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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
VIII リーテンガリア危機一髪
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第299話 想定外

 その事実を、すぐに受け入れられる者は誰一人としてなかった。


 虹色に煌めく巨大な刃に頸を落とされ、金色の奔流に貫かれた“首長砦”。

 断末魔の叫びをあげることもなく動きを止めたラ・フォルティグ。 


 力尽きなおも圧倒的な存在感を放つ“首長砦”姿は、今も水晶から映し出される形で大勢の人の目に晒されていた。


 目を離せる筈がなかった。

 信じがたいほどに強大な力と力のぶつかり合いを、誰もが見届けるつもりでいた。


 何が起きても受け止めるつもりでいたその人達でさえ、もたらされた結末を呆然と眺める事しかできなかった。


 決して、エルナレイ達の敗北を望んでいたわけではない。

 奇跡が起こることを、ただひたすらに願い続けていた。他にどうすることもできなかった。


 ――そして、それは起こった。


 誰もが、鈍く重い音を聞いたと錯覚した。

 頸が地面に落ちたその時、聞こえる筈のない音がイロンの支部に響き渡った。


 カウバを、リーテンガリアを焼け野原にしかねない怪物が地に伏す瞬間を、誰もがその目に焼き付けた。


(倒した、の……?)


 地に伏したまま、ラ・フォルティグは動かない。

 その姿を何分も、何分も眺め続けたことで、ようやく芽生えた小さな実感。


 ――あの“首長砦”が、ついに陥落した。カウバは、リーテンガリアは、助かった。


「やっ……た…………」


 大きな犠牲どころか、小さな犠牲すらほとんどないだろう。


 カウバの外壁は依然として完璧な形を保ったまま。

 それを取り囲むように張られた光の壁も、役目を終えたかのように解けて消えていく。


「やった……やったぞぉおおおお――――っ!!」


 誰かの叫びを皮切りに、支部はたちまち歓声に包まれた。

 喜びを分かち合うべく抱き合い、無事だった事への安堵から思わず涙が溢れ出す者までいた。


「はは……すごいなぁ、もう……。こんなことが、本当に起こるなんて……」

「そんなに気になるなら引っ叩いてやるですよ。……こっちの手が痛けりゃ、ほんとのことでしょーから」


「やりましたよ、やりましたよ! キリハさんたちが勝ったんですよ!」

「お、おぉお落ち着きなさいってば。それよりあいつを、き、キリハを迎えに行かないと」

「リィルさんこそ落ち着いてください、です。まだ、カウバにいる、ですから」


(……ありがとう、キリハ……)


 イロンの支部が喜び一色に染まるまで、そう時間はかからなかった。

 ついにあの怪物も倒れたのだと、全員が、つい目を離してしまった。


 そのために、画面の向こうで起こりつつある異変に、すぐには気付けなかった。






「おっ疲れ様でーすっ。怪我とかしちゃって……ないですよねー。やっぱり♪」


 軽やかに壁の上に降り立ったヘレンは、やはり普段と何も変わらない。

 エルナレイの眼から見ても、そう思えた。


「も、申し訳ございません。兄上の奪還に想像以上に手間取ってしまって……。できることなら、すぐにでも救援に向かいたかったのですけれど……」

「大丈夫ですよぅ。あのくらいなら一人で普通にけちょんけちょんにできますから」


 ……本当にそうだとしたら、余計に行くべきだったかもしれない。


 面と向かってそんなことをヘレンに言える筈もない。

 しかし、ひたすらに翻弄され続ける男の姿を見たエルナレイの中から、その感想が消えることはなかった。


「それより、ちゃーんと休んでくださいね? 今の今までおひとり様用の力でなんとかしてたんですから」

「…………やはり、気付いていらしたのですね」

「まあ一応。あれに気付けなかったらさすがに勲位剥奪ものですよ? 私」


 男の姿はもうどこにもない。

 光の壁が薄れるように消えていく様を見て、エルナレイは全てを悟った。


 結果的にヘレンの足止めをしていた一方で、男の展開した光の壁はもしもの備えとしても機能した。

 男にとっても、ギルバリグルスにとっても、それこそ想定外の役割を果たした。


「下手にぶっ飛ばすとそれはそれで駄目そうな感じでしたしー……とりあえず、結果オーライってことにしときません?」

「……でしたら、そういうことにさせてください」


 あの男に敗れるとは微塵も思っていなかったが、まるで疲れた様子がない。


 普段通りの雰囲気だったからこそ、エルナレイも思わず気が抜けた。


「あとその口調、他の人が来る前に直しといた方がいいですよ? 何事かと思われちゃいますから」

「い、いえ、そのようなことはとても……!」

「ここの人達から見たら私なんてその辺の冒険者Aみたいなものですけどね?」


 そんなことはエルナレイも承知の上。

 少なくとも、今日この日まで特別大きな実績は記録されていない。


 それでもできなかった。できる筈がない。まして、キリハのように接するなど。






「ナターシャさん、大丈夫――……では、なさそうですね」


 ナターシャさんを今まで支え続けていた空飛ぶ刃は、いつの間にか消えていた。


 やはり、ナターシャさんの魔力がエネルギー源だったのだろう。

 まだ完全に底をついたわけではないが、さすがに飛び回るだけの余力は残っていないと見える。


「すぐそこですから。しっかりしてください」


 重力に引かれかけていたその身体を、下から腕を回してどうにか支える。

 ……あれほどの力の持ち主とは思えないくらい、軽かった。


 断りを入れる暇なんてない。放っておいたところで真っ逆さまに落ちるだけ。


「別に、そこまで心配しなくても……いや……悪いけど、もう少しだけお願い」

「お願いされました。――念のため、あいつからは少し離れましょうか」


 頸を落とされた挙句、エルナレイさんからも手痛い一撃をもらっている。

 普通に考えれば、ここから再び動くことなどあり得ない。いくら超常現象めいた怪物だとしても。


 それでも距離を取ったのは、ラ・フォルティグへの警戒心がまだどこかで残っていたからだろう。

 留めの一撃とも呼べる何かを、自らの手で放っていなかったから。


 そのことに文句があるわけでも、なんでもない。

 確実に倒せたのだから、それでいい。鍛える時間はいくらでもある。


「それにしても驚きました。《フィネクソロン》……あんな切り札をお持ちだったなんて」

「おかげでこの様……とてもじゃないけど、使い物にならない」


 正真正銘、切り札と呼ぶべきものだろう。良くも悪くも。


 すっかり脱力し切った様子のナターシャさんを見れば分かる。

 最初から使おうとしなかった理由も、なんとなく見当はついた。


「力はほぼ全部持っていかれるし、途中で向きを変える事もできないし……」

「まあまあ、その話はまた後で。どこかで食事でもしながらゆっくりしましょう」

「……そこまでする必要、ある?」

「言ってみただけですよ。あまりに思いつめた表情をされていましたから」

「…………」


 あれだけのものを受けたのだから、“首長砦”も無事では済まない。ピクリとも動かない。

 災厄と恐れられた怪物も、年貢の納め時。


「……そう、ね。いつか、時間がある時に……」


 ――“首長砦”は、確かに朽ちた。


「っ、何……!?」


 とうとうラ・フォルティグも討たれたのだと、思い込んでいた。


「は……ぁッ……!?」


 


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