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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
VIII リーテンガリア危機一髪
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第295話 それぞれの見え方

 これまでの戦いで、手を抜いているようには見えなかった。


 そもそも、手を抜いて防げるようなものではない。


 熟練の魔法使いが全力を注ぎこんでも、到底防げるようなものではない。

 一発でも、あのガランゴの籠でさえ破りかねない強烈な一撃。


 間近でラ・フォルティグの放つチカラを感じるほど、ナターシャの中でその印象は強くなっていった。


 だというのに、キリハからは疲労というものがまるで感じられない。


 まだいくらでも戦えるという言葉が強がりなどでないことはすぐに分かった。

 力強く羽ばたく翼も、淡い光を放つ魔力の剣も、まるで弱った様子はない。


 それどころか、まるでナターシャを置き去りにするように速度を増していく。


 怪物に近付くにつれて、ナターシャの中にある違和感を肥大化させていった。






 エルナレイによって組まれローテーションは、破綻した。


 たとえ少しずつであっても、《首長砦》に着実に疲労を蓄積させ続けるためのプラン。

 本来であれば、まだ十分に持ちこたえられる筈だった。


 新たな突破口をこじ開けられるかもしれなかったそれは、ギルバリグルスの介入を皮切りに崩れ去った。


「交錯――《雷雹流渦》!」


 怪物の側面に突き刺さる、二つの力を宿した魔法。


 怪物を正面に見据えたまま、キリハは《加速》を重ねる。

 その手に握る魔力の剣に力を、魔力を込め続ける。


「《炎牙烈風》……重螺旋……!」


 怪物を包み込む灼熱の大嵐が自らにも影響することは承知の上で、攻め続ける。


 一つが町の外壁に匹敵する大きさを持った魔法を、重ね合わせた。

 互いに干渉し合うことはあっても、阻み合うことのないよう重ね合わせた。


(あれで溶かせるなら、苦労はしないか……!)


 ラ・フォルティグを足止めしようなど、キリハは考えていなかった。


 自らの魔法がナターシャの障害になる可能性には背を向け、炎の嵐で閉ざす。

 少しでも“首長砦”へ負荷をかけるべく、遠慮なしに魔力を注ぎ続ける。


「――《万断》!!」


 それでいて、嵐のような烈火の僅かな隙間を完全に把握していた。


 人が入り込むにはあまりに狭い、僅かな隙間。

 標的を引き裂かんと荒れ狂う獣は瞬く間にその姿を変え、故に定まることのない隙間。


(これでも、まだ浅い……!)


 振り切ったキリハの刃は、確かに“首長砦”の奥に届いた。

 ほとんど表面をひっかく程度のものではあったが、確かに届いていた。


【――――――ッ!!】


 しかし、更なる追撃を放つ暇もなく、ラ・フォルティグの怒号が響く。


 自身を取り囲む灼熱の大嵐を跡形もなく吹き飛ばした怪物の絶叫は、再び衝撃波となってキリハを襲う。

 周囲の気を根元から掘り出し、砂利のように軽々吹き飛ばす。


「うるっ……さい……!!」


 ――キリハの頭上を、また異なる衝撃が撫でた。


 それがナターシャの斬撃だということに気付くより早く、キリハは剣先に集めた魔力を光に変えて解き放つ。


 その時にはもう、頭を割る程の絶叫は聞こえなくなっていた。

 好機と捉え、キリハは更に轟雷を叩きつけ、灼熱の雨を一点へと集約させる。


 薙ぎ払うように振るわれた怪物の首の下を潜り抜け、更には何度も斬りつけながら、彼の魔法が途切れることはない。


「ちょっと……大きい魔法を使うならちゃんと言って。お互いの邪魔になるから」

「すみません。他に、いい手が思いつかなくて。……次から、ナターシャさんの邪魔は……しません、よッ!」


 無数の魔法は、ようやく怪物へ届きつつあった。






 男の太刀筋に、エルナレイは兄の癖を垣間見た。


(便利なものね……そんなものまで乗っ取ることができるだなんて)


 かつて、屋敷で学んでいた剣術。

 それを主軸に、フェルナンドが自らへと最適化させた剣術。


 型から大きくはみ出すことのない兄らしい剣術は、ギルバリグルスにその身を奪われながらも健在だった。


「『どうした。勢いがないではないか。あれだけ言ってその程度とはな。あの小僧の方がやりがいがあったぞ?』」

「あら、そう? よく覚えているのね。彼の魔法を」


 しかし、兄のものと全く同じというわけでもなかった。


 背後へと回り込もうとした黒い蔦を片手間に切り裂いたエルナレイは、すかさず奪われた兄の剣を弾く。


 それは彼女の兄は勿論、彼女でさえ扱ったことのないもの。

 闇をつかさどるとされる精霊達でさえ苦手意識を隠そうとしない、魔人族に伝わるモノ。


(……まさかあの方までこちらに残られるなんて……)


 気配も音もなく現れるそれを軽々潰し、エルナレイはヘレンの姿を一目見た。


 キリハの前に、一度は自身の兄の前にも表れたという男。

 天条桐葉へ異様な執着を見せる男が現れた事に、エルナレイは密かに驚いていた。


 カウバへの道中、男がキリハの手によって捕らえられたことを、エルナレイは既に訊かされていた。

 とある人物から、顔を合わせることなく聞かされていたからこそ驚いた。


(……向こうは、任せるしかないわね……)


 そしてそれ以上に、ヘレンがキリハを外へ投げ飛ばしたことに驚いた。


 この状況で、最も危険な役割。

 キリハ自身が戦いに消極的でなかったとしても、ヘレンが制止をかけるものだと考えていた。


 誰かがやらなければやらない以上、強引にでもヘレンが行くものだとばかり思っていた。


「『考えごとをしている場合か?』」


 空を切る銀を常に意識し続け、エルナレイはヘレンの姿をもう一度見た。


 表面上は、何も変わった様子はない。

 ただ淡々と、男の攻撃を捌き続ける。


 とうとうヘレンに天条桐葉の幻影を見てしまった男を躱し続けている。


 そこへ割り込む銀をエルナレイが弾き返したように、ヘレンが攻撃を受けることはない。


 しかし突如、エルナレイへの攻撃が止んだ。


「『……所詮は、その程度ということか』」


 ギルバリグルスは、何故かフェルナンドの長剣を静かに下に向けた。


 その表情に諦めにも似た感情が宿っているのを、エルナレイは見逃さなかった。


「……それは一体、どういうことかしら?」

「『そうだろう? 余所見をしている者に、まして妹にすら届かぬとは……相手を間違えたらしい』」


 ――剣を離さないエルナレイの手に、不意に、過剰なまでの力が込められた。


 柄をも砕きかねない力に、剣は声なき悲鳴を上げていた。

 平時であれば、そんなことをする筈のないエルナレイは兄を――その中にいる、ギルバリグルスを睨んだ。


「『どうした。ようやくやる気になったか?』」

「ええ、そんなところ」

「『……何だと?』」


 眉を顰めるギルバリグルスとは対照的に、エルナレイは僅かに頬を緩める。


「ごめんなさいね。これまで、手加減をしていたわけではないのだけれど……少し、やり方を変えさせてもらうわ」


 そして再び、今度はしっかりと握り直し、


「気に入らないのよ。あなたの態度が」


 その剣先を、真っ直ぐ向けた。


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