第315話 魔法禁止令-⑤
「ああいう大事な話はもっと早くしなさいよ……」
キリハ達が向かったのとは逆方向。
主に生ものを取り扱う店舗が立ち並ぶ通りで、アイシャはリィルのため息を聞いた。
「心配をかけたくなかったっていうのも本当だと思うよ? お母さんも、今日初めて聞いたみたいだし……」
「だからって限度があるでしょ。限度が。魔法が使えないなんて大事じゃない」
そもそもの身体能力が高いとはいえ、影響が出るのは避けられない。
「魔法を使わない日が続くと、むずむずすることない? キリハに言ったんだけど、いまいちよくわからなかったみたいで……」
「じゃあ何? あいつ、一回も感じたことないって言うの?」
その現象について、アイシャも正確な知識を持っているわけではない。
しかし彼女の母も、同じような経験は何度もしたことがあると言っていた。
ユッカの様にごく限定的な使い方をする者でもなければ、経験して当然のものなのだ。
「……まさかあいつ、本当に毎日魔法を使ってたんじゃないでしょうね……?」
「さ、さすがにそれは――…………ある、かも」
不思議なことに、アイシャが瞼を閉じるとその姿が容易に浮かんでしまった。
かつての、取り締まりの詳細をアイシャは知らない。
しかし、魔物に似た存在と戦った経験があるだろうとも考えていた。
冒険者としての活動ができなければ、魔法を使う場面など限られる。
日常生活に魔法を使っていては、それこそ膨大な魔力がなければ賄いきれない。
調理の過程で、あえて炎の魔法を扱う料理人がいるという話も聞いたことはある。
しかしそれも、リーテンガリアから遠く離れた土地の話。
アイシャ自身、そのような人物に会ったことは一度もない。
「すぐ魔法を使おうとすると思ったら……。どういう生活してたのよ。まったく」
それと、キリハのこれまでの行動は、アイシャの中でも自然と結びついた。
本来日常生活で使う必要のない魔力。
日常の一瞬一瞬で、当たり前のように魔力を行使しているとしたら。
そもそも発散させる必要がなくなるのではないか、と。
「でも、そっか……だからあんなに、たくさんの魔力を……」
「普通に使ったってあそこまで増えないわよ。さすがに。分かってたら聞いたのに……っ!」
「ま、まあまあ、リィルちゃん……。私もこれから、もっと気を付けるから」
「……アイシャに全部押し付けられるわけないじゃないの」
「今更かもしれないけど、後で抜き方も教えてあげましょ。あいつ、変なところで常識ないし」
「あ、あははは……。それがいいかも。勉強してるみたいだけど、やっぱり色々違うところがあるみたいで」
「あいつの故郷が特殊なのよ。いろいろと」
「だよね」
これまで、キリハ以外から一度も聞いたことのない地名。
その場所について彼が積極的に語ることは少なかったものの、そう判断するには十分すぎる情報がアイシャ達の手元には揃っていた。
たとえば、たまに飛び出す聞き覚えのない単語。
しかし、キリハが話すのは間違いなくリーテンガリアの言葉。
それがいっそう、アイシャの中にある奇妙だという印象を強めた。
「…………魔法、使ってないでしょうね? あいつ」
「それはないと思うよ? 今はユッカちゃんと買い物にいてるんだし」
「それもそうね。町の外に出なきゃ、魔法を使うことなんてなわよね」
リィルの言葉は、彼女が自分自身に言い聞かせるようだと、アイシャは感じていた。
「――どうしてこんなところに来てるんですか!!?」
木漏れ日の差し込む森の中、ユッカの叫びが木霊した。
「こんなところ、なんて言うことはないだろう。火山の中じゃないんだから」
「そんなとこ、行ったらリィルさんにものすごく怒られそう、ですね?」
「そもそも行けませんよっ!」
行けるとも。行こうと思えば。
魔法が使えるようになった後なら、それこそいくらでも誤魔化せる。
今はその必要がないというだけで、内部での活動も不可能ではない。
「そうじゃなくて! いいんですか、外に出たりして。それこそリィルに怒られますよ!?」
「バレなきゃ大丈夫、です」
「事情を話せば納得してくれるだろう、きっと」
既にバレていてもおかしくはない。
門を潜ったところで待ち構えている、なんてこともあるだろう。
ストラにはヘレンが残っているのだから、こちらの行動を把握するなど容易い。
残念ながら、マユの作戦はそもそもの前提が成り立たない。
「ほんのちょっと探し物を手伝うだけだ。別に魔法を使うわけでもなんでもない」
「遠くの調味料も分けてもらえる、ですし」
「マユ。その話、絶対にリィルには言わないでくださいね? 絶対、絶対ですからね?」
「マユ、そんなに信用ない、ですか?」
「リィルが気付きそうで怖いんですよっ!」
……リィルに聞かれたら一番怒られそうなことを言っている自覚はあるのだろうか。
マユも微妙に困り顔。考えていることはやはり同じか。
実際に気付くかはさておき、何もそこまで言わなくてもいいだろうに。
(……いくら幼馴染とはいえ、さすがにこれ以上は)
そろそろ止めた方がいいだろう。お互いのためにも。
「よくないですよー。そういう発想。この人みたいになっちゃっても知りませんからね?」
……できる事なら、横やりが入る前に止めておきたかった。
「うわっ……」
姿を見せたヘレンを見て、やはりというかユッカは眉を顰めた。
そこにもう『驚き』の感情はかけらほども残っていない。
「んもー、また嫌そうな顔。もうちょっとくらい仲良くしてくれてもよくないですか? 一緒に困難を乗り越えた仲ですよ?」
「じゃあ割り込むのをやめてくださいよっ!」
この関係も、変わることはないだろう。
少なくとも、しばらくの間は。




