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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
Ⅰ 目覚めるリヴァイバー
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第22話 ありったけの力で

「っ……」


 急がなきゃ。


 さっきの警報があったから町は支部に向かう人でいっぱいだった。

 人が多過ぎて、進みたくても上手く進めない。

 行かなきゃいけないのに。魔物を倒すためにキリハからもらったのに。


「ちょっ、すみません、退いてください! 急いでるんですってば!」

「お、落ち着いて。えっと確か……こっち!」

「えっちょっ――わぷっ!? ま、待ってくださいアイシャー!」


 もう駄目。大通りからじゃ間に合わない。

 隣の通りに行っても多分同じ。だけど、もっと狭くて細い道からなら。


 小さな抜け道。誰かの家の前の本当に狭い道。

 人とすれ違うこともあったけど、大通りよりずっと歩きやすい。

 それでも何回か大きな通りを横切らなきゃいけなくて、そういうところでどうしても時間がかかっちゃう。


「よくこんな裏道知ってましたね? あっという間に迷いそうなんですけど……」

「大丈夫だよ、ちゃんと覚えてるから。ずっとここで暮らしてたんだもん。あとは……あ、お父さんの影響かも?」

「今日だけはその経験に感謝ですね。こんな騒ぎになったところ初めて見ましたよ」

「……うん、私も」


 誰かに止められることもなくて、本当にみんないっぱいいっぱいだった。

 町の全員が協会に向かってる。警備隊の人が誘導はしてるけど、全然人手が足りてない。


 本当は、ちょっとだけ思ってた。キリハみたいに飛べたらって。

 すぐに向かって、魔物の群れを倒せたのにって。


 今いる冒険者は四級の人まで。

 全員集めても魔物の群れと正面から戦うのは難しいって、キリハは言ってた。一体一体は倒せても、数に押し切られるって。

 だからキリハはこれを渡して、あっちに向かった。


「……キリハさん、大丈夫なんですかね? 森に出た方は俺がやるーって言ってましたけど……」

「大丈夫」


 だから、大丈夫。

 さっき見えた光は気になるけど、私達に当たってない。キリハが、当てさせてない。


「キリハは大丈夫だよ。きっと大丈夫。ユッカちゃんも見たことあるでしょ? キリハが戦ってるところ」

「知ってますけど。強いのは知ってますけど。なんかさっきからすごい音してません? あれ絶対キリハさんの魔法じゃないですよね?」

「でも町には一回も当たってないから。キリハが頑張ってくれてるんだよ」

「……さすがにキリハさんも二人になったりはできないんですね」

「あ、あははは……みたい?」


 ライザさんと言ってることは同じ。でも嫌な感じはしなかった。

 きっとキリハも『俺のことを何だと思ってるんだ』ってちょっと困りながら言ったりして。

 あのときみたいな時間を、明日も、明後日も。これからずっと。


(でも……)


 キリハの魔力を、分けてもらったからなのかな?

