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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
VIII リーテンガリア危機一髪
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第274話 ようやく見せた表情

 空ぶりに終わる筈だった――きっとユッカとマユにはそう見えていた――右手の拳が、何かにぶつかり阻まれる。


 阻むものなど何もない筈のその場所から、予想通りの手応え。

 かけた労力に見合うだけの成果はしっかり得られたと言っていい。


「…………えっ」


 ガラスが割れ行く様にも似た、一瞬の出来事。


 目の前でひび割れ、盛大な音共に砕け散る不可視の結界。

 ピラミッドに近い形状をしていたそれの中に隠されていたのは、予想していた通りのモノ。


(……本当に、よくもまあこんな下らないことばかり思いつけるな)


 別にこんな予感が的中しなくても、誰も何も困らない。いっそ外れてほしかった。


 あの男も、せめてそのくらいの気を利かせてくれてもいいだろうに。

 くだらないところで予想を裏切る暇はある。それを他に使うだけでいい


「――……《魔力槍》」


 賑やかに騒いで気を紛らわせてくれそうな誰かさんは、相変わらず沈黙を貫いていた。


 おかげで意味もない悪態ばかり頭に浮かぶ。

 あの威勢のよさをありがたく思う日が来るとは思ってもみなかった。


「もしかして……またこの前の、ですか?」

「迷惑なことにな。あの砲台が近くにないだけマシだと思うしかない」


 ――悪態をつくなと言われても、きっとその言葉に頷くことはできなかった。


 目の間に現れた敵はそれ程までに不可解で、不気味な存在だった。


 マユが推測した通り、そこにいるのは確かにこの前戦ったスライムモドキの同種。

 倒したあれに近い姿で生み出されていたのはまず間違いない。


 今そこにいる怪物の姿とは似ても似つかないが、他にそれらしい存在がいない。


(……吸い上げたな、成りかけの魔物を)


 理屈など分かる筈がない。今、この場で俺が考えても仕方のないことだ。


 しかし、魔結晶の変化をもたらしたのはこいつだという確信がある。今はそれでいい。


 牛のような頭。山羊のような角。五つの尾を持つ、四足歩行の怪物。

 六つの目はどれも別物。形も、大きさも、単なる個体差では説明がつかない。


 マユ達の位置からは木の陰と、俺の背中で見えない。

 回り込めばその端くらいは見えるだろう。……が、見ても余計な後悔をするだけ。


(……あれを模したと言うなら、まだ分からなくもないが)


 少なくとも、そういう存在なのだと自分の中で位置づけることはできる。

 この世界の住人でさえ、これまでにほとんど遭遇する機会のなかったモノ。


(…………どこまでも、忌々しい)


 情けも容赦も不要の相手。魔物以上に排除しなければならない、絶対的な敵。

 そういうものとして、頭の中で処理するだけなら楽。今すぐにでもできる事。


「《雷衝殴打らいしょうおうだ》」


 ――脳内から、既にそれ以外の選択肢は消えていた。


 槍の先端に集約した雷の魔法を力任せに叩きつけ、標的を跡形もなく消し飛ばす。

 不定形の身に宿したエネルギーが悪さをする前に、確実に。


「――…………」


 残るのは焼け焦げた地面と、足首まで埋まる程度の深さの窪み。

 そこに込める魔力と、叩きつける本人の腕力に大きく左右されてしまう魔法。


 槍の形状どころか、武器を持つことにこだわる必要もない。

 より狭い一点に集める時、この形状が俺にとって最適だったというだけの話。


「……今ので全部、消えたんですかね……?」

「まだだ」


 雷を散らす槍を叩きつけるその瞬間、スライムモドキの一部が逃げた。


 数値にしてみればきっと、ごく僅か。本体の一パーセントにも届かない。

 それでも確かに、この手の中からすり抜ける感覚があった。その事実こそが問題だ。


(再集結する隙など――)


