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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
II 歩み出すリヴァイバー
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第32話 言い争う声

 この世界に来てから、一体何度目だろう。

 懐かしく、暖かな感覚。

 一度は触れる事すら叶わなくなってしまった『光』が包み込む。

 今日現れたのはきっと、いや間違いなく偶然ではない。


「……この件、お前はどう思う?」


 ――珍しいこともあるものですね。あなたがこの手の相談を持ち掛けるなんて。


「どこかのお節介がプロテクトを緩めてくれていたおかげでな」


 ――私はいつでも()()()いますよ? 今日この場へ現れたのは他でもないあなたの意志でしょう、桐葉?


「……だろうな。悪い、誤魔化した。少し話を聞いてほしい」


 ――勿論そのつもりですよ。といっても、私から言えるのはあなたの予想は間違っていないということだけですが。


「間違ってはいない、か……」


 ――あら、足りませんか? どうしてもと言うのであれば無理矢理にでも全てを晒しますよ?


「まさか。その一言だけでも十分だ。これ以上お前に負担をかけたくない」


 ――らしくもない冗談ですね。誰が、誰の負担になっていると言うんですか? 返答次第ではあなたが相手であろうと怒りますよ。


「誤魔化すな。権能行使の影響はお前が一番よく知っている筈だ。他の連中に騒ぐ理由を与えてしまうことも」


 ――……私の心配をしている場合ですか。


「お前をないがしろにしてまで他に心配するような事なんてあるものか。罠を仕掛けた連中さえ潰してしまえばアイシャ達に危害が及ぶこともない」


 ――それでも不安があるから突入している間の保険について助言が欲しい、と。


「……まだ何も言ってないんだが」


 ――あなたの考えくらいお見通しです。彼女達の安全を確保など造作もありません。あれを呼んで傍に置いておきますよ。


「またそんな言い方を……いや、あんなことを言って頼む俺も俺だが……」


 ――そもそも彼女達に合わせる必要がないんですよ。あなたも納得して受け入れているようですから、当面は何も言いませんが。


「そうしてもらえると助かる。悪いな、何から何まで」


 ――至高の女神と崇めてくれてもいいんですよ?