 昨日までより近くにキリハを感じる。今も戦ってるんだって、はっきり分かる。

 何かを待つみたいに、色々な魔法で。それがなんなのかまでは分からないけど。


「アイシャ? あの、案内してくれないとわたし道分からないんですけど」

「う、ううん。なんでもない。もう少しだけお願い、ユッカちゃん」

「もう少しとかそんなこと言わないでくださいよ。一気に倒して戻るまで、なんですから」

「だね」


 もしかしたら、気のせいかも。

 でも、そうだったらいいな。






「……その言葉の意味、分かっているのか?」


 その時のキリハの声は彼女が知る限りで最も低いものだった。

 ライザに向けられていたものと似ているようでまるで異なる声。周囲の大人も思わずたじろぐ。


「分かってる。魔物の群れと戦わなきゃいけないって」

「なら力の差も分かっている筈だ。大群を押し返すには遠く及ばないと。しかもそんな、魔力を奪われた状態で……満足に戦えるわけがない」


 キリハは残酷な程に冷静だった。

 その分析は正しい。場にいる誰もが理解していた。

 相手は大群。対してアイシャは力を振り絞って立っている状態。

 だがそれもライザの警戒度合いの差によるものだった。冒険者としての経験が長いリットは彼女以上に消耗させられている。


「討伐隊が発った以上、ストラに残った人員を集めても正面から戦うのはほぼ不可能だ。被害者を増やす意味はない」

「だからだよ。それにキリハも両方と一度には戦えないんじゃないの?」

「何故そう思う」

「分かるよ。だってキリハ、さっきまでずっと考えこんでたんだもん」

「っ……」


 図星を突かれ、キリハも思わず黙る。

 反論の声も、先程までとやや雰囲気が変わっていた。


「仮に、仮にその通りだとしてもだ。アイシャが向かう理由はない」

「あるよ。この町を守りたいのは私だって――ううん、みんな同じ」


 そう言って、アイシャはキリハを真っ直ぐ見つめる。

 生半可な覚悟でない事は彼も分かっていた。

 だからこそ思い浮かんでしまったその方法を実行に移すか悩んでしまう。

 そんな彼をある懸念が襲った。そして。


「――手を」


 差し出された、キリハの右手。

 戸惑いながらもアイシャは左手をそっと重ねる。


「わ……っ!?」


 すると突然、魔力が回復した。吸われる前とそん色ない量まで増えた。

 嫌悪感はない一方でアイシャは戸惑う。それは間違いなくキリハの魔力だった。


「心配しなくていい。ほんの少しだ。アイシャにだけは多少渡せる」

「う、うん……?」


 手が離れてもアイシャは未だに状況を呑み込めずにいた。

 流れ込むキリハの魔力。加えて、妙な高揚感。

 全身から力が溢れ出すような感覚。先程までの脱力感もたちまち消え失せる。


「それから――こいつを」


 キリハが差し出したのは、幾つもの輪を組み合わせた奇妙な物体。その交点には釘のようなものが刺さっている。

 先程ライザを捉えた《土壁》から削り取った土を細く伸ばし、更に捻って作り出した輪を幾つも組み合わせたもの。

 全体に淡い光が宿り、あちこちから粒子となって溢れ出していた。


「えっと、これって……?」

「そこに込められる限りの魔力を込めた。上のピンを引き抜いたらすぐ正面に投げてくれ。詰め込んだ魔力が一気に解放されるようになっている」

「じゃあ……ば、爆弾?」

「少し違う。そいつをそのまま投げつけても対した威力にはならない」


 そう言われても、アイシャには実感が湧かなかった。

 土の造形物から感じられる魔力はアイシャが普段扱う量とは比較にならないものだったのだ。

 彼女の両手で受け止められる程度の大きさに収まっているのが不思議に思える程に。


 実際、アイシャの予想通り爆発させても十分な破壊力を発揮する。

 今回はそれでも足りなかったというだけの話だった。


「だが、解放された魔力に向かって魔法を撃てば……威力を何十倍にも増幅させることができる」


 そうして作成者であるキリハから語られたのはアイシャにとって思いもよらない内容だった。

 魔法の威力増幅。しかも、信じがたい倍率で。

 同時に彼女は理解した。自身の提案をキリハが受け入れた理由の一つを。


「ただし使えるのは一度きりだ。万一残党がいてもどうにかしようなんて考えずにすぐ街の中に隠れてくれ。絶対に」

「一度きり……」


 たった一度。

 当然、外せば次はない。


「でもそれだと結局街に入られちゃうよ。ほとんど倒せても、まだ……」

「多少の討ち洩らしは俺の方で仕留るから気にしなくていい。そいつを食らってなお残る魔物の数なんてたかが知れている」