 スライムモドキに、その破片に、飛翔能力は見られない。

 その移動速度はナメクジにも劣る。できることは、周囲に溶け込ませる事だけ。


「《岩砕炮》」


 故に、噴火するかのごとく地面を砕いて噴き出す業火の魔法から逃れることができない。


 一部、生い茂った葉を巻き込んでしまうことは承知の上。


 空へと一直線に伸びた灼熱の魔法が消えるまで、僅か一瞬。

 黒い粉が緩やかに舞い、揺らぎながら散っていった。


(他に、残り滓も見当たらない……あとは発生装置か)


 あのスライムモドキが逸れの役割も兼ねていたのなら、それはそれで。手間が省ける。

 警戒するとしたら二つ目や三つ目。


 しかし、あの個体にそこまで複雑な機構は備わっていなかった。

 今の段階でもそれだけははっきり言える。


 あくまであれは、大元の何かによって出力されただけのもの。いわば感製品。

 製造の役割を担った何かが、今もこの森のどこかに隠れている筈――


「……ようやく、いい目をしてくれるようになった……」


 ……探し回るより、こいつに聞いた方が確実か。


「皮肉のつもりか? どこかの馬鹿が余計な事をしなければ、こんなことをする必要も何もなかった」

「ギルバリグルスのことなら謝罪するよ。今回は騒ぎが大きくなる前に君に停められたみたいだけど。彼はいつもやり過ぎる」

「……自省することもできないのか」


「フフフ、おかしなことを言うね。どうしてそんなことをする必要があるのかな」

「自分のこれまでの行動を――……いや、いい。なんでもない」


 これまで何度指摘しても、結局それを受け入れることはなかった。ほんの僅かな変化もなかった。

 それが今日になって急に態度を変えるとも思えない。


 そんな男に何を言っても通じないだろう。この男にはまず、『自分が間違っている』と言う考えがない。


「それより、不気味なくらい機嫌がいい理由でも聞かせてもらおうか? 内容によっては……」

「待って。答えるから少しだけ待ってほしい。……その槍だけでも、下ろしてもらえないかな?」

「それならまずユッカとマユの傍から離れろ。話はそれからだ」


 さっきから、声が聞こえない。

 この男が現れたその瞬間から、たったの一言も声を上げようとしない。


 万が一のために設置した防護の策も、ひとつ残らず潰されていた。


「そんな怖い顔をしないでよ。彼女達には触れてない。誓って本当だよ」

「屁理屈はどうでもいい。……ユッカとマユは、どこだ?」


 間違いなく、今も木の陰にいる。


 しかしそれにしては魔力の反応が弱すぎる。消耗する暇もなかった筈だというのに。


「ようやくいい顔が見られたと思ったのに、変わったわけではないんだね……残念だ」

「…………言いたいことはそれだけか?」

「あるよ。まだまだ。君の心にはきっと届かないだろうけど」


 目の前の男の手には何もない。

 困り果てたような溜め息をつくばかりで、身に着けたものにも変化はない。


「……一つ、言っておくが、もしあんなくだらない目的のために、みんなに手を出すというのなら……」

「……だろうね。きっと、そう言うと思ったよ」


 ユッカとマユの気配は確かに、隠れていた木の後ろ。


 男の左手の、やや斜め後ろ。十分に手は届く範囲。

 置くだけ置いた《氷壁》に目もくれない辺り、おそらく既に何かを仕掛けた後。


「思えば簡単なことだった。君を今のキミにしてしまった原因があるのなら、それを利用すればいい」

「…………」


 ……もう、見当はついていた。


 悪辣なことの男が次に何をするか、予想出来てしまった。

 程度は違えど、あの男の同類。行動を予測するのは悪い意味で簡単。


「……まあ、見てもらった方が早いかな」


 木が爆散する前から、ある程度読めていた。


『――っ! ――っ!!』


 ユッカとマユを閉じ込める檻が、そこにあることを。


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