第31話 洞窟の罠
「……魔物とか出てこないですかね」
洞窟に入ってからおおよそ三〇分。
念には念を入れようとゆっくり進んでいた時の事。
余りに変化のない道のりを退屈に思ったのか、とうとうそんな発言が飛び出した。
「やめてよいきなり。魔物がいないから来たのに」
「いてもすごく強い魔物だよね、多分」
「その時は倒せばいいんですよ。どうせそんなにいませんって」
「逃げるのが難しいなら、な。こんな狭い空間でやり合うメリットがない」
大量の罠を設置するにせよ、味方が引っ掛からない状況を整えてからだろう。
それこそ《糸雷》の網程度で止まってくれるのなら楽だがそんな魔物なら近付かれる前に仕留められる。
「まあどちらにせよ、今回は余計な心配に終わってくれるんじゃないか? さっきから足音が聞こえない。近付く気配もない」
「あんた、やっぱり魔法……」
「使ってない」
こんな空間の上、俺達以外に誰もいないからだろう。
森の中以上に音がよく響く。空気の流れをはっきり感じられる。
魔物がいてもすぐに気付ける。魔法を使わなくても。
リィルからは微妙に信じてもらえていないようだが事実は事実。本音を言えばもう少し保険をかけておきたいところだが。
「……どうします、これ?」
「どうもこうもないでしょ。少し先を見て戻ればいいじゃない」
「でも全部はちょっと大変じゃない?」
そうして辿り着いたのは分かれ道。奥へ続く三つの通路。
当然先は見えない。左手は平地。右と正面は緩やかな下り坂。
だがあくまで見える範囲の話だ。その先はどうなっているかも分からない。
いつもならすぐさま《小用鳥》に向かわせるところだが、ひとまず却下。
「じゃあせーので行きたい方向言ってください。一番多かった方に行きましょう。せーのっ」
「右ね」
「直進で」
「左はどう?」
「なんでバラバラなんですか!」
そう言われても勘に従った結果だから仕方がない。よくまあ見事に分かれたものだ。
どのみち最終的には全方位に向かうことになるだろう。その先で更に細かい分岐がある事まで考えると少し時間がかかるかもしれない。
「そういうユッカはどうなんだ? 今のところそれぞれ一票。逆にユッカが選べばそこに決まる」
「なんでわたしが……まあいいですけど。んー……じゃあ、前?」
てっきりあのタイミングでユッカも言うものだとばかり思っていた。
とはいえ方向は決まった。《魔灯晶》の光を頼りに下へ向かって進む。
「場所が場所なら小石を投げるとか、色々できるんだけど。まあさすがにないわよね。こんなところに穴なんて」
「だと思いたい。だがなるほど、小石を……」
言われてみれば確かに効果的な方法だ。
近くにそれらしいものは落ちていない。
代わりになりそうなものなど持っている筈もなく。
魔結晶も最近は手に入れられていない。あっても全員から反対されるだけか。
とりあえず今この場ですぐに調達できそうなものと言えば――
「はいそこまで」
「? どうしたリィル。肩なんて掴んで」
「先にそこの壁を叩いた理由、聞かせてもらえる?」
理由と言われても。強度を確かめるためとしか。
加減を間違えるわけにはいかない。力任せに引き剥がして崩れるなんてこともある。
「一部拝借させてもらおうかと」
「元に戻せないでしょうが。もうあんた鉱山の仕事でも紹介してもらったら?」
「勿論分かっているとも。戻せない事くらい」
「なら止めなさいよ!」
残念。案としては悪くないと思ったのに。
それにしても鉱山の仕事か。
ものによっては考えてみるのも……ストラからの距離次第か。紹介してもらえるか分からないが。
「様子がおかしかったら言ってくれ。炎弾を操作して先を探ろう。魔物がいてもそのまま仕留められる」
「却下! なに言ってるかさっぱりだけどとにかく却下!」
説明しようとして、止めた。今そんな話をしたところで余計に困らせてしまうだけだろう。
「ま、まあまあ……キリハのそういう魔法はちょっと待つって話にしてるし……やっぱり、そろそろ戻る? さっきから何も見つからないし――」
――カチッ。
「……ふむ?」
今、何かスイッチが入った音がしたような。
足元。それらしいものは何もない。魔法の残滓も同様。
両手。どこも当たっていない。
つまり作動させたのは俺ではない。
「……あの、これって」
見回してすぐに分かった。
ユッカの足元。明らかに不自然な凹み方をしている部分がある。
思わず全員で顔を見合わせて、奥を見る。
まだ何も見えない。
「……なんか聞こえない?」
「う、うん。さっきからこっちに近づいてる、ような……」
