第34話 攫わせまいと
背丈は俺よりかなり低い。
視線は大体、鳩尾の高さ。
対してこちらはフードの下の表情を窺うこともできない。
武器の類も見当たらない。そこでようやく違和感に気付く。
(腕が細い……)
ボロ布の隙間から見えた白い腕はあまりに細かった。
やせ細っていると言ってもいい。
アイシャ達もここまで細くはなかった。骨と皮よりは辛うじてマシな程度。
どう考えても年下だろう。多分、アイシャ達よりも。
疑問は尽きない。自らの意思でこんな事をしているとは思えない。いや、思いたくなかった。
おそらく他に親玉がいるのだろう。
(だが……)
今はリィルをこの場から遠ざけなければ。
呼び止めた時のまま。すっかり脱力しきった身体を支えつつ、後ろに隠す。
ほぼ全体重を預けられた状態。下手な動きは取れそうにない。
しかし共犯者の気配はなかった。
俺の探知を掻い潜っているとも思えない。そんなことができるのならとっくに動いていた筈。
(この子が逃がしてくれる、なんて期待は無駄か……)
小柄なフードの内側から向けられる、突き刺すような視線。
動こうにも情報が足りな過ぎた。
敵意を剥き出しにしているこの子が話を聞いてくれる筈がない。先に敵意を向けたのは俺だ。
リィルを半ば背負うような形で大通りへ後退していく。
目を離すわけにはいかない。それはおそらく向こうも同じ。
「《麻痺針》」
おかげで撃てそうなタイミングがなかなか掴めなかった。しかも。
(っ、防いで――!)
理屈は分からない。
数時間前に一味を黙らせた雷の魔法が小柄なローブの人物に効いていない。分かっているのはそれだけ。
そのまま大人しくしている筈がない。
音もなくローブが駆け寄る。道幅を考えても回避は悪手。
「く……」
「!?」
直後、固く握られた右手が俺の左手を打った。
受け止められたことに驚いたかのような、小さな吐息。
だが驚かされたのは俺も同じ。
(なんて力だ……!)
見かけによらない、なんて生易しいものではなかった。
ボクサーかと思ってしまいそうな重たい一撃。
あの細腕のどこにこんな力が。
掴んだ手を振り解く時もそう。力を込める前に逃げられてしまった。
決まった型のない戦い方。最大の武器は凄まじいほどの腕力。
一方で、スピードは問題なく目で追える程度のもの。
「《催眠香》」
近付かれるより早く前方に意識を奪う魔法を展開するのもそう難しい事ではなかった。
前方にのみ漂う異臭。鼻を突くでもなく、無駄に甘ったるい香り。
読んで字のごとく、匂い嗅いだ対象を眠らせる魔法。
抵抗能力が低ければたちまち眠りに落ちてしまう。無駄な戦闘を避けるため古い時代から利用されている魔法。
直に嗅がせるか、予め広範囲に展開して一気に黙らせるか。
多少の抵抗ではどうにもならない。
たちまち勢いを削がれ、躓き転びそうになったところを魔法で受け止める。
「ひとまずこれで――」
「んっ……」
完全に眠ってしまったフードの子を風魔法で支えながらそっと地面に寝かせる。
そんな時、リィルの吐息が背筋に触れた。
肩に添えられるだけだった両手に力が加わったのか、何やら挟まれたような感触があった。
「ぅ……? んぁ……」
赤子のような声を洩らして俺の身体を小さく揺さぶるリィル。
その目が少しずつ開かれる。まだ油断はできなかった。
「よかった、目が覚めたのか。……リィル?」
「ん~…………ん……?」
まだ完全には目が覚めていないのだろうか。
半開きの目を何度もこする。
瞬きを繰り返す内に少しずつ瞳も光を取り戻し、完全に意識を取り戻したと俺から見ても分かるようになり――
「……えぁ!?」
途端に顔が真っ赤になった。
そうとしか言いようがない。唐突に、爆発でもしたような反応。
「あ、あん、ちょっ、あんた、なんで……っ!」
「待った。少し落ち着いてくれ。その話は支部に戻ってから――」
「きゃあっ!?」
……無理に遠ざかろうとするから。
ついさっきまで俺を支えに立っていたような状態だった。
そこから無理に離れようとすればバランスを崩すのは当たり前。
さすがにこっちは間に合わなかった。結果、内またで尻もちをついてしまう。
「いったぁ……もうっ、さっきからなんなのよ――――!」
溜まらず叫びたくなる気持ちは分からないこともなかった。
「まったく……驚かせてくれるなぁキリハ君は。いきなり窓から飛び降りたかと思ったら……」
「すみません。他にいい方法が思いつかなくて」
追って来たルークさんとは支部の入り口で合流。
真っ先に言われたのがそれだ。急いでいたとはいえ危険な行動だったのは間違いない。
「構わんよ。特に今回はリィル君が連れ去られる可能性もあった。怪我はないかね?」
「は、はい。一応……」
「一応?」
「目を覚ました時に、少し。念のため診てもらうつもりです。それと、この子の事も」
背中に乗って眠る少女。フードの下に隠れていた素顔は可愛らしいものだった。
灰色のショートヘア。顔立ちはまだ幼さが残っている。
武器どころかまともな防具すら身に着けていない。被るように身に着けていたあの布もそこまで良いものではないだろう。
