第248話 防衛線を乱すのは
「つまり……あなたとあの方がリィルさんを辱めたということでいいのね?」
「これっぽっちもよろしくないですね」
一部始終を丁寧に説明してこれか。わざとか。わざとでしょうね。
呼び出されるとは思っていたが……少なくともその反応はおかしい。絶対に。
エルナレイさんだって、コロサハまで戻るのは手間だったろうに。
「ふふ、冗談よ。ごめんなさいね。いきなり飛び去ったと思ったら……そういうことだったの。リィルさん、大丈夫だった?」
「今のところは。布団をかぶって立てこもるくらいの元気はあるみたいですよ」
「……それを大丈夫と言っていいのかしら」
「思いつめた様子ではありませんでしたから。念のため、今はヘレンに様子を見てもらっていますが」
出かける前にも耳まで真っ赤にしていたが、朝食はしっかり食べていた。
アイシャかユッカが傍にいるそうだから、余計な事は言わせないだろう。
「本当に大丈夫なのか? 必要であれば、近隣を重点的に探るよう指示を出しておくが……」
「ご心配には及びません。それに……今は魔物襲来の懸念もありますから」
「しかしだな、キリハ君。あの男がまた手を出してくるという可能性も十分に考えられるではないか。心配ではないのか?」
「そうならないよう、最後に本体にも届くように魔法を使ったんです。……すぐには悪さも出来ないでしょう。あの相方の魔人族が乗り込んでくるのであれば別ですが」
一応、少なくとも利害は一致している筈。
あの男が現れた以上、ギルバリグルスも無関係とは言い切れなくなった。
「ふむ…………本体?」
「先程の話で呑み込めないのでしたら兄上はどうぞあちらに。ええ、今すぐにでも。これ以上貴重なお時間を頂いては申し訳ありませんから」
「何を言う。これは由々しき事態だ。警備をすり抜け力を振るうのであれば、我々も見直しの必要がある」
「あら、市中でいきなり戦い始めたという点に限れば兄上も同罪ではありませんか」
「…………」
そのような目をされましても。フェルナンド隊長。
にこやかな笑顔の裏に隠しきれないエルナレイさんの怒りに俺が気付かないとでもお思いですか。
「……仲悪い、ですか?」
「大丈夫よ、マユさん。仲が悪いわけではないの。ほんの少しおいたが過ぎる兄上を注意しているだけ」
「なんだか、さっきから怖がってるみたい、ですけど」
無理です。諦めてください。
少なくともあなたが恐れているような事にはなりませんから。フェルナンド隊長。……多分。
「……確かに……ほんの少しだけ、やり過ぎだったのかもしれないわね。今は他に話しておくべきことがあるのに」
「そうじゃない、ですよ?」
「あら、そう? だったら……教えてもらえるかしら? マユさんの意見、聞かせて頂戴」
この反応、やはり俺達が知り合うより前にあった何かが原因だろう。そうとしか考えられない。
たった一回の試合にしては、どうにも過剰な反応。
(マユ君…………!)