……こんなものまで。
誰が仕掛けたのだろうか。
ユッカが踏んでいた地点は間違いなく沈んでいた。
あんなものが自然に作られたとは思えない。当然、誰かが仕掛けたということになる。
「早く外に。まだ間に合う」
「で、ですね。さっきから危なそうな音がしてますし……」
次第に近付き、大きくなっていく音。
引き返して走るが遠ざかる事はない。
形状はおそらく球体。一応まだ距離はある。だが逃げ切れるかどうかは微妙なところ。
道の幅はおよそ三メートル。高さもおおむね同じ。
俺が予想している通りのものなら避けるスペースなど残さないだろう。
脇道に逸れたところで追いかけられる可能性も否定できない。入り口まで戻るべき。
「えっ……」
「……はい?」
「ちょっ――」
そこまで考えたところで、ついに。
「に、逃げますよ――――!!」
洞窟の更に奥から、巨大な岩が姿を現した。
「おかしいですよ。おかしいですよね? なんですかさっきのあれ!」
「罠だろう。侵入者を排除するための」
「分かってますよそんなこと!」
それもそうだ。
全速力で来た道を引き返したばかりとは思えない。
とはいえさすがに疲労もあるだろう。もうほとんど自棄になっているのかもしれない。
そのくらい理不尽だった。俺も気持ちはよく分かる。
洞窟内を揺らしながら猛スピードで追いかけてくる巨大な岩。文句も言いたくなる。
上り坂だろうと岩の勢いは全く衰えず、結局大量の破片に変えてやるしかなかった。
様子を探るのに丁度よさそうな石が手に入った――なんて口が裂けても言えない空気だ。
「でも、よかったのかな……? 思いっきり壊しちゃったけど……」
「仕方ない。あんなものを仕掛けた方が悪い」
「そうですよ。やらなきゃわたしたちが危なかったんですから」
「開き直るのが早すぎよ、あんたたち……というか、なんで壊せるのよ……」
特にリィルは息も絶え絶えになっていた。
そんな状態で突っ込まなくてもいいだろうに。
接近する勢いを考えてもやはり厳しかった。
そこでアイシャ達に先に戻ってもらい、両手でキャッチ。勢いを完全に殺したところで破壊した。
脅威は去ったと分かった上で安全のために戻る事にしたのだ。
一般的に見て非常識な真似だという認識はさすがにある。
何かの魔法で抑え込むくらいが無難だろう。
蹴り返すだけでもよかった。あとで結局破壊することになったと思うが。
「いいじゃないですか。おかげでどうにかなったんですから」
「あんたね……そんなことより次は気を付けなさいよ、ちゃんと……」
「わ、分かってますよ。……ところでキリハさん、あの岩が出てくるところを壊すことってできません?」
「そういう考えを止めなさいよ! アイシャが言ったこともう忘れたわけ!?」
「場所が分かればできなくもないんだがな。どうしても危険ならいっそ足元を土で固めてしまうか」
「あんたも乗らないの! ……もう……お願いだから、ちょっと休ませてよ……」
別に乗ったつもりはない。
あの岩の罠だけということもないだろう。それだけ潰せば済む話ではない。
アイシャの提案を忘れたわけではないが、聞いていた話とは色々と状況が違う。
他にも何か罠があるようなら《小用鳥》による全域把握もしておくべきかもしれない。
「リィルもこう言ってる事だし今日はもう終わりにしよう。進むにしろ戻るにしろもう遅い」
「疲れたのはあんた達のせいでもあるけどね……」
そこまで言うか。
だが、嫌がらせなど本意ではない。いい反応が返ってくるとしても限度はある。
「でも、誰なんだろうね? あんな罠を仕掛けて……まさか、支部長……?」
「それはない。いくらなんでも性格が悪すぎる。協会全体の事を考えてもメリットがない」
「でもちょっとおかしいじゃないですかあの人」
「事実でも言っていい事と悪い事があるだろう?」
「あんたも大概じゃないの……」
事実じゃないか。飛び抜けて変わり者であるという点に限っては。
失礼だがあれはもう狂気に近い。本当にもう少しでいいからどうにかならないものだろうか。
「ただまあ、洞窟探索の予行演習のためだけに向かわせたというわけでもなさそうだ。あのわなの存在を考えると」
「じゃあ、やっぱり……」
「ほ、ほら。キリハさん違うって言ってたじゃないですか。ちょっと落ち着きましょう? ね?」
「? 私はいつも通りだよ?」
「…………まあ、そうですね」
「あ、あれ?」
どう見ても今の雰囲気は危なかった。
リットに向けるそれに近い何か。
支部長は正直グレーに近いがひとまずシロということにしておかないと後が怖い。




