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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
II 歩み出すリヴァイバー
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第33話 抑えきれない怒り

 あの日見た光景を忘れたことは一度もない。


 スライド式ドアの向こう。窓一つない窮屈な広間。

 何に使うかも分からない機械のランプはこの空間において数少ない光源だった。


 デスクに置かれたモニターに何が書かれているかも分からない。

 その施設の持ち主を思い出せばいいものではない事だけは分かったが、それ以上は何も。

 おかげで下手に触ることもできなかった。いきなり爆発してもおかしくない。


「……?」


 どこからか聞こえてきた規則的な電子音。

 何かを計測するように、ピ、ピ、ピ――と音を鳴らす。

 一瞬浮かんだのは心拍計。


 一体何が。言いようのない不安が押し寄せる。

 その先にあるものを見なければならない。そう思っても、足が竦む。


 嫌な予感はあった。

 突然転がり込んできた失踪の一報。見つからない友人。

 少し考えればすぐに分かりそうな事。

 それでも俺は気付かなかった。考えようともしなかった。


 ずっと追いやっていた可能性。ここまで来ては否定する事などできる筈がない。

 そんな最悪の予想は正しかった。正しかったと、思い知らされた。


 何せ、そこにいたのは――






「ほんっとーにごめん! 折角止めに来てくれたのに疑ったりして!」


 三人組を交え改めて協会に戻った直後、赤髪の少年が放った一言がそれだった。


 足早にストラへ戻り、男の仲間を警備隊に引き渡したのが数時間前。

 またしても長い長い事情聴取を終えたのがついさっき。今回はアイシャ達も含め全員だ。


 もう何度目だろう。警備隊の内装もほぼ正確に思い出せるようになってしまった。

 ガルムさんやイースさんからは呆れられる始末。『犯人としてじゃないだけましだがなぁ……』と言われるくらいに。


「いや、同じ状況なら俺も真っ先にそう考えた。お互い疑ったわけだし、ここは一度水に流さないか」

「……疑われるいわれは、ない」

「ご、ごめんね? あのときはまだ状況がよく分かってなくて……」


 実際に襲撃を受けるまで、正直かなり疑っていた。

 共犯なら三人がいる場所だろうとお構いなしに狙いはしない筈。

 彼らが利用されていたのなら話は別だがそれらしい話もしていない。監視の目もなかった。


「でしょーね。それはこっちも分かってるですよ。そこの茶髪が言ってくれたらよかったですけど」

「茶髪ってなんですか茶髪って! 悪かったですねすぐ気づかなくて!」

「まったくです。誰がフルトで声かけたと思ってるですか」

「声をかけたのはイルエじゃ、ない」


 三人組についてはもう一つ。ユッカと面識があった点。

 これは完全に予想外だった。一度ストラに来ていたということになる。


 言われてみれば聞き覚えがあるような、そうでもないような。

 あの変異種は確かにきっかけだったがその後が大変だった。正直そこまで覚えていない。


「そういう細かい話はしてねーです。ハゲるですよ? トーリャ」

「な……! お前こそ、いつも――」

「やめなさいよ。ほら座って」

「同感だ。それよりそろそろ聞かせてくれないか。行方が分からなくなったという仲間の事を」


 リィルがいてくれてよかった。本当に。

 どこかでそういう経験でもあったんだろうか。

 随分と手慣れているように思える。小さな子供の扱いが。


「あ、ああ……けど、オレらもあんまり詳しい事とか分かってなくてさ。ん~……こういうのってどこから話せばいいんだ?」

「とりあえず最初から。最低限ユッカに声をかける前の辺りからは聞いておきたい」

「オッケー。っと、じゃあ――」


 そうして赤髪の少年、レイスの口から語られたのは――


 行方不明の人物を合わせた四人が同郷で生まれ育った幼馴染であるということ。

 およそ二年半前に冒険者として活動を初めて既に全員四級であること。

 故郷から離れ、最近はこの辺りの街を回っていたこと。