それに関して言えば、この人の怯えようも少々度が過ぎているようだが……
目で訴えているのがここまで分かるなんて相当だろう。
「家族、なら……きっと、仲がいい方が楽しい、ですから」
…………本当に、マユがついて来てくれてよかった。
「お二人の事情は分かんない、ですけど、今のはあんまりよくないと思う、ですよ? 本題から離れて、なくても」
「「…………」」
俺達の中で、誰よりもその言葉に重みがある。
そういう目的で連れてきたわけではなかったが、ここまで言われたらさすがに二人も続けられはしないだろう。
「あと、受けたからには自分も同罪って、キリハさんが言ってた、です」
「そこで落としに俺を使うのはいかがなものか」
「でも昨日、ユッカさんも言ってた、ですよ? 受けなくてよかったのに、って」
状況的に仕方がないと言ったところで、納得してもらえるわけもなく。
あの話に関してだけはヘレンと意見が一致していた。……悲しいことに。
「……少し頭に血が上っていたわ。ごめんなさい。兄上」
「いや、私の方こそ済まなかった。……しかしまさか、子供に諭されるとは」
「子供じゃない、ですっ」
「そ、そうだったな。これはまた失礼を……」
……個人的には、そういうところだと思う。
何がどうしてこうなってしまうのだろうか。まったくもって分からない。
「ひ、ひとまずその話は置いておきましょう。結局昨日の攻撃について、なにか分かったことは……」
「まだ何もないの。他の伝承も探ってもらっているのだけれど……期待できそうにないわね」
「壁の再構築にもまだ時間がかかるそうだ。……おそらく、協会から発表されているだろう」
これまでの想定では、一つの欠損はなんとかフォローすることができた。
あのような形で気軽に次々破壊される想定などする筈がない。
(魔力の状態で投げて再構築したのか、完成してから放ったのか……どちらにせよ、あの威力に変わりはない……)
着弾する前から、確かに光が見えた。
監視台からは空へ浮かぶ光の玉も目撃されていたそうだから、少なくとも遠くから放ったことは確実。
昨日二発目が来なかったのが偶然だったとしたら、幸運としか言いようがない。
もし二発目がすぐに撃てないのなら、それを逆手に取るしかない。
「ところで、ダミー……偽の壁をもう一列分用意することはできませんか? 本物ほどの防御力はなくても、あの攻撃の矛先を逸らすことはできるかもしれません」
これも決して最良の解決策とは呼べない。
昨日の爆発はエルナレイさんが抑えてくれていたからこそ、最低限の被害に抑える事ができた。
ただ前に置くだけでは、おそらく大して変わらない。
エルナレイさんの力にばかり頼ってしまうと、崩された時のダメージがひたすらに大きくなる。
「人手が足りないそうよ。仮にあの子達の力を借りられたとしても……厳しいわね。色々と」
「それに、君も気付いているだろう。爆発を抑えきれぬ。多少は被害を押さえられるかもしれんが……」
「根本的な解決にはなりませんか。やはり」
昨日の時点では結局発射元も特定できていない。
光がいつどこで発生するかも分からない。おそらく向こうはそこまで計算済みだろう。
(あの壁を中心に魔力で防壁を……だが、さすがにアーコ側までは庇えない……)
内側に囮を置いても、そんなものに引っかかってくれるかどうか。
試す価値はあるが、過度な期待ができるようなものでもない――
「――フェルナンド隊長!!」
「どうした。落ち着いて状況を説明しろ」
「そ、それが……先程、二発目が放たれたとの報告が入りまして……」
「何ッ!? 被害は? すぐに負傷者の救護の準備を始めろ」
そんな力の動きが、あっただろうか? だとしたら、一体いつの間に?
町の外まで常に意識を向けていたとまでは言えない。
しかし、何も感じなかった。昨日の一発は、遠くからでもすぐに分かる程だったというのに。
「い、いえ、それは大丈夫かと。消えてしまったんです。発行体が」
「……消えただと? どういうことだ」
……ヘレンだな。
まったく抜け目のない。いつの間に監視なんて設置したのやら。そもそもどうやって部屋から離れずに対処したんだか。
「(ヘレンさん、ですか?)」
「(……どうして分かった?)」
「(なんとなくそんな感じの顔だった、です)」
「(……そうか、なんとなくか)」
確かめてはいない。だが、可能性としては一番高い。
或いは、今も町のどこかにいるであろうナターシャさんか。いや、今はエイラか。
「監視からの報告では、空中で消えたとあります。巨大な壁にぶつかったかのようだった、と」
「壁だと? 馬鹿な。空中に壁があったとでも言うのか。伝承の風魔法の使い手など……」
「状況的にはそうとしか考えられなかったそうです。しかも、妙な事に……爆発の直前まで見えなかった、とのことで……」
「ならば何故、昨日の攻撃と断言できたのだ」
「爆発の規模から同様のものだろうという推測です。……見えたのは本当に一瞬だったそうですが……」
(ほう……)
たった一瞬。一瞬だけ見えた、と。
それが本当だったとしたら。
強大な力を持った魔物を呼び出す必要なんてない。
巨大な砲台を作り上げる必要も、全くない。




