表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
IX 今日も今日とて
332/691

第332話 父の帰宅-⑥

 不思議な雰囲気を纏う少年だった。


 散歩をしようと誘った少年の後ろ姿を見ながら、シャトは「不思議だ」と再び心の内で呟いた。


 身長は間違いなくシャトよりも低い。

 年齢を考えれば抜かれていてもそうでなくても、おかしな話ではない。


 しかしその背中は、大きかった。

 シャトより年上の、アーコの警備隊を取りまとめる人物よりも大きく思えた。


 落ち着いてはいるが、それだけではない。

 大人びた姿を見せたと思えば、意外にも子供らしい反応を見せる。


 そしてひとたび戦いとなれば、どちらでもない。

 自らのやるべきことを定め、時に冷酷とも言える態度で臨む。


 キリハの戦いぶりは、ガルムから教わった話しか知らない。

 アイシャからの手紙には『いろいろあった』と度々記されていたものの、その詳細が明かされることは滅多になかった。


 語ることのできない何か。

 キリハと言葉を交わし、ようやくそれがどのようなものか確信に至った。


 一部では、ストラに現れた新星と評される少年。


 寝静まったかのように静かでありながら、思わず気圧されそうな魔力。

 服の下に隠れた筋肉も、並々ならぬものであることは分かった。


 どちらも並の冒険者が持つようなものではない。


(……君は本当に不思議な子だよ。キリハ君)


 ――およそ公表できないような功績を上げた。その可能性に、シャトは気付いた。


 以前、ストラの支部の職員によって引き起こされた魔物の大量発生。

 それと同等か、それ以上の事件に際して。


 今この瞬間にも、周囲の暗闇への警戒が解かれることはない。

 しかしそのキリハは、本当にただ当てもなく歩いているようにしか見えない。


 彼自身がかつてガルムに語ったのも全て本当のことなのだと、そんな気がしてならなかった。


 そして、そこにあるのは完全無欠の頼もしさなどでは、断じてなかった。






「さすがに、少し冷えますね。どうします? 一旦戻りましょうか?」


 凍えるほどの寒さではないが、やはり冷たい。

 なにかもう一枚、羽織った方がよかったかもしれない。


 あくまで、その程度の確認。ただ、シャトさんにとっては、そうではなかった。


「いや、いいよ。話を聞ける折角の機会だ。少しでも長い方がいい」

「……ご期待に沿えるような話ではありませんよ? おそらく」

「そうかもしれない。それでも聞きたいんだ。僕はまだ、キリハ君のことを何も知らないからね」


 アイシャの姿が重なって見えたのは、気のせいではないだろう。


 外見的な部分はあまり似ていない。

 ただ、紛れもなく親子なのだということは、はっきりと感じられた。


 ここに来て待ったをかける理由もない。

 そうでもなければわざわざ外に出たりはしない。


「……まずは、分からないと答えた件の続きから話しましょうか」


 酔い覚ましなんて冗談はその辺に捨てておくとして、いい加減に本題に入ろう。


「自分の中で整理がつけられていないのは、さっきも言った通りです」

「自分自身の問題が解決していないから、だったね」


 むしろ、続きではないのかもしれない。

 あんな答えの元にあるものを訊かれているのだから、考えようによっては遡っているとも言える。


 そしてシャトさんは、やはり微妙に納得していないようだった。


「アイシャのことを、皆のことを、大切に思っているのは本当です。仲間として、友人として」

「…………」


 それが等しく同じものかと言われると、また違う。


 そしてその違いは単純な優劣の話でもない。

 人と人とのかかわりが全く同じものである筈がない。一人ひとり、相手が違うのだから。


 それはアイシャ達も、皆の間にも多かれ少なかれあるものだろう。


「それもこれも『好き』の一つだと強引にまとめてしまえば、最悪片付けられないこともありません。俺から見た、一方的な問題なら」


 時として、それもまた確かな一つの結論となり得るもの。

 しかし今この場で俺がそう言ったところで、逃げにしかならない。


 ラブとライクで言えば、ライクの方。人として好きだとか、友人として好きだとか。


 そもそもそれすらなければ関係を続けようがない。

 今のこの状況を、ただの事務的な関係なんて思いたくもない。


「……そこまで言うということは、そうでない確信があるのかな? キリハ君には」

「止めましょうよ。シャトさん。今更そんなこと。あなたが一番よく知っている筈じゃありませんか」


 たとえ普段は離れて生活していても、親子は親子。

 憎悪に近い感情を向けるでもなく、時間を重ね、純粋な愛を育んできた親子。


 皆目見当もつかないなんて、嘘だろう。


「……友人や仲間に向ける感情だけでないことくらい、さすがに分かりますよ。俺でも」


 さすがに、そこまで否定するつもりはない。

 まだ向こうもその正体をはっきり掴めていないだとか、くだらない言い訳をするつもりもない。


 分かっていながらあの態度かと言われたら返す言葉もないが。


「きっかけは分かりませんが、そのくらいは分かります。それに対する答えが人としての、まして曖昧な『好き』ともなると……あまり、いい気はしませんね。俺は」


 見返りを求めない愛とやらを否定するつもりはないが、それとこれとは別問題。


 はっきりとした答えですらない。

 見向きもされない相手のために躍起になるのとはわけが違う。


「…………」

「シャトさん? ……少し、話し過ぎてしまいましたか?」


 それを聞いたシャトさんは、黙り込んでいた。


 俺の言い分に引いたというなら、まあ仕方がない。

 しかしそういうわけでもない。どちらかと言えば、驚いたような……


「違うよ。そういういことじゃないんだ。……やっと、キリハ君の生の感情が見られた気がしてね」

「俺の、というか……嫌でしょう。誰だって」


 その思いが真剣であればあるほどに。

 経験があろうがなかろうが、何かしら感じるものくらいはある。


「僕も気持ちは分かるよ。でも、今の君の表情はそれだけじゃなかった。間違いなく」

「は、はぁ……?」


 ……今一つ分からない。


 生憎鏡は持ち合わせていない。見ようとも思わないが。

 自分の顔を見て何が楽しいんだか。


 そしてシャトさんはといえば、俺のことなどお構いなしにどんどん盛り上がる。


「やっぱり、キリハ君の中にもあるんじゃないかい? 友達や、仲間に向ける以上の気持ちが」


 真面目な話をしている分、無下にもできない。

 その言葉に引っかかるものがあるから、余計に。


「……どう、でしょうね。あると言えば……確かに、そうなのかもしれません」


 ただ『同じではない』以上の何か。

 それがないのかと訊かれたら、きっと首を横に振るだろう。


「ある。絶対にあるよ。今の君を見てはっきり分かった」

「……そういうものですか?」

「うん。間違いない」


 何を根拠に。


 問い返そうとして、止めた。

 そんなことをしてもどうにもならない気がした。


(絶対に、か……)


 あれだけはっきり言ったからには、きっと相応の理由があるのだろう。

 そんな答えまで求めていてはまた叱られかねな――


「どうしたものか……。せめてもう少し相手の子が少なければなぁ……」

「やめてください。そこでそういう方向に発展させるのは」


 ……どうしてそうなるのか。


 それらしい落としどころくらい、他に幾らでもあったでしょうに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