 その中でユッカと知り合ったこと。

 ライザが起こした事件の前後にストラを離れ、トレスを仮拠点としていたこと。

 そのトレスで、仲間が失踪したこと。


「――三日前から、誰も姿を見ていない」

「ですです。レアムが最後に会ったヤローがあいつだって分かってなんとか追い駆けたですけど……」


 当の本人はあの調子だった、と。

 そんな状況で部外者に疑われたのなら苛立つのも無理はない。早い段階で話ができたのは幸運だった。


 黒髪の少年がトーリャ。魔法所を持った少女がイルエ。

 そしていなくなったのが、レアムという人物。全員同年代。


「俺の方も受け渡し役がいたことくらいしか分からなかった。あの男から情報を引き出すのは難しいかもしれないな……」


 しかも場所は毎回変えていたそうだ。

 やって来たのも若い男だったり、老婆だったり。つまりそれだけの人数がいるということ。

 変装の可能性もある。


「こそこそ喋ってると思ったらあんたそんなことしてたわけ……?」

「こんな状況だ。手段なんて選んでいられるものか」


 あの手の輩に手心など必要ない。

 普通に話し合うだけ無駄だ。誤魔化して、証拠を突きつけても開き直る。

 コミュニケーションが成り立たない。俺にとっては、戦って潰すしかない存在だった。


(……さすがに教団程ではないと思いたいが)


 どうにも混同してしまっている。

 向こうの、魔戦とは何もかもが違うだろう。組織のバックアップもない以上、以前のような手は使えない。


「確か、いなくなったのはトレスの町だと言っていたな?」

「そうだ。抜け道で、あの男の露店に寄るのを見たという話が、最後だ」

「そして他に手掛かりになりそうな話は聞けなかった」

「……あんまりそういうこと言うのやめてもらっていーですか。こっちはレアムがいなくなってかなり精神にキてるですよ」


 ……迂闊だった。

 話を聞く限りこれまでずっと四人で活動を続けていたのだろう。

 きっと、チームとしてもバランスよくまとまっていた。何より昔から家族同然に育ってきたと言っていた。


 そんな相手がいきなりいなくなって、どう思うか。ユッカやリィルのときとも違う。

 その気持ちに近いものを、俺は知っていた。


「気分を悪くしてしまったのなら申し訳ない。とにかく事情は把握した。俺にも協力させてくれ」

「私も。いいよね? キリハ」

「頼む」


 ユッカもリィルもそのつもりでいてくれるようだった。

 あまりこういう争いに巻き込みたくはない。だが安易に遠ざけようとしてしまった結果あんなことになった。

 今回の件も似たような側面を持っているだろう。何よりレアムという人物は町の中で姿を消している。


「だが、やはりあの連中は下っ端――いつでも切り捨てられる捨て駒と思っておいた方がいい。あの男が会った連中の大元を叩かない事には何も変わらない」

「す、捨て駒ってあんた……」

「だが実際に近い扱いを受けている。いくらでも代わりを用意できるから、と」


 故に重要な情報も与えられない。

 保険の一つくらいはかけていただろう。

 仲間を奪還しようと仕掛けて来る可能性もあった。

 勿論それも伝えたが、結果はこの通り。他に一度も襲撃はなかったのだ。


「じゃあもしかして、さっき言ってた受け渡し役の人も?」

「可能性はある。根城に乗り込んで一気に叩くしかなさそうだ」

「それはあまりおすすめしないかな」


 最大の問題は居場所。しかし一歩早くルークさんに待ったをかけられる。


「ルークさん? 何故ですか。戦力差の話なら――」

「君が一人で行けば制圧できる可能性は高いだろうね。それは分かるよ。でも、だからって情報も集めずに飛び込んでいいわけじゃない」

「拠点さえ分かればどうにでもなりますよ」

「じゃあ、どうやってその場所するつもりなのかな、キリハ君は」

「こういう調査にはうってつけの魔法がありますから。……まさか、囮を使おうなんて言いませんよね?」


 断じて認めない。認めていい筈がない。

 俺にそのまま乗り込めと言うなら喜んで引き受けるが、この様子からしてそれもないだろう。


「あんたちょっと落ち着きなさいよ。さっきから顔怖いわよ」

「落ち着いていられるものか。次は誰が巻き込まれるかも分からないのに」


 だからこそ、一刻も早く。何故邪魔をする?


