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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
VIII リーテンガリア危機一髪
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第275話 最後通告

「《刈翔刃》」


 男の首元に紙一重。

 男が半歩でも足を踏み出せば、たちまちその喉を破る位置。


 本来であれば、それは宙を自在に飛び回る半透明の刃。

 しかし今、その性能を発揮する必要はない。男の喉元から離れなければそれでいい。


「……これは、脅しのつもりということでいいのかな。喋りづらいし、もう少し引いてくれるとありがたいんだけど」

「だったらお前が後ろに下がればいい。そして離れろ。ユッカ達の傍から、今すぐに。話はそれからだ」


 この男に解除するつもりがないことなど分かっている。

 わざわざとらえた人質をむざむざ解放することはないだろう。


 そもそも《刈翔刃》を喉元につきつけた程度では何の脅しにもならない。


 今ここにいるのは例によって複製品。

 男にとっては、いつでも使い捨てられる駒の一つでしかないのだから。


 それよりも、一度内部の構造を調べておく必要がある。

 最低限の構造だけでも把握しておかなければ、さすがに解除のしようがない。


「……念のために、聞いておこうか。何故こんな事をしたのか」

「何故って……分かりきっている事じゃないか。それでも答えなきゃいけないのかい?」

「ああ、お前なら平気で俺の予想の斜め下をいくだろうからな」

「あまり褒められている気がしないなぁ……」

「褒めるような要素がどこにある」


 切っ先を、ほんの少しだけ肌に食い込ませるように。


 ようやく下がった男の動きに《刈翔刃》を合わせ、つかず離れずの状況を保ち続ける。

 そしてそれは俺も同じ。必要以上に《刈翔刃》と距離を詰める意味がない。


 ユッカ達を閉じ込める檻に俺が並ぶまで、男を奥へ追いやるだけで十分だ。


(……怪我はない、か)


