第340話 父の帰宅-⑭
どこの金をどういう具合に頂戴しようとしたのか。
これまでどれだけ同じようなことを繰り返してきたのか。
他にも、俺達の立場ではどうやっても確かめられない部分がある。
とはいえ、俺達が知ったところでどうしようもないようなものばかり。
協会でしか対応できないだろうし、その方が都合もいい。
ミスで俺のところに届けられるところだった資金の回収。
それを目論んだ者の手先がストラに現れ、結果として捕らえられた。
今回の件でそれ以上の事を語ろうとすると、仮定に仮定を重ねることになる。
手口を言いふらしたところで防げるようなものでもない。
――今は、そんなことよりも。
「……あの、キリハさん? 昨日、なんとなるって言ってませんでしたっけ?」
「ああ、言った。アイシャのことだろう? 何か気になることでも?」
「気になることしかないんですけど!?」
未だに賑わいを取り戻すことの無いストラ支部。
気の早い冒険者がそろそろ顔を出すだろうと思っていたが、ほとんどいない。
俺達の他には、数組。
俺達と同じように、ここをたまり場にしているグループくらいのもの。
「うぅううう~……!」
人が少ないからこそ、顔を伏せながら唸るアイシャはよく目立つ。
円形のテーブルを挟んだ向かい側。
やけになって顔をうずめていたが、赤くなった耳を隠せていない。
途中で合流してからずっとこんな調子。
目の前でそんな姿を見せられたら放っておけないのというも、もっともな話で。
「あれですよ、あれ! ちゃんとよくみてくださいよっ!」
「あれだなんて言わなくても」
「そうじゃなくて!」
ユッカに指差されながら叫ばれても、アイシャが顔を上げることはない。
いつ頭から湯気が出てもおかしくない。
ヘレンも本気で気の毒に思ったらしく、深くは追及しなかった。
「なんですか、なんなんですか! 全然なんとかなってないじゃないですか!?」
とはいえ勿論、昨日のままよりはマシ。
悪化するとは思っていなかったが、一安心。
思い浮かべていた内の、「よりにもよって」と言いたくなるような展開になってしまっただけで。
「リィルもマユも言ってください! このままじゃだめだって!」
絶対に顔を上げるものかという鋼の意思すら感じさせるアイシャの姿。
あの後家で何があったのかは想像に難くない。
間違っても、何があったのか訊ける空気ではないが。
「まあ……いいんじゃない? そういう日もあるわよ。アイシャだって」
「どういう日ですか!」
安心していいのやら、心配した方がいいのやら。
さすがのリィルも、反応に困るというのが率直なところなのだろう。
ひとまず、昨日のようなことを考える必要がなくなったことだけは確か。
「これじゃあ昨日とおんなじじゃないですか。それをなんとかしようって、昨日はアイシャにお父さんとお母さんの三人だけで過ごしてもらうって話だったじゃないですかっ」
「それはちょっと違うと思う、です」
断じて、昨日と同じではない。
事細かに説明できるかと言われると微妙なところだが、違っていることだけは確か。
(……さすがに、外でシャトさんに会ったのは言わない方がいいだろうな。これは)
今朝、ユッカが来る少し前の事。
ユッカにはその時の話もした筈だが――アイシャのこの姿を見て、逆に不安になったか。
そう思うのも、正直分かる。
ただ、個人的にはそろそろ見慣れてきた部分があるのもまた事実。
「アイシャさん、もう昨日みたいな怒り方はしてないと思う、ですよ?」
「怒ってないって言ったって――」
「……うぐぅううぅ~……」
「……さっきから、全然そんな風には見えないんですけど」
俺達のことをチラ見するわけでもなく、ただ唸る。
こういう時のアイシャはひとまずそっとしておくのが一番いい。
「怒ってないわけじゃ、なくて。昨日とはちょっと雰囲気が違う、というか」
「はい?」
……どうにもまだピンとこないらしい。
いよいよ限界と思ったマユからのSOS。
後はお願いしますと言わんばかりの目で、訴えていた。
……あまり本人の前で解説(?)するのは気のりしないが、仕方ない。
「前にアイシャの家でご馳走になったことがあっただろう。その時、アイナさんがアイシャの昔の話を持ち出して」
「……アイシャ、叫んでましたね。思いっきり。止めようとして」
あの時のことなら、きっとユッカも覚えていると思った。
まだリィルやマユがストラへやってくる前の話。
巨大スライムも魔物の群れも片付け、平穏が取り戻せた頃。
あの時と似ている。
叫んだとまで言われる程のものだったかの議論は置いておくとして、よく似ている。
「じゃあなんですか? 昨日もそんなことがあったって言うんですか」
「むしろ、それ以外に何があると思う?」
「なんてことしてるんですか、あの人たち……」
それを俺に言われても。
そういう流れになったんだろう、としか言えない。
なんとなく、どんなやり取りがあったのか想像できてしまう。
「ま、どっちもどっちって話ですよねー。聞いてる感じ、パパさんママさんもちょこっと暴走してる感がありますし?」
「そういうことならヘレンには止めてきてもらおうか。穏便な方法で」
「無茶言わないでくださいよぅ。そういうのは専門外なんですから。私」
「変なことばっかり言いますからね。ヘレンさん」
ヘレンの指摘も、その通り。
特にシャトさんの方は、少しばかり浮かれているとしか思えない。
これまでの発言がその証拠。
……まさか『いい酒を飲めると思っていた』だなんて言われる日が来るとは。
「変なことなんて言ってるつもりはないんですけどねー。どこが引っ掛かるんだろうなー、って感じですよ? 私的には」
「全部ですよ、全部」
「ご要望は具体的にお願いしまーす」
そういうところだろう――とは、言わなかった。
ヘレンのことだ。分かってやっているに決まっている。
愉快そうな表情を見れば一目瞭然。実際に変えるとはひとことも言っていない。
いっそのことそのまま話の流れを変えてしまって、アイシャもそれとなく混ざってもらえば――
「やぁ、皆。ここに居たんだね」
……混ざってもらおうと、思っていたのに。
「……シャトさん、どうしてここに?」
「そんな警戒しなくてもいいじゃないか。キリハ君」
「いえいえ、そんな。警戒だなんて。……是非、詳しく」
――していますよ。しないわけがないでしょう。
昨日の問題は解決したし、心配もしていない。
とはいえ、こんなところで第二ラウンドを始めさせるわけにもいかない。
「実はさっき、アイナと『今晩は皆にも来てもらおう』って話になって――」
「そこまでしなくていいからっ!!」
……それ見たことか。
「そんなことを言われても、もうアイナと手分けして食材だって揃えたんだよ?」
「早すぎ! まだお昼も食べてないよ!?」
すかさず人の陰に隠れるユッカとマユに、固まるリィル。
ヘレンの姿が見えないのも大体予想通り。
「そうは言うけどね、先に買っておかないと――」
「いいから、お父さんはもう帰ってて~~っ!!」
とうとう始まったと、小さく噴き出す。
アイシャには悪いが、こればかりは止められそうにない。
「みんなも見てないで止めてよ――っ!?」
とりあえず、今夜の予定は可能な限り空けておいた方がいいだろう。