「同感だけど君が一人で向かっていい理由にはならないよ。一回こっちで話そうか。支部長が君を呼んでるから」

「……俺だけを?」

「キリハ君の力を借りたいからだよ。少し込み入った話になりそうだからね」


 ……手を打っておくべきか。

 決してルークさんの事を信用していないわけではない。

 どうしようもない不安があった。


 毎回あいつを頼ってはいられないから、幾つか即席で。《小用鳥》用の枝もまだある。

 ルークさんの後に続きながら枝を落とし、それらを地面に這わせる。形状を鳥からトカゲに変えたものだ。


「でも驚いたな。リットから話は聞いていたけど本当にあんな顔も出来るんだね」

「昔はああいう顔ばかりしていましたよ。あの連中には色々な目に遭わされましたから」

「そういうことなら聞かないでおくよ。それより今は――」

「今起きている事件への対処、ですね。おかげで多少頭も冷えました」


 あいつが口にしなかった懸念。それがそのまま現実になってしまっていただろう。

 はやる気持ちを抑えながら、角の小部屋へ。さすがというか、壁越しでもあの魔力を感じる。


「よく来てくれた。協力感謝するよ、キリハ君」


 そこは、支部長という肩書に似合わない倉庫だった。

 何がどう置かれているかも分からない。

 今にも分厚い書籍が溢れそうな本棚。散乱する木箱にも何やらいろいろと放り込まれていた。

 窓の近くになんとか三人会話できそうなスペースがあるくらい。


「どこまで知っているのか聞き出すいい機会だと思ったので」

「ほう? どうしたのかね。気になることがあるなら言いたまえよ」

「冗談ですよ。聞いて答えてもらえるとは思えませんから」

「自白の魔法を使えばその限りではないだろう?」

「支部長に通じる程強力なものはないんですよ。そもそも使うつもりもありません」


 どうせ存在は把握しているだろう。こんなところで否定して時間を浪費する意味もない。


「結構。では早速始めよう。キリハ君には、まず――」


 向こうも時間を無駄にしなくないのだろう。

 すぐに支部長の話に耳を傾ける。その時、窓の外に見知った背中を見つけた。


(リィル……?)


 何故あんなところに。

 ユッカと一緒に宿へ戻ろうとしているわけでもない。一人だ。

 まるで、失踪したレアムという人物のように。


(まさか――!)


 嫌な予感がした。ほとんど確信と言ってもいい。


「すみません失礼します!」

「うん? ちょっ、キリハく――」


 ルークさんの声があっという間に遠ざかっていく。申し訳ないが応じる余裕はない。

 窓枠から飛び降り、大通りを歩くリィルを追う。


「リィル! く、聞こえていないのか……!」


 声が聞こえていない? そんなことがあるのだろうか。

 周りの視線が集まる。やはり俺の声がかき消されたわけではない。

 しかしリィルは気にも留めず脇道に――


「《加速》!」


 一瞬でも見逃せば終わり。

 全身の動きを加速させ、金髪の少女の肩を掴む。そのまますぐに正面へと回り込んだ。


「間に合った、か……ふぅ」


 間違いない。確かにそこにいる。その事実に安堵し、すぐさま事態を思い出す。


「リィル、しっかり。俺の声が聞こえるか? リィル!」


 呼びかけても返事はなかった。瞳は虚ろで、いつものように豊かな表情も見せない。

 いかに危険な状態だったか改めて思い知らされる。

 同時に沸き起こったのは、覚えのある大きな感情。


「……これは、お前の差し金か?」


 小柄なフードが姿を見せたのは、まさに怒りが大きく膨れ上がった時の事だった。

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