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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
IX 今日も今日とて
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第334話 父の帰宅-⑧

「……じゃあ、何? あいつ一緒にいるの? アイシャのお父さんと?」

「うん……なんかいつの間にか仲良くなったっていうか、普通に話してて……」


 その日は元々、活動をする予定ではなかった。


 活動しようにもしようがない、というのは勿論のこと。

 久しぶりに帰ってきた父親と話すこともあるだろうと、リィルから桐葉に提案した。


 リィルにとっては強烈な初対面となったものの、友人の父親であることに変わりはない。

 普段はあまり会えていないという話も、しっかりと覚えていた。


 しかし結果は、この通り。

 やってきたのはアイシャとマユだけ。帰り道にはリィルに同意していた筈のキリハの姿がどこにもない。


「仲がいいのは悪い事じゃない、ですよ?」

「そういう話じゃないですけどね。……キリハさん、怒られてるわけじゃないんですよね?」

「それは絶対にない、です」


 朝食の席でシャトが提案したと、マユは語った。キリハのことを一日借りたい、と。


 今さら――たまに迷いかけるとはいえ――町の案内など必要ない。

 休暇をもらったシャトが、ストラの警備隊の元を訊ねる筈がない。


 それがキリハ本人にとっても想定外だっただろうという事は、リィルも察していた。

 少なくとも、昨日のキリハにそれらしい様子はなかった。


 昨日、アイシャの父の反応に戸惑う姿をよく覚えていた。

 たったの一晩で何が起こったのかまでは、分からなかったが。


 あの時、アイシャの父はアイシャに半ば引き摺られるようにして連れ帰られた。

 その姿を、リィルはキリハと二人で見送った。見送ることしかできなかった。


 諸々に困惑するキリハの姿は、リィルの記憶に新しい。


「まーまー、仕方ないですよ。あの人、前から時々年上男性に囲まれてたって話ですし」

「うひゃあぁっ!?」


 そこへ、またしてもヘレンが入り込む。

 ほんの数分前まで誰もいなかった筈の場所に立っていたヘレンが。


 考え込むあまり、リィルもヘレンの接近に気付くことができなかった。

 しかし、驚きはなかった。


「あはっ、ナイスリアクション♪ いいですねー、今の。もう一回やっときません?」

「やりませんっ!」


 そろそろ来るだろうという予感が、リィルにはあった。


 ユッカのように後ろから声をかけられたわけでもない。

 慣れてしまっていいものかという疑問からは、目を背けることにした。


 それでも、釘をさすことだけは忘れない。今更のことだとしても。


「あんたはまたそうやって音もなく……」

「いえいえ、今日はちゃーんと歩いてきましたよ? 見えませんでした?」

「後ろにいたあんたのことまで見えるわけないじゃない」


 そもそも、ヘレンに気付かせようという意思がない。

 キリハでさえ、本気で姿を隠したヘレンを追うことはできなかった。


 悪びれもしないヘレンを見て思うところがあったのは、リィルだけではなく。


「今日はって、やっぱりいつもは違うんだ……?」

「んー……時と場合によりけり? 急いでるとついつい頼っちゃうんですよねー」

「そうじゃないときも使ってるじゃないですか。絶対」


 周知の事実。当然のように、ヘレンも否定しない。


「で、なんでしたっけ? 家族へのご挨拶?」

「相手はアイシャさんのお父さんだけ、ですけど」

「でしたねー。誰かさんは実家に帰りたがらないみたいですから、仕方ないですけど」

「別にそこまで言ってな――……はい?」


 家族への挨拶。

 その言葉に妙な意図が含まれているような気がしたものの、リィルは追及しなかった。


 どうせまた何か言ってくる。そんな確信がリィルにはあった。――それに。


「……なんでそんなことまで知ってるんですか!?」

「企業秘密でーす♪」

「いっつも盗み聞きしてるくせに~……っ!」

「んもー、またそんな言い方してー」


 リィルにとっても、ヘレンの指摘は好機だった。


 たまらず叫んだユッカを前にしても、ヘレンは相変わらず。

 案の定、会話を把握していることそのものは否定しない。


 しかしそれ以上に、リィルはヘレン本人の様子に意識が向けられていた。


(……何よ。思ったより平気そうじゃない)


 つい先日、ストラ近隣を拠点にしようとしていた一味を捕らえた後。


 キリハとの間にできた、小さなわだかまり。


 それ自体はリィルも知っていた。

 しかしその後、具体的にどうなったのかまでは、聞いていなかった。


 二人の間で折り合いがついたのをリィルが察したのは、魔物を討伐した二日後のこと。


 その日のヘレンの様子は、いつも通りだった。

 キリハも、ヘレンとの事で頭を悩ませている様子はなかった。


 それでもやはり、変わらぬヘレンの様子を見て安心せずにはいられなかった。


「ほーら、落ち着きなさいってば。見てたら誰だって分かるわよ。そのくらい」

「リィルも! 余計なこと言わないでくださいっ!」

「事実じゃないの」


 変わらないという意味では、幼馴染も同じ。


 ユッカの答えは相変わらず。

 どれだけ言っても聞く耳を持とうとしない。


 思わず、強制連行がリィルの頭に浮かぶくらいには。

 幸い、彼女にはそれができてしまう心当たりもいた。特に一人。すぐ隣に。


「そ、そんなことより! 今は他に話さなきゃいけないことがあると思うんです。……で、ですよね?」

「あたしはいいわよ。後回しにしても」

「明日も明後日もしなくていいですからぁ~!」


 無論、リィルがその提案を聞き入れる筈がない。


 半ば飛び出すようにユッカが町を出た翌日のことははっきりと思い出せる。

 まだ一年経っていないとはいえ、そろそろ顔を出してもいい頃。


 リィルも、トレスに引き留めようとは思っていなかった。

 彼女自身の心境も、あの頃から確かに変わっていた。


 ただ一度、実家に顔を出してほしいだけである。


「少しはアイシャのお父さんを見習いなさいよ。ちゃんと帰って来てるって言ったでしょ?」

「いいよ、別に……見習わなくて……」

「…………はい?」


 しかし、久しぶりに家族が揃ったはずのアイシャの声は、弱々しかった。


「あ、アイシャ? あの、アイシャ? どうしたんですか。大丈夫ですか?」

「うん……? 私は大丈夫だよ……?」


 アイシャは、テーブルの上に突っ伏していた。

 ふとした拍子に垣間見える頼もしさの片鱗もない。


「キリハもキリハだよ……。なんか、昨日の今日ですっかり仲良くなってるし……」


 疲れた様子はない。しかし、活力を感じられない。


 ――昨日、シャトがキリハに向けた言葉以外の原因。


 他に原因があることを、リィルも悟った。

 もしあれが尾を引いているのであれば、アイシャは今も怒っている筈だ。


「……どうしたんですか。アイシャ?」

「家を出る前からずっとこんな調子、です」

「とられちゃって不貞腐れモード、って感じですねー」


 何を、とはヘレンも言わなかった。


 どちらのこともだろうと、リィルは誰にも気付かれないよう頷いていた。


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