第304話 天をも貫く
(……これで一体、何が変わるんでしょうねー)
あり得なくないですか。あんな調子で飛び回ってる人に剣を渡すとか。
ただでさえ遠いのに、なんか勢い良く飛び回ってたんですけど。あの人。
普通、諦めません?
いつどうやってあんなものを仕込んだのか知りたくもないですけど、無茶にもほどがありますよ。
変に力を使ったら自分が目を付けられるのに。……自分の立場とか、ちゃんと分かってるんですかね? うちのマスター。
「……もう、終わったの?」
「だと思いますよ? もうあのドラゴンの力も感じませんし」
「それ、他の人には伝わらないから。あんな速度……私だって、正確な場所は分かってないのに」
「いいんですよぅ。伝わる人にしか言いませんから♪」
まーた《加速》かけまくりましたね。あの人。
どうやったらこの短時間でイロンの近くまで戻れるんだか。おかげで送るのも一苦労だったんですからね?
あの剣が大人しく従ってくれなかったら本気でやめてましたよ。
少しは送りつける側のことも考えてほしいんですけどね。マスターもあの人も。
「ちなみになんですけど、そろそろ歩けます? 私ちょっと別の用事があって」
「今から? ようやく終わったんだから休めばいいのに……」
「そうしたいのは山々ですけど、そういうわけにもいかないんですよねー。ちょっとイロンの方まであの人のこと迎えに行かなきゃいけないんで」
「…………どういう意味?」
駄目そうですよね。迎えに行かないと。
あの人、絶対にこっちまで帰って来られませんよね。いつものごとく。
「どうもこうも、そのままの意味以外ありませんよ? 放っておいたらあの人、お友達のところにしばらく帰れそうにないですから」
「……やっぱり、無理に身体を……」
「違います違います。まだ町に戻るくらい余裕だと思いますよ? 魔法解いて歩くだけですもん」
……あのくらいでぶっ倒れるくらいヤワなら、いろいろ楽だったのかもしれませんけど。
「めちゃくちゃ頑張ってくれたおかげで、あとは一発デカいの当てるだけでしたから。後はもう時間の問題ですよねー」
「はぁ……」
「ってことで、行ってきます☆」
「…………はっ?」
まあ、それもこれも町の場所が分かればの話なんですけどね。
(……イロンの傍ってことも分かってなさそうだしなー、あの人)
今さら探索魔法なんて使わせるのもさすがに可愛そうですし。
慈愛に満ちた相方が迎えに行ってあげないと本気で迷いそうですし?
(さてさて現場の様子はどうですか、っと――)
「うっわぁー……」
……まーたとんでもない置き土産を残してくれちゃいましたね。あのドラゴン。
「っ、くぅううう…………!?」
油断した。完全に油断した。これ以上ないくらいに油断した。
ラ・フォルティグをついに打ち破ることができたのだと、気が緩んでしまったのは間違いない。
直接戦った時間も、全体で見ればごく僅か。
それでも、『ようやく終わった』という実感が余りにも強かった。
本来なら上空に逃げ出した時点で真っ先に考えておかなければならない可能性。
見事なまでにそれを見落としていた。
確かに、魔物を構成しているであろうあの黒い粒子を、この戦いで一度も見なかった。
ラ・フォルティグがそちらに含まれている可能性が高いにもかかわらず、その事実を深く気に留めようとしなかった。
(ここまできて、それはないだろう…………!?)
――ラ・フォルティグの身体は、地面に一直線に向かっていった。
鎖状に伸ばした魔力で縛り上げ、引っ張り上げるのが精いっぱい。
ちょっとやそっとの魔法では落下の勢いを抑え込めない。かと言って、完全に消滅させることもできない。
ラ・フォルティグの身体は急速に堅くなっていった。
それこそあの“首長砦”に負けず劣らずの、化け物じみた防御力を今更手にした。
魔結晶を残さない、極めて稀な例外。
上空の戦いで飛び散ったものがなんだったのか、記憶も怪しい。
そのナニカが視界に映り込むより早く、魔法でそれらを吹き飛ばしてしまった。
「悪あがきの、つもりか……!」
――何よりも問題だったのは、ラ・フォルティグの胴から下が向かう先がどこかの町だったこと。
首は空の上。翼も《万断》を受け消えた。
頭部は支えられるからいいものの、切り離された胴体は引っ張り上げるしかない。
今、ラ・フォルティグが町に落ちたらどうなるか分からない。
住民の避難など始まってすらいないだろう。
こいつの姿が見えてからではいくらなんでも遅すぎる。
(こいつ、わざと落ちて――!)
