第281話 不確かな情報
「……マユも、いると思いますか? “首長砦”」
「協会の人が言ったから、間違いないと思う、ですよ?」
「ですよね……」
マユも、まさかほんとに来るとは思わなかった、です。
いるってずっと言われてた、ですけど、ずっと静か、でした。
……そのまま帰ってくれれば、もっとよかった、ですけど。
「ああ言ってたから、キリハさんもすぐ戻ると思う、ですよ? 戦うつもりもなさそう、でしたし」
もし知ったら、リィルさんはきっと心配する、ですね。
本当に戦わないなら、どうにでもなりそう、ですけど。いつも、みたいに。
この前、ばあやの薬を探しに行った時もそう、でした。
あんな高さから落ちても、怪我もしてなかった、です。マユのことも庇ってた、のに。
「でもでも、リィルに説明しないといけないんですよ? キリハさんが、ラ・フォルティグが作った穴の近くに向かったって」
「…………あっ」
……そう、いえば。
「ユッカさん、お願いしてもいい、ですか?」
「いやですよっ! どうしてわたしだけなんですか!?」
「幼馴染、ですから」
「それ関係ないですからね! マユもやるんですよ! いいですか!?」
「……むぅ」
困り、ました。
りぅるさんを納得させられそうにない、です。アイシャ、さんも、もしかしたら……
「ひっどい話ですよねー。細かい説明とか全部任せて自分は現場に急行って飛んでいっちゃうなんて」
……うわ。
「手遅れになる前に一回バシッと言っといた方がいいですよ? 放っておいてどうにかなるものじゃないですからね、アレ」
「じゃあマユが言えばいいじゃないですか……」
「……今の、マユじゃない、です」
「はい? じゃあ、誰が――」
「はいはーい、私でっす☆」
「なんなんですか、今度は……」
「んもぅ、また塩対応。仲良くしましょう? 同じ釜のご飯食べた仲なんですから」
「食べてませんよ!? いつの話ですか!」
「いつもの話ですよぅ。ほらほら、この前コロサハの外で待ってた時とか」
……声をかけられるまで、全然気付かなかった、です。
さっきまで、周りに誰もいなかった、です。ちゃんと確認して、ました。
飛んでたわけでも、ないのに……どこから出てきた、ですか?
ユッカさんも慣れすぎ、です。
いきなり出てくるのはいつものこと、ですけど、怒るところがずれてる、です。
「――って、結局あの人どこに行きました? せっかくのお出かけまで不意にしちゃうなんて情状酌量の余地なさそうですけど」
「分かりませんよ。ラ・フォルティグが作った穴を見つけたって言われて、そっちに行ったんですから。ヘレンさんこそ聞いてないんですか?」
「……んー?」
「これ言うと責任感じさせちゃいそうですけど……ガセネタ掴まされてません? 信頼できる情報源、ほんとにあります?」
…………え?
「…………やはり、これが狙いか」
「ッ……!?」
案の定、黒い刃が俺の背中を狙っていた。
突き刺した筈の男の姿が真横にあって、さぞ驚いたことだろう。
たった一発の《衝撃波》を受け流すこともできず、男は勢い良く地面を転がっていく。
(……完全に叩き出すまで、あまり手荒なことはできないな)
魔法そのものは軽く突き飛ばす程度に威力を抑え込んだもの。
身体を操るある男が、それを利用し俺から距離を取っただけの事。
「中にいるのはギルバリグルスだろう? 隠さなくていい。……まさか檻の中から操ることができるとはな」
「『ふん、我を誰だと思っている。この程度、造作もない』」
身体を操られているのは、本物の協会職員。
右の目に宿った深紅の光が本人に由来しないことは誰の目にも明らかだった。
「だが、魔力は封じられている筈だ。……後学のために、一体どんな手品を使ったのか教えてもらいたい」
「『それを知ってどうする? 軍とやらにでも伝えるか? 無駄なことだ』」
……独房に放り込んだあの男といい、どうしてこうも人の神経を逆撫でするような方法ばかり選ぶのだろうか。
乗っ取られたその人の意識が無いことくらい、見れば分かる。
そして、中途半端に意識を残す方がきっと乗っ取られた本人にとって辛いだろう。
問題はそれ以前。
本体が檻の中にいるとはいえ、誰かの姿を模倣させる程度でなぜ止めなかったのか。
「『どうしても聞きたいのであれば、せめて秘密の一つでも明かしたらどうだ? 今使った奇妙な力でもいい』」
「……これは驚いた。誇り高き一族の末裔ともあろう男があの程度の小細工すら見破れないとは」
「『安い挑発だな。子供騙しのような手で謀っておきながら』」
「取引材料に選んだやつに言われてもな」
種明かしをしたところで、どうなるものでもない。
分かっていて簡単に対応できるのなら誰も苦労はしない。
幻影の魔法を使ったのであれば、まだ対策のしようもあるだろう。
自身をそれらから守るなり、手の打ちようはある。
「何、大したことじゃない。――お前が捜しているのは、こいつのことだろう?」
ただ、ギルバリグルスでさえ認識できない速度でその場を離れただけのこと。
その場所に、身代わりを残して。
「『液体……いや、それ以外にも混ざっているな。随分と雑な魔法だ』」
「感触だけを再現したものだ。見た目なんて気にしていられない。……下手な幻影魔法をかけるより、気付きにくいだろう?」
他でもないギルバリグルスがそれを証明している。
細かい理屈も無視して作り出したジェル状――……と、辛うじて言えなくもない物質。
これをどういうものとして扱えばいいのか、俺自身決めかねている代物。
「お前の刃を受けたのもこいつだ。これで疑問も解消できただろう? ……感触だけは、人のそれに限りなく近いからな」
「『ああ。おかげで、キサマが今、我の想像している以上に慢心していることもよく分かった』」
「どうせ一度しか通じない子供騙しだ。普通は刺した時点ですぐに分かる」
本来であれば、刃を溶かすほどの酸性の強い物質にすることもできる。
男が自らの力で作り出した即席の刃でなければ、それも考えたのだが。
「『そうではない。よいのか? いつまでも時間をかけて』」
実際、男にとっても脅威と呼べるものではないだろう。
既にその頭の中では俺の移動速度への対策が練られている筈。
そして、余裕の笑みを浮かべている理由はもう一つ。
「本当にラ・フォルティグがこの近くにいたからか?」
俺が最も興味を持つ情報を握っている――その筈だった――から。
「正確には、ラ・フォルティグが何かの力で開けた穴か。そいつを辿ればどこかで追い付けるんだろうな。かの“首長砦”に」
「『……知っていたか。やはり不愉快な小僧だ』」
「誉め言葉として受け取っておこう。――だから今は、もう少し大人しくしておけ」
確証を得られた。それだけでも十分だ。
あの男がラ・フォルティグを動かしてから、まだそこまでの時間は経っていない。
いくら早いとはいえ、ラ・フォルティグもイロンの近くまで移動はできない。
そして、協会の調査部隊が情報を持ち帰ることはできない。
であれば、あらかじめ用意されていたものがある。
「……またとんでもないものを作ってくれたな」
そう遠くない位置にあるというところまで、最初に立てた予想は当たっていた。




