第329話 父の帰宅-③
「ちゃんと説明してくれないか。聞いていないよ。こんなことになっているなんて」
「『ちゃんと』と言われましても、一体どこから……?」
「全部だよ。勿論」
ストラに来た時のことから語りましょうか。そこまで言うなら。
全くもってわけが分からない。
何故こんな風に問い詰められなければならないのかさっぱり分からない。
しかし男性の態度に冗談らしさは微塵もなく、目は本気。
それらしいことを言って誤魔化せる雰囲気でもない。
「君、いつもあの子と仲良くしているそうじゃないか。それなのに……どういうことだ。詳しく聞かせてもらうよ。キリハ君」
「どうもこうも、見ての通りとしか……」
一体どちら様だ、この人は。誰か教えてくれないか。
本当に誰でもいい。この人のことをすぐに教えてほしい。
「その反応……。もしや、一緒に買い物に行くような中の女の子が他にもいるのかい?」
「同じチームの仲間ならそういう機会があるのも当然では……?」
「い、いるのか……本当に……」
……当たり前の話だろうに。
同じ釜の飯を食う仲間と険悪な関係を築こうとは思えない。
止む無く組んだ一度きりの関係であればまだともかく。
以前、リットから雑談ついでに教えてもらった。
ストラは勿論、向かった先でそういう場面を目撃したことは何度もあった。
だからこそ余計に分からない。一体何がこの人をここまで揺さぶるのか。
「(ちょっと、誰なのよこの人。あんたの知り合い?)」
「(まさか。そんなわけがない。出合頭にこんなことを言う人なんて――)」
「――あぁああああああっ!!?」
――しかし、浮かんだ疑問も全てアイシャの大声がかき消した。
「おっ、お父さん! こんなところで何してるの!?」
「待ちなさい、アイシャ。今お父さんはキリハ君と大事な話があるんだ」
……オトウサン? お倒産? 尾籐さん?
受け入れがたい言葉が聞こえたのは気のせいだろう。
まさか、まさかあんな頓珍漢なことを言い出すとは思えない。思いたくない。
「でも、キリハもリィルちゃんも困ってるよね? ……どういうこと!?」
「そ、その子とも知り合いなのかい? これは一体、どういう……」
「私が聞いてるの! ちゃんと答えて、お父さんっ!」
「わ、分かった。分かったよ」
……本当は、薄々そんな気はしていた。
そう思うようにになったきっかけがきっかけだったから、こっそり目を背けていた。
アイシャの名前を知っている年上の男性。
これまで、ストラで一度も顔を見たことの無い年上の男性。
兄弟姉妹がいないことはアイシャ本人から聞いている。
となると当然、真っ先に候補として挙がる人物が一人。
「お、お父さん……? じゃあアイシャ、その人って……」
「うん……お父さんだよ。私の」
残念そうに言うアイシャを止めることなどできなかった。
もし、仮に、万一にも俺が同じ立場になったら。……絶対に嫌だ。
恥ずかしいどころの話じゃない。
「どうも、初めまして。アイシャの父のシャトです。いつも娘がお世話になっております」
「い、いえっ、あたしの方こそ、アイシャ……さんには、いつもお世話になってます」
記憶を全て消し去って封印するか、あるいは目撃者の記憶を抹消してしまうか。
「キリハ君……。やはりもう少し説明してもらう必要がありそうだね」
理想は当然、同時採用。
覚えるつもりも、覚えさせるつもりもない。今まさにアイシャがそう感じているように。
「……ねぇ、お父さん」
その不穏な空気を、俺は知っている。
氷の魔法を使われたわけでもないのに、突如として冷え込む空気。
ニャールーのような魔物なら一目散に逃げてもおかしくない威圧感。
「なんだい、アイシャ。さっきの話ならもう少し後にしなさい。今はどうしても彼と話しておきたいんだ」
「そうなんだ。……でもね、私も今、どうしてもお父さんとお話したいことがあるの」
アイシャの声は、冷え切っていた。
その『お話』がいいものでない事くらい、誰にでも想像できる。
俺とは比べ物にならないほどアイシャのことを知っているシャトさんならば、分からない筈がない。
「ち、違う。違うんだよアイシャ。僕はただ、今後のことが心配で――」
「だったらあんなこと言わないでっ!!」
その日、特大の雷がストラに落ちた。
「あら~、あらあらあら~。それは大変だったわね~?」
「楽しそうに言われましても」
本当は思っていないんだろう。きっと。
アイナさんの笑顔は、いつもとは違っていた。
この状況を楽しんでいるご本人の内心がこれ以上なくはっきりと表れていた。
「これでも、悪かったって思ってるのよ~? わたしがちゃんと伝えておけば、こんなことにはならなかったんだもの~」
「でも、伝えなかったのはわざと、ですよね?」
「そんなことないわよ~?」
わざとだろう。きっと。間違いなく。
あれだけの期間があって忘れるとはとてもとても。
まして、トレスに着いたシャトさんから手紙ももらっているのに。
「それで~、リィルちゃんは~? 一緒じゃないの~?」
「宿まで送っていきましたよ。あの状況で連れて来られるとでもお思いですか?」
「そう~……。お詫びも兼ねてご馳走しようと思ってたんだけど~」
「もっととんでもないことになるだけ、です」
それは間違いない。
レイス達が今ここにいてくれたら少しは和らいだかもしれないが、あくまで可能性の話。
それに。
「アイシャもシャトさんも部屋に籠っているのにくつろげるほど無神経じゃありませんよ。誰も」
ここに居るのは俺とマユ、それにアイナさんだけ。
二人とも起きてはいるらしいが、どれだけ声をかけても顔を見せることすらない。
「そんなに気を遣わなくてもいいのよ~? 自分の家だと思って過ごしていいって、前にも言わなかった~?」
「だったら猶更放ってはおけませんね」
「同じく、です」
理由は何となく想像できる。特にアイシャは。
――『ち、違うの! 今のはちょっと、自分でも止められなかっただけで……!』
あんなことを言っていたくらいだ。
俺達の目の前で怒鳴るように声を荒げてしまったからだとしか思えない。
「……よくあるんですか? こういうこと」
「ないわよ~? キリハ君たちみたいに仲のいい友達なんて今までいなかったんだもの~」
「そういう笑えない冗談はやめましょうか。さすがに」
そういう話はこれまで何度か聞かせてもらった。
当時、この辺りには小さな子供のいる家族がいなかったことも。
遊びに行っても、上手くなじめなかったとか何とか。
その分、両親や知り合いの大人には可愛がられていたみたいだが。
「そうじゃなくて。アイシャとシャトさんのことです。少し予想外だったと言いますか」
ストラの裏道を父親に教わったと、アイシャは話していた。
決して険悪な中ではなかった筈。
この場合、反抗期だのは関係ない。多分。
シャトさんが問い詰めてきた理由は分からないでもない。
その方法はさておき、根っこの部分では本当にアイシャのことを心配していたのだろう。
「……大丈夫よ~。心配しなくても、ちゃんと仲直りできるから」
そういう意味では、まさに想像していた通りの人だった。