そうとしか思えなかった。
ただ重力に引かれているにしては、加速の仕方があまりにも不自然だった。
どれだけ《飛翼》が羽ばたこうと、落下の勢いを完全に抑え込むことはできないまま。
即興で作り上げた氷の壁も簡単に砕き、突風を受けてもものともしない。
草原が、白い円が、それに囲まれた点が、徐々に近づく。
肉眼でもそれだと認識できるほどに近付く。
(この化け物、本気で町を巻き添えに……ッ)
――ふいに、身体が浮いた。
「っ……?」
押し上げる強い力に突き飛ばされ、落下の勢いが確かに落ちた。
それは、渦を巻きながら吹き上げる激流だった。
それこそ、並大抵の魔法ではない。
再び要塞化した怪物を貫くことはできなかったが、その衝撃は鎖を通じて伝わってくる。
(こんな、一体、誰が)
ヘレンとは思えない。
エルナレイさんもナターシャさんも、今はまだカウバにいる筈。
何より、あの人達のものとはどうしても思えない。
この水の魔法、まさか――
「みんな…………っ!?」
どうにか覗き込むことができて、ようやく気付いた。
そこにいたのが、大切な人たちだということを。
「っ……!」
それを見たアイシャは、思わず飛び出した。
見届けるつもりでいた戦いがか彼の勝利で幕を収めたことを知り、そして、全く異なる脅威が迫っていることを知って飛び出した。
後ろから聞こえる声が、次第に遠のく。
何事かと目を向ける人々の姿も、街の景色も次第に色褪せていく。
(キリハ……っ!)
彼女が目指したのは、協会の入り口から真正面にある門。
キリハがユッカとマユと共に今朝も使ったという門だった。
何故そちらに向かって走り出したのか、アイシャ自身にも分からなかった。
他に幾つも門がある中、何故その門を選んだのか分からなかった。
それでも彼女は、ひたすらに走った。
無我夢中で走り続け―――門番の制止すら振り切って、飛び出した。
「っ……!」
そうして見上げた先に、やはりいた。
未だに落下の勢いが衰えないラ・フォルティグの姿を確かに見た。
その身に幾つもの光の筋が伸びているのを見た。
(…………今、手伝うから)
一度も見たことのないそれが、キリハの魔法だということはすぐに分かった。
怪物を引き上げようと、戦っているキリハの存在を確かに感じた。
「――噴き出す雫よ……!」
杖を掲げた、その瞬間。
「ちょっ、はや……速いですって、アイシャ……」
「っ……!?」
杖を握る右手を、息切れ寸前のユッカに捕まれた。
「な、なんで? 離してユッカちゃん! 早くしないと……!」
「い、いいから、とりあえず聞いて……話、聞いて」
そこに一人、また一人と駆け付ける。
乱れた呼吸を整えようともせず、アイシャを見上げた。
「あのね、アイシャちゃん。あれ、いくらなんでも遠すぎるから。キリハ君じゃないんだから、一人であの距離狙うとか、さすがに無理……」
「……そんなの、関係ない。だから、止めないで」
届くかどうかも分からない。
そんなことは、アイシャも分かっていた。
怪物の姿は確かに見えるが、遠い。徐々に近づいているが、手を伸ばしても届きそうにないほど遠い。
日々の練習が実を結びつつあるとはいえ、これほど離れた標的目がけて魔法を放ったことなど一度もない。
「止めるなんて、言ってないわよ……。ひぃ、疲れた……」
「マユ達、だって、なんとかしたい、ですから」
「え……?」
焦りにも似た感情に突き動かされていたアイシャは、思わず当たり前のことを訊き返してしまった。
訊き返して、すぐに気付いた。
「そういうこと。今ここにいる中で一番強い魔法が使えるのはアイシャちゃん――というか、《ラシュースティ》より威力のある魔法、誰も使えないでしょ?」
その言葉には、誰もがすぐさま頷いた。
唯一直接見たことのないマユは、他でもないアイシャから話を聞いていた。
「でも、そのまま撃っても届かない。距離はなんとかなっても、当たるか分からない。……あんな距離だからね。当たり前だよ」
それでも、まだ状況が呑み込めなかった。
そんなアイシャに向かって、イルエは遠慮なく呆れのため息。
「察しの悪いやつですね。こっちで支えてやろうってんですよ」
「えっ、支え……えっ??」
一体、どういうことだろうか。
「イルエちゃん、リィルちゃん、準備して。マユちゃんは後ろからお願いね。レイス君もトーリャ君も」
呑み込めないアイシャをよそに、それぞれ動き出す。
まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように。
アイシャの背中をマユが支え、更にその後ろにレイスとトーリャも並ぶ。
アイシャよりやや前にイルエとリィルが着き、アイシャを挟むようにユッカとレアムが構えた。
「え、あのっ、みんな……?」
「ちゃんと用意しなさいってば。時間もそんなにないんだから」
「……!」
しかし、その真剣なまなざしを向けられて、動けない筈がなかった。
自らの果たすべき役目を、直感的に理解した。
(……全部、これで終わらせる……)
ラ・フォルティグの方へ一直線に伸びる、イルエとリィルの魔法。
ユッカとレアムの手に宿る、風の魔法。
マユが、その後ろのレイスとトーリャが、全力でアイシャを支える。
「――《ラシュースティ》!!」
天をも貫く、その一撃を。




