第251話 落ち着く暇もなく
「キリハ、さん。今の、思いっきり、壊れて……」
「放っておけなかったから仕方がない。まあ……研究材料にはなるだろう。きっと」
「だといい、ですけど」
何もそんな疑いの目を向けなくても。
そんなに突飛なことはしない。ほぼ確実に逆効果。
その形状は、木。どこからどう見ても完全に木。
小振りの砲台を予想していたから、こればかりはさすがに意表を突かれた。
「真っ二つ、ですし、もう、完全に壊した方がいい、ですね」
「いや、よくない。これっぽっちもよろしくない。とりあえず一旦その手の物を下ろそうか?」
「でも、キリハさんにやられてぐちゃぐちゃ、ですよ?」
「そこまで。他に誰もいないにしても、そんな人聞きの悪いことを言うんじゃない」
もしもの場合は破壊しても構わない。そう言われている。
向こうも最初から美品が届くとは思っていないだろう。
「とにかくこのまま持ち帰ろう。一応、内部を痛めないようにやったんだ。少しは役に立つだろう。きっと」
だとしても、駄目なものは駄目だ。
そもそも誰もスクラップにしてこいとまでは言っていない。
「他は探さない、ですか? 確か、まだあるかも、って」
「それはまたあとで探せばいい。こんな形状だ。一度に何個も運ぶようなものじゃない」
「じゃあ形を変えちゃえば解決、ですね」
「何故そうまでして叩き壊そうとする?」
何か個人的な恨みでもあるのか。
調べた後の始末を手伝うだけでは駄目なのだろうか?
「そんなことない、ですよ? でも、残っていてもよくない、気がして」
「ああ、分かる。その気持ちは分かるが、ひとまず今は止めてくれ。心配しなくてもマユに持たせたりはしない」
「このくらいならへっちゃら、なのに」
「だとしてもだ。こうして浮かせておけば――……この通り、なんとかなる」
言ってしまえば粗大ゴミ。重量を無視しても運びづらいことに変わりはない。
……何より、今日のマユには頼むに頼めない。
やたらと物騒な提案その他、少しばかり危ない気がする。
「……むぅ」
「そう怒らずに。……それから、心配してくれてありがとう、マユ」
実際、これがどういう代物なのかまだ分からない。
魔法で浮かぶそれは何度見ても木そのもの。小型砲台以上に設置の手間もかかる筈。
魔法のポケットのような代物が存在していたという話は聞いている。
それがあれば目立つことはないだろう。が、そういう問題ではない。
「別に怒ってない、ですよ? そこまで、ですか?」
「そこまでだとも。……その話は、町に帰ってからするとしようか」
「だったらあとは魔物、ですね」
「今のところは。と言っても、基本的には《刈翔刃》で間に合っているから問題ない。……一匹以外」
「つまり、問題あり、ですね」
居場所は分かっている。《刈翔刃》も一度向かわせた。
だというのに、いまだに倒せていない。確かにその場所に佇んでいる。
(かと言って、小ささを武器に動き回るわけでもない……あるいはこいつが親玉、か?)
切り裂いたその感覚は、他の魔物に比べて明らかに柔らかい。
大抵の場合、魔物の身体は動物のそれに限りなく近い。魔結晶以外何も残さないのが不自然に思える程に。
しかしこいつだけは違う。手応えも何もかもが違う。……たとえば、そう。ゼリーのような。
「《氷壁》」
直進する気配を頼りに作り上げた氷の盾。
それに直撃した何者かの姿を見て、予想が正しかったことを知った。
「スライム……」
見るからに弾力のありそうな半透明のボディは、俺の膝にも届かない。
まるで周囲の自然の中に溶け込むような緑色は、思わずその脅威を忘れそうになってしまうほど。
「……かわいいだけじゃなさそう、ですね?」
「だろうな。《刈翔刃》の攻撃を受けても平然としていた。――《凍結》」
元が液体だったことは想像に難くない。
安直な解決策と言われてしまえばそれまで。蒸発させられるものでもない――
「わ、わ……!? あ、あれ、本当に凍らせた、ですか……!?」
「凍らせる魔法は使った。……が、普通に動けるらしいな」
力づくでどうこうしたわけでもなければ、その体質を変化させたわけでもない。
(単純に、凍らない身体……周りを凍らせても強行突破、か)
スライムモドキ本体の凍結と、他の魔物に対して行うのと同じ《凍結》。
二つの《凍結》の魔法はまるで響いていない。
「――《岩砕炮》」
スーパーボールのように勢いよく跳ねまわるスライムモドキ。
ただの突進も、周囲の木々を歪めるほどの威力があるから始末に負えない。
「《凍牙扉》!」
強度を高めた氷の牙であれば、なんとか。
それでも短時間の連続攻撃はおそらく受け切れない。当たり所が悪ければ簡単にヒビが入ってしまう。
(せめてもう少し遅ければ、楽だったんだがな……?)
