第24話 お遣い
「ひまですねー……」
集まって早々、大勢の冒険者に喧嘩を売りかねない発言がユッカの口から飛び出した。
本気だろうか。残念ながら本気だろう。
「あ、あははは……この前一気に倒してから全然魔物見ないもんね」
「条件は誰も同じだ。愚痴を言っても仕方がない」
「分かってますけど、それは分かってるんですけど……なんか色々とダメじゃないですか、こういうの」
「その状況を『暇』と片付ける方が余程問題だろうに……」
「でも採取できる量だって限られてるじゃないですかー」
「それは仕方ない」
不満に思うのも分からなくはないが。
先日の打ち上げから八日。未だに魔物の目撃情報は寄せられていなかった。
討伐隊の方もほぼ空振り。一人一匹も倒せなかったと聞いている。
一方で安心している人も少なくなかった。復旧も終わったとまでは言えない。
「ああ、そうだ。そこまで言うなら朝体力を使い切ってみたらいいじゃないか。余計な事を考えなくて済むように」
「やめてくださいなにさせる気ですか」
「……トレーニング?」
「だけじゃないですよねその言い方!」
その日のエネルギーをほぼ全て消費してしまうのだからただのトレーニングとは言えない。
三〇分程度で済む話でもない。簡単な説明で括ろうものなら終わった後で『騙しましたね』なんて言われるのが目に見えている。
「ね、ねえキリハ。まさか……」
「ない。さすがにない。あの恐怖は俺が一番よく知ってる」
「今おかしな単語が聞こえたんですけど。あの、もしかして逃げた方がいいですか?」
「やるわけがないだろうあんな事。自分がやられているなら猶更」
本当に恐怖でしかなかった。特に魔法を満足に扱えなかった頃は。
「だ、大丈夫。大丈夫だよ。キリハは鬼なんかじゃないから」
「分かってますそれは。言ってみただけですよ。……ん? 鬼?」
「ものの例えだ。例え」
戦闘能力にそれなりの差があるのは事実。言ってしまえばそれだけだ。
その差が埋まるかどうかなんて誰にも分からない。実際、昔の俺もそうだった。
ある意味上手い具合に時間を潰せている気がする。会話の内容に目を瞑れば。
「ならいいですけど……アイシャが羨ましいです。普通に色々教えてもらってて」
「きっとユッカちゃんはちゃんと魔物と戦えるからだよ。私なんて、魔法を変な方に飛ばしちゃってたし……」
「言ってましたねそんなこと。でもまあそこまで気にしなくていいんじゃないですか? 後ろに飛ぶわけじゃないんですから」
「……あったよ。何回も」
「えっ」
「昔の話だ。今はまず起こらない。俺が保証する」
アイシャの練習不足だったわけでもない。
気付ける誰かがいない限り本当にどうしようもない問題だった。
「それは見てたら分かりますよ。アイシャには優しいんですね?」
「またそんな人が冷たく接しているかのような言い方を……」
「うんうん、頼めばちゃんと教えてくれると思うよ。キリハなら」
「いいんですか? そんなこと言っちゃって」
「? 何が?」
「なにって……え、わたしがおかしいんですかですかこれ?」
そこまでではない。
ただ、個人的にはユッカが気を遣い過ぎているようにも思える。
まあその話に関して言えば。
「俺の方から催促する事でもないと思って」
「先に言って下さいよ!?」
「この前《硬化》の話をした時は微妙な反応だったじゃないか」
「あれはキリハさんが無茶言うからです!」
「無茶と思っている間はな。切り替えが難しいなら一部だけ強化し続けるところから始めたらいい」
「だから、それでできたら苦労しないんですってば……」
どうしろと。
シンプルに模擬戦でもやればいいのか。上手くいけばいいが。
「でもほんと、なにかあればいいんですけどね。この前みたいなのじゃなくて」
あってたまるかというのが本音だった。
目の前にいきなり出鱈目な量の魔物が現れるならまだいい。それが町を目指すから問題になる。
「そんなに困ってるのかい?」
ルークさん?
