可能性も十分にあった。お互いそれを分かった上でここにいる。
例えばユッカの左足があのまま背中に直撃するようなことも、だ。
正直最初の内は抵抗感もあるだろうと思っていたが余計な心配だったらしい。
……本当は、多少の抵抗感を持つくらいが丁度よかったが。
「次、行きますよ」
頷き、構える。
開始早々仕掛けてくれたおかげで俺は警戒すべきパターンが増えた。
さっきはこちらが早い段階で保留した可能性。
そしておそらく、次は。
「《フラッシュ》!」
別の手を試すだろう。
予想通り視界が一面白に染まる。
まだ夜は開けていない。こんな状況で強烈な光を浴びせたらどうなるか。その結果は俺もよく知っている。
狙いは突然の変化で相手の視界を狂わせること。
「……やはりそうきたか」
閃光に包まれようと構わず突き進んでいた気配。振るわれた刃を再び土製の剣で受け止める。
瞬間的に強烈な光を放つ魔法。
魔戦時代、特に初期は何度も助けられた。
簡単に予想を立てる事ができた理由の半分以上がそこにある。
「……目、閉じてました?」
「いいや、閉じてない。今回はユッカの気配を頼りに防がせてもらった」
「さらっと怖いこと言わないでください。今回は上手くいくと思ったのに……」
「別に怖くはないだろう」
できるようになるまで慣れが必要というだけで。
「でもいいんですか? もうちょっとやりましょうよ」
「勿論そのつもりだ。次は俺から仕掛ける」
「え゛」
俺にとっては当たり前の提案。
しかしユッカの反応は微妙どころか拒否一色。
青ざめた顔でそれとなく距離を取ろうと後ろ歩き。
「なんだそのリアクション。やるんだろう? ほら早く。準備を」
「いやっ、それは……怖いとかじゃなくてですね? ちょっと待ったほうがいいっていうか、わたしにはまだ早いっていうか……昨日の人たちだってそんな強くなかったですし、止めましょう? 襲われたって警備隊に駆け込みますよ?」
「脅迫しようとするんじゃない」
むしろ回避の方が重要だろうに。
何も全身筋肉痛になるまで追い込むつもりは微塵もない。
とはいえ。
「っはぁ、はぁ、はー……」
軽い運動で終わらせるつもりは全くなかった。
斬撃の予測と回避。それを基本にしつつ、時折回避先に魔法を仕込む。
合わせて二〇回。途中から反撃を試みる余裕もなくなってしまったらしい。
「ここまでやれば今日は十分だろう。ユッカも疲れているようだから、このまま――」
「ま、待ってください! やります! やらなきゃいけないんです!」
昨日、リィルが攫われそうになったと聞いてからずっとこの調子だ。
念を入れて昨日は協会の仮眠室を借りた。
少しでも人数は多い方がいい。お互いのためレイス達にも残ってもらった。
和やかな雰囲気ではいられない。全員鋭い目つきのままだった。
そこにルークさんや、顔こそ出さなかったがリットも協力してくれていたのだ。盤石の布陣だったと言ってもいい。
おかげで今日という日は無事に迎えられた。だが、脅威が消え去ったわけではない。
ユッカの気持ちは痛いほどに分かる。
そうでもなければ一度は『やらない』とまで言い切ったものを始めようとはしない。
だが、分かるからこそ止めるタイミングを間違えるわけにはいかなかった。
「ユッカ。昨日も言ったがこれはあくまでもしもの備えだ。その時になって動なかったら――」
「分かってますよ。それは分かってるんです。でも、このままじゃ……」
「正面からやり合う必要なんてない。俺やアイシャは勿論、協会だって動いている筈だ。ユッカだけの問題じゃない」
「それは……っ」
分かっていても納得できない。
そんな内心が態度にも現れていた。
不安と怒り。
この状況が続く限りずっと抱えなければならない。
ひょっとしたら、この先もずっと。
「……分かった」
止めるべきだと理性は訴えかけていた。
当然だ。つい昨日そのリスクを再確認し、『頭が冷えた』とまで言って否定した方法。
「はい? いきなりどうしたんですか。やってくれるなら準備しますけど」
「そうじゃない」
一方である考えが頭を離れなかった。
今の俺は、身の回りの何かを言い訳にしているだけではないかと。
巻き込んでしまう。それはそうだろう。元凶を潰せば片付くとも限らない。
