第312話 魔法禁止令-②
――イロン某所。
「……そうきたか」
最初に聞かされた時から、当然の判断だろうという認識しかなかった。
あちこちで不便を被る事になるのは間違いないが、以前のことを考えればそれでもまだ甘いくらい。
直接言葉にはしなかったが、解放の影響を確かめておきたいというのもあったのだろう。
「えぇ、そうしてもらいます。拒否権は……」
「ないんだろう? ……言われなくても、最初からそのつもりだ」
その提案を断ろうとは、これっぽっちも思わなかった。
帰還までの道のりにも少なからず影響は出るだろう。
少なくとも、いつものような《小用鳥》による調査は不可能。
ヘレンには、きっとすぐに気付かれる。
気付いた上でどうするのかまではさすがに判断できないが、間違いなくすぐに気付く。
「……思っていたよりも、あっさり引き下がりましたね?」
「当たり前だ。これでも、無茶をした自覚くらいはあるんだから。……魔法が使えないなら、使えないなりに上手くやるとも」
魔法の使用を全面的に封じた上での生活。
コロサハで解放をした時点で、そうなるだろうとどこかで考えていた。
今は比較的落ち着いているものの、そんな物は安心材料になり得ない。
少なくとも、そんなものだけでイリアが安心できる筈がない。
「駄々をこねたところでどうなるものでもないだろう。……ただでさえ、今回の件でお前には無理を言ったのに」
「あの程度、無理の内には入りませんよ。赤子の手をひねるようなものですか」
「そこまで。お前が言うと冗談に聞こえない」
「当然でしょう。本気で言いましたから。……まさか、それで意見を変えたりなんてしませんよね?」
小悪魔めいた笑みを浮かべて、イリアはそう言った。
俺がそんなことをする筈がないという確信を持ったうえで、そう言った。
それでいて、俺の反応を愉しむかのように。
「念のため、少しばかり期間を取らせてもらいますが……いいですね?」
「今更そんな確認をしなくても。……それで? 具体的な期間は?」
こちらの世界にやって来てから、初めての事。
当然イリアも警戒するだろうとは思っていた。
そのために期間が長引いてしまうのも仕方がない。
多少のトラブルであれば、身一つでどうにでもなる。そのために鍛えてもらった。
――その考えが、そもそも甘かったのかもしれない。いや、間違いなく甘かった。
イロンからストラまで、真っ当な方法で向かえばそれこそかなりの時間がかかる。
ましてあんな騒動の後。すぐには動けないだろう。
だからある程度のところで切り上げる筈だと、そういうものだと、勝手に思い込んでいた。
「例の町――ストラと言いましたか。それに戻るまでと……戻った後、二〇日もあれば足りるでしょう」
それだけ時間があるのだから十分。そんな予想を、イリアは軽く超えてきた。
「………………は?」
さすがに長すぎるだろうと言い返しても、まるで取り合えってもらえなかった。
「つ、使えないって……ほんとなんですか? それ……」
ユッカの反応も当然だろう。
今の今まで抱いていた違和感に納得のいく説明を得られはしても、内容が内容だ。
気軽に受け流せるようなものでもない。
「残念ながら本当だ。……すまない、今の今まで黙っていて」
「正確にはドクターストップみたいなものなんですけどねー。魔道具を使ってるとかそういうわけじゃないんで、使おうと思えば使えますよ? 多分」
「どうしてそこだけ自信なさげなのよ……」
「私も全部知ってるわけじゃないんですよぅ。この人がイロンで止められた後しか」
「そこを知ってるだけでも十分、です」
ある意味、驚かされたのはこちらも同じ。
あの時、こちらの様子を探る気配はなかった。
ましてヘレンに関わるものなんて、イリアが真っ先に確かめているだろう。
また何か回りくどい手を使ったらしい。
「……そこまで知ってたなら教えてくれてもよかったじゃないですか!?」
でなければ、宿に戻る前という絶妙なタイミングなど狙える筈がない。
「いやいや、この人止めさせたの私ですよ? そんなことしたら意味ないじゃないですか、もー」
「何が『もー』よ。どうして口止めなんてしたのよ」
――さっきの話、あの子達に言っちゃ駄目ですからね?
いつものように音も立てずに現れたと思えば、即座にこれだった。
こちらの疑問には当然のように応えず、もう一度。
どういう影響があるだとか、その辺りの具体的な話も何もかもを投げ捨てていったのだからいっそ清々しい。
忠告だけ残して、逃げるように再び姿を消した。
アイシャ達が『ずっと一緒にいた』と言っていたから……そういうことなんだろう。きっと。
「……なんか、疑いの目を向けられちゃってません? 酷くないですか、この扱い?」
「何割かは自己責任だろうに」
「じゃあ残りの九割分は、元凶にお任せしちゃいますね?」
「つまり自分で説明をする、と」
文句は過去の自分に言ってもらいたい。
助けてもらったという認識はあっても、その過程に難があり過ぎる。
今回の件なんてその最たる例の一つだろうに。
(いいんですか? そんなこと言っちゃって。マスターとお楽しみしてたことばらしますよ?)
(どうした。お前との関係で誤解させるんじゃなかったか?)
(マスターとの方が確実ですからねー。まあ、どうしてもって言うなら、そっちに変えてあげなくもないですけどね?)
(断固拒否する)
何が悲しくてそんな嘘を吹聴するよう頼まなければならないのか。
嘘だとすぐに分かるくらいのメリットしかない。
それも俺がちゃんと誤解を解きさえすれば済む話だ。
「……ラ・フォルティグに限らず、この前の事件のせいでみんな疲れていただろう? 帰り道とはいえ、そんな話を聞かせて心配させたくなかったんだ」
「監視くらいならこっちでどうにでもなりますからねー。その人の野生の勘もちょっとくらいは役に立ちますし」
「ああ、確かに。お前に翻弄されている内はまだまだだな」
口止めしておけばいいんだと、ヘレンは言った。
実際、ヘレン一人でも周囲の敵影を探るのは容易い。
結果的に何もなかったが、もし野茂時にはきっとすぐに気付いていた。
それでもさすがに、ヘレンに全部任せる気にはなれなかった。
俺の我儘と言ってもいい。
「性格はアレですけど、この人のことに関しては基本的に信頼できますから大丈夫ですよ? 性格はほんっとーにアレですけど」
「二度も言うんじゃない。そこまで言うこともないだろう」
「やぁですねー。情報共有ですよ、情報共有♪」
……頭の中に響くクレームも全部共有してやろうか。この野郎。




