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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
IX 今日も今日とて
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第345話 活動拠点-⑤

 とはいえ、さすがに今日の内にできる事はそこまで多くなくて。


「んっ……」


 そういう方向で話をまとめられただけ上々。


 ああは言ったが、驚かれるとも思っていた。

 あの広さの建物を――と思われるのも、実際には仕方のないこと。


 長い間入居希望者がいなかったというのも本当。


 最初にお願いした時に資料をもらえなかったのもそのせい。

 使われることはしばらくないだろうと、奥の奥に仕舞われていた。


(……こうも都合よく見つかってくれるとは思わなかったが)


 このストラにも、大所帯の冒険者くらいいただろう。

 そういう人たちでさえ、必要としなかっただけで。


 ――ひとつのチームだとしても、全員が一つの建物で生活を送ることは多くない。


 考えてみれば、そこまでおかしな話でもない。

 場所によっては――それこそレティセニアの傍であれば、また事情は変わってくるのかもしれない。


 少なくともあの建物はそういう機会に恵まれなかったんだろう。

 おかげで、こうして探し求めていた物件を見つけることができたわけだが。


(価格は……言わない方がいいだろうな。このまま)


 遠回しに伝えただけでもあの反応。

 実際の数値など口が裂けても言えそうにない。


 維持費まで含めれば猶更だ。

 ざっと一〇年先まで試算してもらったが、具体的な数字は伏せるに限る。


 広さを考えれば妥当どころか安いくらい。とはいえそれはあくまで俺の感覚。


 実際、普段の食費とは比べ物にならない。

 比較すること自体が間違っていると言われたら返す言葉もないが。


「――それだけ大胆に見えたということでしょう。いろいろ考えている事くらい、見れば分かると思いますが」


 イリアの指摘も、もっともとしか言いようのないものだった。


 あの屋敷がおかしいだけで、宿屋の中ではむしろ広いくらいの個室。

 本来はお一人様用のその部屋に、イリアは静かに降り立った。


「お前ほど何でもお見通しとはいかないんだろう。色々な意味で」

「あら、私は何も特別なことなんてしていませんよ?」

「だが、誰にでもできることじゃない」


 アイシャ達に限らず、ほとんど不可能。

 特級として尊敬を集める人達の中にさえ、いても僅か。


 イリアも、その件ばかりは否定しようとしなかった。


「それより、いいのか? こんなところに出てきたりして」

「構いませんよ。今は急を要する状況でもありませんから」

「そこは『逃げることはない』と言ってほしかった」


 予想していたととはいえ、肩を落とさずにはいられない。


 今更、完全に行方をくらますことはないだろう。

 それはそれとして、イリアの様に平然と振舞われても困る。


「無茶なことを言いますね。あなたが見知らぬ土地で一度も迷うことなく目的地に辿り着けたことがありましたか?」

「誰が俺の話で例えてくれと頼んだ?」


 失礼な。


 別にイロンでも迷ってはいない。一人でなかったとはいえ、迷ってはいない。

 この前だって、リーテンガリア各地を迷うことなく飛び回っている。


「どちらにせよ、今ここで強引に捕まえても仕方がないでしょう。……安心するにはまだ遠いですが」

「そこまで警戒しなくても」

「だとしてもですよ」


 イリアとて、本気で疑っているわけではない。間違いなく。


 これまでもそうだった。

 だからこそ、時として強引な出方になってしまうわけだが。


 そういった部分も含めて、イリアも悲観はしていなかった。


「それより、例の家……私の部屋もあると考えていいんですよね?」

「なんだ、てっきり俺の部屋に来るのかと」


 でなければこんな悠長なことは言わないだろう。

 俺の答えに微笑むこともないだろう。


「同じ部屋となると、こまごまとした問題もあるでしょう? 私は構いませんが」

「またとってつけたように……」


 ……一度は高校時代の同居生活の件を自分から持ち出しておきながら、よくもまあ今更になってそんなことを。


 アイシャ達のことを気にしている――わけでもない。

 そもそも、イリアがそのつもりなら扉が開くまでの一瞬で姿を消せる。


「それに、まだ気軽に行き来できるような状況でもないんだろう。今だって……」


 理由を付けてここに来ている筈。


