第26話 阻止するために
最低限効果のある代物であればまだいい。
だが並べられている品々は木の枝を拾い集めて組み合わせたものや、石を適当な形に削った物。
そこに半透明の小さな玉を無理矢理取り付け、神の加護を受けたものだと言い張っている。
当然それらしい力は欠片もない。ほんの僅かな魔力さえ感じられない。
「やあどうも。何やら面白そうな話が聞こえてきたのですが、こちらは一体?」
「おっ、お兄さんも興味あるかい? いいよいいよ。いらっしゃい。そこのお嬢さん、悪いけどちょいと避けとくれ」
さすがにこの状況は放置できそうにない。
話に割って入っても、片目を隠した茶髪の青年は嫌な顔一つしなかった。
人懐っこい笑顔の下に潜めな小さな悪意。こちらの思考を見抜いた様子はない。
「さて、どこまで話したっけな……ああそうだ。加護を授けて下さった我らが主神様のことだった」
空想話の。
名前も何もかもがでっち上げたものだろう。
ひとまず、こちらの思うように話を持って行くところから始めなければ。
「我らの主神様は非常に懐の広いお方でね。御名前を常に頭に思い浮かべておく以外、何もお求めにならない」
……商品の説明はどうした。
宗教の勧誘を始められる。それとも何かの条件を満たさせるための下準備か?
並べられている商品に怪しい部分はない。
後々で更に恵みだとでも言って渡すつもりだろうか。そしておそらく、本命はそちら。
「こんな服装でいられるのもその証拠。堅苦しさとは無縁の世界さ」
「へぇ、それはまた。しかし先程からそちらの品々についてのお話がありませんね」
「焦らない焦らない。それはこれからだよ」
まだ続ける気か。
言いたいことは山のようにあるが、ひとまず黙る。
もう少し強引に言ってもよかったかもしれない。それもこれも今更な話だが。
「この御守、君達からは何も感じられないだろう? でもそれはまだ君達の中に主神様のお名前が刻まれていないから。勿論、しればすぐにその効果を感じられる筈だよ」
実際、そういう代物が全くないわけではないだろう。
だが少なくともこれは違う。ほんの微かな力すらないなどあり得ない。
「それになんと、なんとだ。主神様の御力は魔払いや浄化だけじゃない。ここにあるものでも、もっと――例えば剣を振るい、魔法を放つ時にも力添えをしてくださるのさ」
よくもまあそんな出鱈目を次から次へと。
この前アイシャに使ってもらったあれは魔力量に物を言わせたもの。他に方法はあるだろう。
だからといって神力の類の欠片もない端材の寄せ集めにそんな力があるとでも?
(これ以上聞く意味もない、か……)
呆れたものだ。こんな下らない方法で。
他に被害があったかは分からない。
少なくとも今、止める事への抵抗感は全くなかった。
「それは素晴らしい。道理で背後の悪霊も近づけないわけだ」
「そうそう。こんな悪霊なんて――」
自信たっぷりに男は振り返る。
「……あ?」
そして、固まった。
カウンターの向こう側。薄暗い屋台の内部。その場所にいる何かを見て。
地面につくほど長い黒髪。艶のある長髪が首の動きに合わせて右へ左へ何度も揺れる。
前に垂らされているせいでその顔を見ることはできない。しかし、隙間から赤い光が見え隠れしていた。
その身体は髪と対照的な、白い衣に包まれていた。
血の気が感じられない両腕をだらん、と垂らしている。握ればたちまち折れてしまいそうなか細い腕を。
その姿は幽霊のようにしか思えない。それを知らなくとも『異質な存在』という認識を持たずにはいられないだろう。
「ヒッ……」
猫背の人影が一歩、また一歩と近付いてくる。
男の背中は俺達の目の前。もうこれ以上、屋台の中に逃げ場はない。
「な、なんだよ。どうしたんだ。予定より早いって。……何か言えって、なあ!」
『……キヒッ』
男の声に応じる言葉はない。
短い奇声を上げ、更に迫る。
台を背になお後ずさろうとする男の反応を楽しむように、あえて歩幅を縮めながら。
男の失言には本人も、隣の少女も気付いていないようだった。
得体の知れない存在を前に他へ意識を向ける余裕がなかったのかもしれない。
「ち、近付くな。これ以上近付くな。あと一歩でも動いでみろ。魔法で消し飛ばしてやる!」
男の脅迫。しかし相手は意に介す事無く距離を詰める。
「炎よ焼け、焼け! ……焼けって!!」
自棄になった男の炎を受けても、揺らぐことなく。
男の炎弾もやはり大した火力ではなかった。
さすがに魔法を知ったばかりの時期の俺よりはマシ。だがそもそもあれにすら劣る事はまずないと言っていい。
「止めろよ……止めてくれ……!」
男の声は震えていた。
俺と少女の陰に隠れているのか、誰かが立ち止まることもない。
本音を言えば完全に遮断しておきたい。逆に人目を引いてしまうからやらないだけで。
『キヒッ……キヒヒ……』
揺らぐ猫背の人影は既に手が届くところまで近付いていた。
少女は既に遠ざかっている。勿論、最初から危害を加えるつもりはない。
男に対してもそれは同じ。この馬鹿な商売を止めさせられるのならそれで十分。
『――キヒッ』
薄く開いた口の端をゆっくりと吊り上げ、嗤った。