 淡い光を放ち続ける、半透明の檻。その壁は曇りガラスのようだった。


 声は聞こえなくても、二人が安堵している事くらいは分かる。

 当然、この悪趣味な牢屋を今すぐにでも叩き壊してやりたいという気持ちはある。


「簡単なことだよ。いつも君の邪魔にしかなっていないんだから、少しは役に立ってもらわないと」

「邪魔なものか」


 不意打ち同然の方法で閉じ込めたこの男に、苛立ち以上の感情を覚えたのも事実。


 右手の《魔力槍》を消すには、まだ早い。

 素手でも壊せそうな強度しかないこの檻に、視線の先の男が手を加えない理由がない。


「予想していた通りの答えだね。……そんなことだろうと思ったよ」

「かつての俺をお前が都合よく解釈していただけだ。お前が追い求めている男など、初めからこの世のどこにも存在しない」

「それはないね。あり得ない」


 良くも悪くも自分の考えに全く疑問を抱いていない。


 その上で自身にとって障壁となる――この男自身がそう思い込んでいる――他者に危害を加えることをいとわない。

 最悪の結果が起きていないというだけで、被害は決して少なくない。


「かつての君は輝いていた。力と神秘を兼ね備えた、無二の存在だったんだ。あの夜、コロサハを照らした閃光すら霞んでしまう程に」


 何より、この男はそもそもの前提を履き違えている。

 しかも何度それを指摘してもそれを受け入れない。だから余計に始末に負えない。


「…………ハッ」


 虫唾が走る。


「輝いていただと? あの頃? 笑わせるな。あんなモノになり果てて何になる?」


 一度、その頭の中を覗いて見てみたい。


 どんな誤解を積み重ねたらそんな意味不明な着地点に辿り着けるのか。

 残りの人生を全て費やしても理解してやれそうにない。するつもりもないが。


「やめてくれ! 君だって、そんな言葉は言いたくない筈だ。あの男の言葉すら侮辱することになることくらい分かっているだろう!?」

「…………あの男が?」


 俺が食いついたと、勝手にそう思ったのだろう。


 訊き返したその瞬間、間違いなくヒトならざる男の目の色が変わった。

 ようやくみつけたオアシスに駆け寄る旅人のように、必死に。その正体も確かめずに。


「そう、そうさ。今の言葉は、君を認め、また君が認めたあの男に対する侮辱だよ」


 とはいえ、確かに食いついたと言ってもいいかもしれない。

 ここに来て今度はあの男の存在まで持ち出してきた。文句を言うためだけに。


「…………勘違いも甚だしい」


 あまりに見当違いな発想に、少しばかり面食らってしまったのは間違いない。


「な、なんだって?」

「俺は勿論、あの男のことさえ見えていないと言ったんだ。そうでなければあのタイミングであの男のことを持ち出せる筈がない」


 他の構成員とは比べ物にならない力の持ち主。

 それに関しては否定のしようがない。ヒトならざる男も理解している通り。


 しかし、合っていると言えるのはそこだけ。力の器として以外の価値に目を向けようとすらしていない。

 もっとも、訂正したところでこの男は聞きもしないだろうが。


「そんなことはない筈だ。彼と認め合ったあの時を忘れたとは言わせない」


 かつて、幾度となく刃を交えた男。


 当時、教団を率いていた老人を守護する騎士として。神を自称した老人のしもべとして。

 その悪辣さを知らない頃に命を救われ、命すら捧げようとしていたあの男。


 あの男を語る割に、持ち合わせている情報はそのどれもが表面的なもの。


「……その場に居合わせたわけでもないくせに、よくもまあデタラメばかり……」


 俺とて全てを理解しているわけではない。

 だが、少なくとも、俺が見たたったひとりの人間としてのそいつは――そうではなかった。


「でたらめなものか。知る機会はあった。それだけでも十分だよ」

「そう思っているのはお前だけだ」


 そんな調子で見ているから、見当違いな答えに行きつく。


 その歪んだ答えが作り上げた幻想も、捨てきれないまま。

 自らの望み通りに進まなければ全てを壊そうとする。


「……まだ理解できないか。それなら、もう少し分かりやすく言ってやる」


 そのためにユッカを、マユを閉じ込め、リィルには出鱈目を吹き込んだ。

 邪魔だなんだと決めつけ、排除しようとした。


 この男が言った『利用』というのもおそらく、あの男に負けず劣らずのもの。


「今の俺にとって、“邪魔な”存在……それはお前だ」


 そしてその狙いは、この男の浮かべる理想の天条桐葉の完成。


 そんなくだらないもののために、命を奪おうとすらしているのだ。

 反吐が出る。


「……まだそんなことを言うんだね。ある程度、覚悟はしていたけど……うん、ショックだ。やっぱり」

「勝手に凹んでいればいい」


 あれだけ言っても聞かないのなら、仕方がない。

 最後通告すら無視した挙句、そんな方法を選ぶというのなら、どうしようもない。


「いいのかい? もしそれを力業で破ったりしたら……彼女達の安全は、保障できないけどね?」

「……そうらしいな」


 俺を叩き潰すことが目的なら、幾らでもやりようはあった。

 単純な戦闘能力など、最悪どうにでもなる。


「――……ああ、分かっている」


 しかしこの男にはその理屈が通じない。

 そういう意味では、厄介極まりない相手。


「……あの女神は性懲りもなく……邪魔ばかりするんだから」

「あいつにとっても、お前の方が『懲りない邪魔者』だ。その程度の口撃で済むか分からないがな」


 それに。


「それにどうせ、逃げるつもりなんだろう? あいつが出てきたその瞬間に」

「…………別に、そんなことはないよ」

「嘘をつけ。コロサハでも、お前は俺やヘレンの介入を極力避けようとしていた。……違うとは言わせない」


 リィルの時は、ヘレンが張っていた。

 まさかあそこまでするとは思わなかったが、やってくれた。


「――○#&(ヒムホ)▼$(ユロ)


 これから先、俺の知る誰かが、知らない誰かが、巻き込まれないためにも。


「な…………っ!?」


 ここで、完全に決着をつける必要がある。


 逃げ道を封じ、確実に。


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