跳ね返る角度はほぼ向こうの思いのまま。
氷の牙の形状を歪めても、瞬時にそれに適応して襲い掛かる。
「っ……!」
跳ね返るその瞬間。ほんの僅かな貯め。
一瞬にも満たない僅かな動作が、弾丸のような速度をスライムに与える。
「マユ、傍に。……絶対に、俺の腕の中から抜け出してくれるなよ」
「一旦退く、ですか?」
「さすがにこんな厄介者は放っておけない」
すれ違いざまに切り裂いても、気付けばいつの間にか元通り。
先置きを繰り返しても、なかなか思い通りの方向に飛ぼうとしてくれない。
挙句、突き刺そうと剥かれた牙を器用に側面から狙うのだから笑えない。
「なんか、向こうもなにか狙ってるみたい、です」
「何か? ――《糸雷》。これだけ派手に暴れ回っておいて何を今更――《炎牢》」
雷も駄目。炎も駄目。風で吹き飛ばせる筈もなく。激流で押し潰せるものでもない。
氷の塊で物理的に押し潰しても駄目。……何が何だか。
「キリハ、さん……! 前、前、です……!」
「大丈夫。《万――」
これでも駄目なら《解砲魔光》で後からもなくなるまで。
そのつもりで振るった刃に、スライムモドキは近付こうともしなかった。
(いや……)
それどころか、俺達の方に向かおうとすらしていなかった。
俺達の更にその後ろ。宙に浮かぶ木の形をした砲台こそが、スライムモドキの真の標的だった。
「ど、どうかした、ですか? さっきの、魔物は……?」
「……何でもない。すぐそこだ。ようやく大人しくなった」
浮かせたそれに防護なんて施していない。
宙に浮いているだけで、何もかもが剥き出したまま。スライムモドキの侵入も防げない。
(あんなものに飛びついて、一体何を……? あんな食らいつくように……)
大きさは比べ物にならない。
しかし半透明の緑が枝の先に触れると、たちまち溶けるように消えていく。
次から次へと、止める間もなく捕食していく。
術式の部分を撃ち出すための機構を、極上の餌のように味わっている。
「《雷雹流渦》!」
明らかに、異常な光景。
その次に起こる結果を漠然とながらも感じ取っていたからこそ、放った一発。
――しかし半透明の緑に触れるより一瞬早く、魔法が弾けた。
(今の、は……!?)
生い茂った葉を枝ごと蹴散らす爆風と、遅れて周囲を覆う白い煙。
しかし見えた。爆発が視界を覆う直前、確かに見えた。
木の先端で薄橙色の魔法陣が怪しく輝いていたのが見えた。
「……マユ、無事か?」
「ま、マユは平気、です……キリハ、さんは?」
「あの程度の爆発、痒くもない。……ただ、さすがにちょっと厄介なことになってきた」
あの動作が、捕食以外の何だと言うのか。
取り込み自らの糧とする以外に、あのような行動を起こす必要が一体どこにあるだろうか。
「…………雑食にもほどがある」
歪な人型へと変貌を遂げたスライムモドキ。
それが新たに手にしたであろう力は、悲劇を招きかねないモノ。
……今、ここで抑え込む以外ないだろう。