「わぁあああああああああああああ――――!!?」
叫び、台を乗り越え男は通りへ転がり落ちる。
尻もちをついたまま、人目も気にせず両手両足をばたつかせていた。
少しやり過ぎてしまったと思いつつ、何も知らない風を装って男に近付く。
「あの、あれは一体……?」
「知らない! 本当に知らないんだよ!」
「ですがさっき……」
「用意してたのはこんなのじゃない! あ、アンタら冒険者だよな? 頼む! アレ退治してくれ!」
「ほう、用意」
「売るための演出だよ! でも用意したのはこんな化け物なんかじゃ……!」
「……は?」
どうせ見てくれはさほど変わらないだろうに。
仕上げにそれらしい動きに合わせて光を起こし、特殊な力で撃退したとでもいうつもりだったんだろう。
「ではすみません。こちらをお借りしてもいいですか。魔法の威力が高められるのならその方がいいかと思って。勿論お代は後で――」
「馬鹿! そんな効果あるわけないだろ! 早くそいつをどうにかしてくれ!」
「それどういうこと? さっき、そういう効果もあるって……」
「謝る! 謝るから早く退治してくれって!」
もう騙せる筈もない。ここまでやれば十分だろう。
想像以上の効果だった。未だに店の中から出ない幽霊擬きの役目も終わり。
「《刻風》」
思い浮かべたまま、一点を中心に風の刃を起こす。
より攻撃に寄せた風の魔法。故に汎用性は《旋風》に劣る。
俺が作り出した幻影はたちまち切り刻まれ、霧散する。
普通に消すより、この場で倒したように見せかけておいた方がいだろう。
「――それで、神のご加護がなんでしたっけ?」
この詐欺師を突き出すまでは。
「あんな手に引っかかるなんて……」
衛兵所を出た少女はひどく落ち込んでいた。
警備隊からの事情聴取を通じてあの幽霊が偽物であることは伝えた。
しかし本人にとってはそれどころではなかったようでずっとこの調子だ。
「ほんとバカみたい……あんなの少し考えれば分かるじゃない……」
「まあまあ、これで被害がなくなると思えば。何か買わされたわけでもないんだろう?」
「そういう問題じゃないわよ……」
余程ショックだったらしい。
他の事例については特に聞かれなかった。
あれが初犯だったのか、気付かれていないだけか……後者であればいずれ被害者も見つかるだろう。
「あんたはいつから気付いてたわけ? あれが偽物だってこと」
「一目見てすぐに。しかもあの値段だ。見過ごすのもどうかと思って少し割り込ませてもらった。余計なお世話だったのなら申し訳ない」
「別にそんなこと思ってないわよ。あんたがいなかったら多分、そのまま買わされてたし」
それは確かに。
一瞬サクラではないかと思った程だ。もっとも少女も俺に対して似たような疑念を抱いたそうだが。
「えっと、だから……その、ありがと」
「俺が勝手にやっただけだ。気にしなくていい。まあ、仲間との情報共有くらいは必要かもしれないが」
「いないわよ。トレスまでは他のところに混ざりながらだったし」
「ということは、この町まで一人で?」
「そうだけど? 最近この辺りの魔物はいなくなったっていうし、ルーラに用がある人もいなかったから」
警戒心を見せる少女。
あんなことがあったばかりだ。そうなるのも当然か。
「……って、なんでそんなこと聞くわけ? 仲間探しでもしてるの?」
「そういうわけじゃない。もう何人かいた方がと思わないわけではないが」
「悪いけど他を当たって。今はどうしてもやっておきたいことがあるから」
「そういうことなら」
無理に頼むことでもない。
機会があればまた会う事もあるだろう。ユッカのようなパターンもあるが。
「でも意外ね。あんた幻影まで使う魔法使いなのに格闘戦もできるじゃない。欲しいところだって多そうなのに」
「そうは言ってもまだ五級だ。ストラから遠く離れることもほとんどない」
「え、嘘。あれで? てっきりもっと上だとおもってたわ。あたしと同じじゃない」
そういえば会員証は警備隊に見せただけだったか。
基本的には誰かに見せるものではないのだろう。俺の場合は事故でユッカに見られてしまったが。
それに、格闘戦と言っても逃げた男を追い立て抑え込んだだけ。本当に大したことはしていない。
「あ、ちょっと待って。今ストラって言ったわよね? 戻る予定決まってたりする?」
「今のところは明日にしようと。迷惑でなければ町まで一緒に行かないか?」
「あたしから言うつもりだったのに。……悪いわね。さっきの話を断っておいて」
「どうせ戻るついでだ。ただまあ、もしあの話を受けてくれる気になったらその時はよろしく頼む」
「決まりね。ストラとフルトじゃ距離があるから、これっきりかもしれないけど……」
フルト?
確かに聞いた事のある名前だった。それは間違いない。
だがどうしてもすぐに思い出せなかった。
「ちょっと聞きたいんだけど――」
「こんなところでなにやってるんですか? そろそろ宿とろうってアイシャが言って――」
もう少し早くその記憶を引っ張り出す事ができればまた違った結果になったのかもしれない。
「……え゛」
「ゆ、ユッカ!?」
少なくとも何が起こるかの予想は立てられた筈だ。