「……彼女は?」
「リィルを追いかけた先で遭遇しました。派手にやり合うわけにはいかなかったので今は眠ってもらっています」
「偶然ではなさそうだな。まさかこんな小さな子が犯人とは……」
「同感です。ストラの町からリィルを連れ出すように命令された人物、という意味ならの話ですが」
「つまり黒幕が他にいると言いたいわけだな、君は」
「あの子の腕の細さを見て確信しました。戦力として当てにしつつ、歯向かわれないよう弱らせる。おそらくそんなところかと」
「……君の故郷は随分荒んでいたのだな」
「まあ、一部では。役職的にその手の連中と顔を合わせる機会が多かったのもあるかもしれません」
実際にはそこまで多くない。
教団にとってより確実で、余計な手間のかからない方法があったからだ。
それがどれほど醜い手段であろうと、構うことなく。
「それより今は二人を。この子に至っては栄養もほとんど足りていないようなものなので」
「む、そのようだ。ルーク、手配を」
「分かりました。リィルちゃんはどうするか決めた? 先に済ませておくかい?」
「だ、大丈夫です。あたしはほんとに平気ですから」
ユッカといる時とはまるで違った、遠慮気味な態度。
大きな影響は実際残っていないのだろう。
それでも懸念はあった。連れ出した方法も分からないままだったから、余計に。
「……本当に大丈夫なのか?」
「いいってば。あんたこそどうなのよ。さっきパンチ受け止めたとか言ってたじゃない」
「その事なら心配しなくていい。見ての通り怪我もしていない」
「ほんと頑丈ね。おかげで助かったけど」
あの力にはさすがに驚かされたが。
不健康な状態であの威力。体調が万全だったらあの程度では済まなかっただろう。
「よく気付いたわね? 二階に行ってたのに」
「運が良かったのはあるかもしれない。窓から偶然見えた姿にどうにも違和感があった。それにあんな話を聞いた後だ。そのままにしておける筈がない」
実際その予感は正しかった。
仮に思い過ごしだったとしても後悔はしない。
楽観してしまった結果どうなったか、直接経験した以外にもその手の話は何度も聞いた。
「だからって普通窓から飛び降りないわよ。まだ会ってからそんなに経ってないのに」
「時間なんて関係ない。いい関係を続けたいと思っている相手なら猶更」
アイシャは勿論、ユッカもそう。
この世界で即関係を断ってしまいたいと思うような相手は未だにいない。その中でも、特に。
「……あんたそういうこと誰彼構わず言ってるんじゃないでしょうね?」
「まさか。生憎そんな純粋さは持ち合わせていない。俺がそうしたいと思った相手だけだ」
「うわっ……」
「そんなに引かなくてもいいだろう」
また女性ばかりとでも言いたいのだろうか。失敬な。
「そうは言うけどきっかけなんてあった? 今のところ助けてもらってばっかりじゃない。……え、むしろそれが原因?」
「さすがにない」
「でしょ? じゃあなんなのよ」
「ん……そうだな。言葉で説明できるようなものではない、とだけ言っておく」
感覚的なものだろうか。
人扱いすることも憚られるような連中は論外として、そうでない人達の中でも特にそう思える。
「……変なの」
「とかいって、さっきからちょっと嬉しそうにしてたじゃないですか」
「ひゃぁっ!?」
ため息をつくリィルの背後からそれ以上に大きなため息とともにユッカが。心なしかいつもより声も低い。
「ゆゆゆユッカ!? いきなり声かけないでよびっくりしたじゃない!」
「リィルの注意力が足りてないだけですー。ね、キリハさん?」
「そこで同意を求めるのはどうかと思う」
「でもキリハさんは気付いてたじゃないですか」
「俺から見れば正面だったからな」
それで気付けない方がおかしい。
使っていたテーブルは戻ってすぐに確認したのもある。リィルにもそれを求めているのなら話は別だが。
「ユッカちゃんそんなに怒らなくても……でも、どうしてキリハが外から? さっきルークさん達と一緒だったよね?」
「この町にも犯人の手が伸び始めた。止めるために飛び出たせいで、ここから戻るしかなかった」
「犯人……ってさっき話してた犯人ですか!? まさかリィルが――!」
「平気よ。そいつがすぐ来てくれたから」
「そういう問題じゃないですよ! なんでいきなり……っ」
それは俺も考えていた。
何故リィルだったのか。方法もそうだが選んだ根拠が分からない。
俺達とリィルの違い。
すぐに浮かんだのは一致する方が珍しい身体的な特徴。まずないと見ていい。
次に古郷。これも違う。
何か共通点がある筈。一見無関係なように思える何かが。
「そういうことですから支部長。ここからの話し合いはアイシャ達にも加わってもらうべきではないでしょうか。秘密裏に対処できる範囲を超えてしまっています」
「おや、私を忘れたわけではなかったのかね?」
「その膨大な魔力を意識の外に追いやる方が難しいですよ」
ここまでの話とあまり関係がなかったから特に何も言わなかっただけで。
「冗談はさておき、君の考えには賛成だ。レアム君の仲間からも話を聞こう。何せ君達は数少ない証人なのだからな」