聞かれてしまったのか。さっきの話。
仕事熱心とでも言えばいいのか、あれだけのことがあったのにルークさんはいつも通りに働いていた。
それでも最低限、一日は休みを取らせたらしい。リットが。
「ごめんよ。盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど」
「こちらこそすみません。白昼堂々あんなやり取りを協会でしてしまって」
「いいよいいよ、あのくらい。みんな似たようなことは思ってるだろうし」
「ほらー」
「言ってる人はそんなにいないと思うけど……えっと、何かあるんですか?」
「ああうん、そのことなんだけどね」
諸々の手続きの関係で昇格は行われていない。五級より上は。
魔物の発見を俺達に知らせることはないだろう。そう思っていた。
「三人とも、ちょっとお遣いに行ってみる気はない?」
それでもさすがに、そんな内容が飛び出るとは思ってもみなかったのだ。
準備を整えるため、一度解散。
ユッカは宿に預けた荷物を。俺達は必要なものを買い出し家へ。そして。
「会員証はちゃんと持ったの~? 携帯食料は~?」
「も、持ったってば! もう、子ども扱いしないでよ……」
「私から見ればいつまで経ってもアイシャは子供よ~。それに今回はルーラまで行かないといけないでしょう~?」
玄関で待っていると、そんなやりとりが聞こえてきた。
この手の会話は初めてではない。すっかり慣れた今となっては微笑ましく思えてしまう。
長くはならないだろう。そう思っていたが、不意にアイナさんが顔を覗かせた。
「キリハ君、アイシャのことお願いね~? こんな風に外に出るのは初めてだから~」
「勿論です。魔物の報告がないとはいえ、町の中とは勝手が違いますから」
「本当にね~。この前の経験が自信になってくれるのはいいけど、無茶しないか心配――」
「も、もういいから! キリハもお母さんの話は真に受けなくていいからね!?」
「そんなことないわよ~。危険なことはたくさんあるんだから~」
「アイナさんの言う通りだ。魔物が消えたからと言って油断はできない」
「分かってるもん! いいからお母さんは戻って!」
「頼んだわよ~」
大丈夫だからと何度も繰りかえしていたアイシャが顔を出したのは数分後。既に髪を束ねていた。
「ご、ごめんねキリハ。待たせちゃって。お母さんってばあれは持ったの、これはもったのって何回も聞いてきて……」
「それだけ心配なんだろう。往復で時間がかかるから猶更」
今から出発すると野営は避けられない。
ユッカが依然立ち寄ったトレスとは別方向。第二門から向かった先にあるルーラは農業が盛んとの事だった。
以前の魔物の影響を直接的に受けたわけではない。
そんな場所へ向かうよう頼まれたのは、ルーラに住む知人へ届けてほしいものがあると依頼があったからだった。
町々を移動する冒険者に預けるという話は珍しくないらしい。協会を経由しておけば紛失のリスクもある程度取り除ける。
地域によってはそういった依頼を主として活動する冒険者もいるらしい。
「でもちょっといろいろ言いすぎっていうか……この前なんてもっとおしゃれしたらって言ってきたんだよ?」
ああ、あったな。
門の外で活動することを考えると避けたくなるのも分かる。折角用意してもらったものを傷めたくはないんだろう。ただ。
「俺としても、依頼を受けずにただ町を回る日でもあればその時には見てみたい」
支部から告知された特別報酬は目を疑うような額だった。
大量発生していた魔物を討伐した報酬にもほとんど手を付けていない。
それらを考えればかなり余裕もあるだろう。どの道当面は多少の採取しかやることがない。
「そ、そうなの? だったら今度、ちょっとだけ――」
「今からしてもいいのよ~?」
「し、な、い、か、らっ! いってきます!」
「は~い、いってらっっしゃ~い」
すっかりお冠になったアイシャは俺の手を引いて逃げるように走る。
それにしても、アイナさんにからかわれているとアイシャが気付くのはいつだろうか。
正直そろそろ気付いてもおかしくないんだが、これが不思議と一向にその兆しすら見えてこない。
おかげで食事の時間になるとアイシャが照れて頬を膨らませるのが半ば毎晩のお約束と化していた。
周りから微笑ましく見えようと、本人は気が気でないだろう。
(……まあ、見ているだけで特に何も言わない俺も同罪か)
それより今はユッカと合流しなければ。
待ち合わせ場所は近くの広場。幸い、その姿はすぐに見つかった。
「あ、二人も終わったんですね。……なんかアイシャが怒ってますけど」
「……怒ってないもん」
「キリハさん?」
「俺じゃない。出掛ける前にアイナさんから色々と心配されて思うところがあったらしい」
以前の事を思えばアイナさんの反応は当たり前のものだ。
アイシャが群れを一掃した夜もそうだった。
成長と危険。隣り合わせになった二つでどちらを選んだ方がいいのか。
人の親になった事もない俺が偉そうに語れる話ではないが、簡単に答えが出る筈もない。
「ありますよねそういうこと。わたしの幼馴染もいつも言ってましたよ。あれは駄目、これは駄目って。口が酸っぱくなるくらいに」
「へえ、幼馴染。ならその人は冒険者にならなかったのか」
「なってますよ。今は五級のはずです」
……ふむ?
確か、フルトで声をかけてきた冒険者と組んだと言っていた。
今日までその人物の姿を見た事もない。つまり現時点では別の場所で活動を続けているということになる。
まあ、付き合いが長いからと言ってどんな時でも一緒にいるのはおかしな話か。さすがにそれだけだろう。
「じゃあその子と会ったりしないんだ? 寂しくないの?」
「え、全然。……今あったらなにを言われるか分からないですし」
「聞き捨てならない」
「さすがにそこまで言わなくても……」
本当にどういうことだ。
そんなまるでまともに話もせずに飛び出したかのような……いや、そのまさかか。
「い、いいじゃないですかわたしのことは。ほら、行きましょう? 協会からの依頼ですよ?」
「それもそうだ。依頼を終わらせた後でも話はできる」
「しなくていいですから! この話は終わりですっ!」
一応本人にも罪悪感はあるらしい。
ユッカはあんなことを言っていたが、おそらくいずれ会うことになるだろう。
それがいつになるかは分からないが。