だが協会の対応を待って手遅れになるようなことはあってはならない。
根拠などどこにもない。ただ、嫌な予感がするというだけ。
流せるわけがない。相談しようにも皆似たような感覚はあるだろう。
「誘拐犯共の根城を突き止めて、一気に叩く。アイシャ達にもそう伝えておいてくれ」
かつての、最悪の城落としのようなやり方をする必要はない。
幸い今の俺にはそれを実現できるだけの手札が揃っている。
(何か手掛かりがあればと思ったが……駄目か。何も変わっていない)
違和感を抱かせた問題の洞窟。
ユッカを見送ってすぐに向かったものの、特に目新しい発見はなかった。
やはり《小用鳥》の報告待ちか。万一ユッカが向かって来てもすぐに気付ける。
飛ばしたのは百羽。探す区域を考えれば少な過ぎるくらいだが、今はこれが精いっぱいだ。
(まだ大部分にセーフティがかかったまま、か……)
力任せに破ったところでどうなるわけでもない。
あいつは本来の想定通りに働いていないと言っていた。
下手に破ったところでフル活用できるとは思えない。あの時の感覚を頼りに少しずつ取り戻すしかないだろう。
何を縛ろうとしたかなど分かり切っている。俺の魔力回復能力だ。
即時的な無限回復。しかも、ほんの少し上乗せまでして。
つまり使えば使う程、本来の許容量を上回る量が補充される。
最初の内はまだいい。だがそれも積み重なれば無視できない。
身体が増えた魔力に対応しようと思っても間に合わない。
一瞬で膨れ上がる魔力は次第に身体を蝕んでいく。
そのおかげで魔力を大幅に増やせたのは事実。身体の最適化もある程度は追い付いていた。
本来もそのまま続く筈だった。
「……ようやくか」
魔物の姿は消えたまま。
おかげで動体を認識するよう命令するだけでよかった。
冒険者の可能性も高い。他の個体には捜索を続けさせる。
「《飛翼》」
薄暗い坂道を駆けのぼって一気に外へ。
そのまま翼を広げて飛び上がる。
丁度その時、夜明けを迎えた。
左手に見える鮮やかな朝焼け。澄んだ空気に身体を包まれる。
人の通りも活発になっていくだろう。
そういうことなら猶更だ。早急に方を付けなければならない。
「《加速》」
魔力の身体を持つ小鳥が何かを見つけたのはトレスの近く。
ストラから離れていたのは幸運だった。あの位置なら多少移動してもユッカ達に追いつかれることはない。
冷たい空気の中を突き抜け進む。
対象は森の中。数は一。張り付かせた《小用鳥》も無事のまま。
他の報告は上がっていない。当たりか外れの二分の一。
専念できるとも言えるし、違ったら次を見つけるまでに時間がかかるとも言える。
「すみませーん!」
ひとまず今は、この男から。
森の中で偶然見つけたかのように、ぱっとしない男へ近付く。
「あ? なんだよ」
「道に迷ってしまって。トレスに行きたいんですけど案内していただけませんか。相応のお礼はしますから」
「トレス? ならなんでこんなとこほっつき歩いてんだよ。いいか? この指の先に向かって真っすぐ進め。ちと長いがちゃんと門の辺りに出るからよ」
「ありがとうございます。えっと、財布は……」
「いい、いい。んな金貰ったってオレが怒られる。いいからさっさと返れよ」
対応は親切そのもの。
これでまとわりつくような悪意さえ感じなければ失礼な印象を謝罪もしたが、残念ながらその可能性は途絶えてしまった。
「ところで兄ちゃん、仲間は? そんな安っぽい装備のくせして一人でウロウロすんなよ」
「ですよね。分かってます。魔物を探しに来たんですけど昨日からさっぱりで……」
「初心者が一人で魔物退治なんて考えるんじゃねぇよ」
「初心者ではないですよ。これでもそこそこ魔物とやり合ってきましたから」
「甘いな兄ちゃん。あんまり危ない事してると――」
一歩遠ざかる声。
次の瞬間地面が割れて、気付けば周囲は真っ暗闇。
閉じ込められたと認識するまでそう時間はかからなかった。
生暖かい息が気色悪くて仕方がない。
「悪ーい大人に、捕まっちまうぜ?」
ゲラゲラ笑う男の顔が目に浮かぶようだった。
強度はそれなり。この前の金属にも及ばない。
「まさか。お前のような馬鹿を待っていたところだ」
軽く蹴ってやるだけで、閉じた口は簡単に開いてしまった。