「ふ、冗談。お前みたいな女神がいてたまるか」


 何の非もないのに悩んで、立場も顧みずに協力してくれて。

 すました表情で振舞いながら、あの頃と変わらない部分を抑え込もうとして。

 見捨てるのは簡単だったろうに、俺のことも――……






「はぁ……」

「朝から何回ため息ついてるのよ。昨日は魔物が出たらいいのになんて言ったくせに」

「だからですー! 絶対あの場所なにかありますよ! なのになんですか! 帰るって!」


 夜間の再調査の結果、やはり何者かの手が加えられているという結論に至った。


「仕方ないじゃない。あたし達だけでどうにかできる問題じゃないんだから。奥まで言っても何も見つからなかったんでしょ?」

「ああ。隠し通路になりそうなものも見つからなかった。拾ったこいつが少しは手掛かりになってくれるといいんだが」


 結果的に引っかかってしまったものの、あの罠自体はそこまで複雑な作りでもない。

 それ以外にも『直接触れること』を条件としたトラップが数種類。

 岩の他にも刃物を飛ばしたり、鉄球を落としたり。

 あえて作動させたそれらも当たり方次第で致命傷になりかねないものだった。


「でもよかった。キリハが無事で。……本当に毒は大丈夫なんだよね?」

「ああ。掠りもしていない。念のため全身を魔力でコーティングしておいて正解だった」

「……魔力で?」

「ああ、魔力で。全身を包むように」

「あんたが何を言ってるのか分かんないってことだけ分かったわ」


 一方で落とし穴のような、不可逆的な変化を起こすものは発見できなかった。

 飛ばした《小用鳥》も不自然に床が抜け落ちた穴を見つけるに至らなかった。


「ま、まぁまぁ……それでキリハが無事だったんだし、ね? 毒なんてひどいやり方する人が相手なんだもん」

「……ほんとよかったですよ。キリハさんが無事で」


 明らかに別の思念が籠っていた。その気持ちはよく分かる。


 支部長ならそれこそ魔法を仕掛けていただろう。そういう意味でもあの人達の可能性は限りなくゼロに近い。

 それどころか魔力をほとんど使わない罠ばかり。あんな場所でなければ地面を砕いて仕掛けを探ることもできたというのに。


 一度ストラへ戻らない事には分かることも分からない。事情を話せばさすがに協力者も集められるだろう。

 僅かな証拠で予想できる筈もなく、大人しく街道を目指して森を進む。

 いよいよ道が見えてきたその時、言い争うような声が聞こえてきた。


「――だから、最後に見たのがあんただって言ってんだって!」


 若い男の、いや、少年の声。

 姿はまだ見えない。だが居場所はすぐに分かった。


「知るかよ! 俺ぁ売るもの売って金貰っただけっつってんだろ!」

「なら、その後どの向かった方向を、答えろ」

「覚えてねぇよ! 揃いも揃ってしつけぇな!」

「だから怪しいんだよ!」

「言いがかりも大概にしろやガキ!」


 穏やかな雰囲気ではない。今にも斬り合いに発展しそうな勢いだった。

 気配は四つ。少年のものと、彼の味方が一人。他にもそこから距離を置いて数人分。

 対してしゃがれた中年の声。随分粗暴というか、ストラではまず見ないタイプ。

 もう一人は声を出していないから分からない。だが並び方からしておそらく三対一。


「ね、ねぇキリハ。さっきから……」

「みたいだな。どうする? 俺は少し話を聞きに行くつもりだが」

「決まってますよ。わたしも行きます。リィルもいいですよね?」

「当たり前でしょ。……気を付けなさいね?」


 全員で頷き、茂みから一歩踏み出す。

 探していた集団はすぐそこにいた。


 剣を背負った赤い髪の少年と、彼よりやや背の高い黒髪の少年。

 二人に庇われるように隠れる小柄な黒茶色の髪の少女。その脇には妙に大きな書物を抱えている。

 対する男はくすんだ青髪。やせ細った狐のような顔の男。髪と同じ色の目がこちらを睨む。


「なんだお前ら? そいつらの仲間か?」

「いいや全く。興奮した魔物のような声が聞こえたから様子を見に来ただけだ」

「ほんと、よく聞こえましたよ。うるさいくらい」

「ユッカちゃん、それは言わなくても……」


 まだ断定はできない。が、おおよその状況は想像がついた。


「ヘッ、そりゃこいつらのせいだ。人を捕まえていきなり連れ去った仲間を返せって言われて黙ってられるかよ」

「だからそれはアンタが!」

「静かに。――その割には慌てていたじゃないか。本当に何も知らないなら毅然と返せば済む話だ」

「じゃあお前はできるってか? 何も知らねぇのに口挟むんじゃねぇよ。今日で何回目だと思ってんだ」

「あくまで自分は関係ない、と。だったら聞かせてもらおうか。そちらの言い分とやらを」


 本当にそんなものがあればの話だが。


「(ちょっと! あんたあいつの言い分信じるつもり!?)」

「(まさか。もっとも、それはあの三人組に関しても同じだが)」


 印象的には彼らの味方に回ろうという意志が強い。

 しかしまだこの四人が共犯であるという可能性も全く否定されていないのだ。


「(え、そうなの? あの人達、普通の冒険者っぽいけど……)」

「(その印象を逆手に取ることもできるとだけ言っておく。森に隠れている連中がどちらの味方をするか分からない)」

「も、森に? どこですか早く言ってくださいよ!」


 ……なんてことを。

 大雑把な場所だけでも伝えておくつもりだったが予定変更。完全に向こうの意識がこちらに向けられている。


「あ? 言えって何をだ」

「お互いの話以外にあるのか? あなたが言った通り、俺達はまだ状況を何も知らない。話もせず自分の味方をしろと言うつもりなら知らないが」


 少年達の抗議の視線。

 本当に関係がないならいい気分はしないだろう。しかし俺達にそれを確かめる手段はない。

 てっきり男も同じように反発するものだとばかり思っていた。だが。


「いいぜ? ちゃんと聞けばこっちの味方になってくれるだろうしなぁ?」

「それは、ない。聞けば、どっちが正しいか、すぐ分かる」

「だからそう言ってんだろぉ?」


 本当に関係がないのか、余程自信があるのか。

 正直、クロとしか思えない。しかし確かな証拠も何もない。

 魔法で従わせて暴露させたところで証拠にならない。そうでなくとも結局尻尾切りにあうだけだろう。

 最低限、ここにいる全員を捕らえるくらいでなければ意味がない。


「けどここじゃちと話しづらいな。大人数で詰め寄られるなんて気分が悪ぃ。どうせなら穏便にいこうや」


 どの口が。喉まで出かかった言葉を抑え込む。


 青髪の男は一見、ただの旅商人。

 しかし腰に二本、左右のブーツに二本ずつナイフを隠し持っている。左右の袖口にも。

 後ろのバッグの中身もその手の品がほとんどだろう。言い争いの場を早く見つけられたのは幸運だったと言える。


「どうだ? ここからならストラが近いのは知ってるだろ。そこでゆっくり話そうじゃねぇか」

「ストラに? いいのか?」

「あぁ? 何か文句でもあるのかよ」

「別に。あなたがいいならそれでいい」


 今のところ動きはない。

 あとから素知らぬ顔で町に入って合流、なんて呑気な手段は選ばないだろう。

 一見、頭数だけならこちらが有利。しかし不意を突かれると話は変わる。少年たちが敵であればなおさら。

 その状況であえて、男に背中を晒す。


「そちらの三人も、一旦俺達とストラに向かってもらえないか。いなくなった仲間のこともそこで聞かせてほしい」

「……アンタもあいつらの仲間ってことはないだろうな?」

「まさか。なんて、口でどれだけ言っても信じてはもらえないか」

「当たり前だ。お前達、どこから――」

「いいじゃねぇかよ。なぁ? 折角仲裁に来てくれたんだからよぉ」


 ……狙いを変えたか。

 何故、俺が答えるのを止めようとしたのか。その疑問は当然少年達の中に湧くだろう。

 そしてそれは俺達にも向けられる。

 だが男は近付いた。俺のすぐ後ろまで。こうなってしまえばやる事は大して変わらない。


「なんで割り込むんだよ。今トーリャが聞いてたじゃんか」

「そんなの町に行ってからでいいじゃねぇかよ。お前もそうは思わねぇか?」

「いいや全く。自己紹介くらい歩きながらできる」

「……けっ。そうかよ」


 吐き捨て、歩き出す男。その左手をすぐさま掴み、


「おい、何して――」

「腕の毒針は捨ててもらおうか」


 四の五の言わずに、叩きつけた。


「……あ?」


 呆気にとられている男。余計な真似をされないよう、両腕を踏みつけつける。


「伏せろ」

「はっ?」

「早く!」

「お、おう!」


 直後、俺達の周囲に立てた《氷壁》を魔法が揺さぶる。

 森の連中はやはり敵。

 アイシャ達には手を出せないよう《氷壁》の中でさらに仕切も立てたが、少年達はこの連中と本当に敵対していたわけだ。


「――《麻痺針まひばり》」


 既に位置は割れている。

 そこからはもう、一人一人に稲妻の針を撃ち込む単調な作業でしかなかった。

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