 そう言おうとして、イリアの人差し指に止められる。


「そこまで、ですよ。何も折角の雰囲気に水を差すことはないでしょう?」

「それでも、やった振りくらいはしておいた方がいいだろう。いくらなんでも」

「その気になればどうにでもなりますが……それもそうですね」


 そうってイリアは小さく息を吐き出し、


「今のうちに、もう一つの仕事を済ませましょうか」


 分かっているでしょう――と、こちらを見つめてきた。


 当然、分からない筈がない。

 上着をベッドの上にそっと下ろして、背を向ける。


 俺の身体の調子を調べるのなら、この姿勢が一番やりやすい。


「何も問題はないだろう?」

「えぇ、特に。……想定よりも進んでしまっていますが、仕方がありませんね」

「むしろ軽いくらいだ。解放したことを考えれば」


 問題があるとすれば、そのくらい。

 以前の事を想えば問題とすら呼べない程度の変化。


 俺自身、分かっていたことだ。

 許可を出した時点で、イリアも予想はしていた筈。


「だからと言って、無闇に使わないように。もしものことがありますから」

「勿論、分かってる。……魔法禁止の生活も、慣れれば意外と悪いものでもなかったがな」

「そこまで言うなら延長してもいいんですよ?」

「さすがに勘弁」


 俺が肩をすくめると、イリアもそれ以上は言わなかった。


 冗談で言ったことくらい知っている。

 俺がそうしたように、仕切りを作った時に確かめていた筈だ。


「真面目な話、全てを一度に取り戻したところで満足に扱えるわけでもない。そういう意味でも、今くらいのペースが丁度いいんだろうな」


 この前は少しばかり強引に《加速》もしたが、それはそれ。

 まず間違いなく持て余すだろう。


 この先、全く必要にならないとまでは思えないが、急がば回れ。

 かつての“天条桐葉”に完全に戻るのもおかしな話。


 それを知ってか、イリアも小さく笑みをこぼした。


「ふふっ……今日は随分と素直ですね? 住居も決まって、浮かれているんですか?」

「かもしれない。柄にもない話だ、まったく」

「いいんですよ。今は好きなだけ浮かれていれば」


 他の誰が許さなかったとしてもこの私が許しましょう。と、冗談めかしてイリアは言った。


 反対しないとは思っていたが、想像以上。

 とはいえ、アイシャ達以上に乗り気になってくれるのならありがたい話。


「私にとっても、悪い話ではありません。逢瀬の日々を続けたい気持ちもありますが……どうしても、時間が限られてしまいますから」

「そんなものを続けてどうする……」

「さあ、どうしましょう?」


 そう言って、イリアはくすくすと笑った。

 そんな態度を見て、確信めいた予感はとうとうそのものに変わった。


「……機嫌がいいのはお前もじゃないか? イリア」

「えぇ、いいですよ。言ったでしょう? 私にとっても悪い話ではない、と」


 理由なんていくらでも思いつく。


 そのことも、考えていなかったわけじゃない。

 自分自身の位置付けを思えば、考えない方がおかしい。


「……イリアが不自由なく行き来できるようになる日も来る。必ず」

「桐葉」

「心配しなくても、妙な真似はしない。俺にそんな権限がないこくらい、イリアが一番よく知っているだろう?」


 下手に動こうものなら逆効果。

 連中からこれまで以上に警戒されることになるだろう。


 俺に警戒が向けられるだけならいい。

 多少警戒を強められたところで、現状が大きく変わるわけでもない。


 しかし、イリアの方もそのままとは限らない。

 その可能性はあまりに、あまりに低い。


「イリアに責任があるわけでもない。……そのくらいは、なんとかする」


 俺がすぐに思いつくようなアイデアではどうにもならないだろう。

 かといって、及び腰になっては解決できない。


 それまでは、今のような状況が続くだろう。


 しかしイリアは、自分自身に呆れるようにため息をついていた。


「……我ながら、単純ですね……。あなたの重荷になるような期待をかけたくないと思っていたのですが……」

「重荷なものか」


 俺自身の問題と言ってもいい。


 できるできないの話ではない。

 義務感などである筈がない。


「……やはり、今のうちにあれを捕らえてしまいましょうか?」

「却下。……余計にへそを曲げるだけだろう、そんなことをしても」

「かも、しれませんね?」


 楽しそうな顔でよくもまあ。


 自ら状況を拗らせるような真似をして、一体どうするつもりだったのやら。


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