 それが群れの中で特に強力な魔物であったとしても。

 自身が仕留めるという一点に限っては、キリハに不安などなかった。

 それ以外のある問題が、急ぐ彼を支部の外へ向かう間もなお悩ませ続ける。


「――あっ、いた! キリハさんちゃんと説明してくださいよ!」


 丁度支部の外で戻って来たユッカの姿を見つけるまで。


「なんなんですかあれ。やっと警備隊の人を見つけたと思ったらなんかとんでもないことになってるんですけど!?」

「真犯人の仕業だ。それよりユッカ。いい所に戻って来てくれた。アイシャについて行ってもらえないか」

「……はい?」


 あまりに唐突な提案。ユッカは最初、目的も理由も分からなかった。


「今アイシャに魔物を一掃する切り札を預かってもらっている。もし倒し切れなかったらその時はアイシャが町に戻る手伝いをしてほしい」

「え、残りなら倒せばいいじゃないですか。そういうことならわたしがやりますよ?」

「駄目だ。まだ敵の数が分からない。万一のことも考えてアイシャについてくれ」

「……そのとっておきってそんなに危ないんですか?」

「アイシャが今持っている魔力をほぼすべて使うことになる。その意味はユッカも知っている筈だ」


 魔力切れ。

 ライザによって吸い上げられた時以上に消耗するとキリハは考えていた。何よりあの時の疲労もまだ抜けきっているわけではない。


「あ、危ないわけじゃないからね? 私はいつも通り魔法を使うだけだから。だよね?」

「ああ、()()()()()にやってくれ。俺はその間にあのスライム擬きを片付けておく。だから、ユッカ――」

「分かりましたよ」


 即答だった。

 自身の役割の少なさに多少の不満はあったものの、ユッカも断る理由はなかった。


「やります。やりますよ。アイシャと二人で戻りながら、危ないようなら迎撃。大体こんな感じですよね」

「頼む」

「さっきのと合わせて貸し一つ、ですからね?」

「ああ勿論。……本音を言えば、多少は手加減してもらいたいところだが」

「そこはキリハさん次第ですよ」

「それもそうか」


 そう言ってキリハは小さく口元を緩めた。

 ほんの一瞬の出来事。本人にもその自覚はない。


「アイシャ。最後にもう一度聞いておく。本当にやるつもりか?」

「うん。やる」


 アイシャの瞳に迷いはなかった。

 揺れない視線が言葉は必要ないとキリハに訴えかける。


「――……分かった。行こう」


 逡巡の後に、キリハもついに意思を固めた。

 そうして、キリハは空へ。アイシャ達は魔物の群れに最も近い第三門へと向かった。






「次は!?」

「次の角を左に! あとはそのまま……!」


 もう少し。門はすぐそこ。

 結構走ったけど、まだ向こうの音は聞こえてる。


(見えた……!)


 門の近くには警備隊の人しかいなかった。

 いつもより多い。みんな武器を持って門の外を睨んでる。

 でもきっと、まだ足りない。


「――ごめんなさい通ります!」

「!? き、君達なにして……!」

「協会から許可はもらってますから! どかないとケガしますよ!」


 本当にごめんなさい。

 ユッカちゃんに言われて周りの人が驚いてる内にすぐ外に出た。

 でもちょっと、乱暴だったような……?


「ユッカちゃん、あそこまで言わなくても……」

「急いでるんですから仕方ないですよ。……あと、わたしがやるわけじゃないですからね?」

「えっ……あ、そっか。そうだよね」

「アイシャ?」

「お、思ってないよ?」


 だってあのとき、短剣を取り出しそうだったし……


「まあいいですけど……さすがにちょっと多過ぎません? なんかもうぐちゃぐちゃですねあれ」

「集まってるからいいんだよ」


 一気に巻き込めるから。

 もう何匹いるのか全然分からない。道が完全に埋まってた。

 サイブルも、ゴブリンも……まっすぐこっちに向かってる。


「……私、頑張るから」


 だから、使うね。キリハの力。


「きゃ――!?」


 地面に向かって投げるとキリハが言った通り魔力が一気にあふれ出した。

 少しずつ集まっていって、だんだん玉みたいな形になっていく。

 今まで感じた事もないようなすごい魔力。でも、怖くなかった。


(……ちゃんと、当てなきゃ)


 使えるのは一回だけ。

 分かってたのに手が震える。

 いつもみたいに。それだけでいいのに。


(もし、外したら――)

「落ちついてください」

「ひゃっ!?」


 ゆ、ユッカちゃん? どうして肩なんて……


「わたしもいますから。あんなにいるんですよ? どこ撃っても当たりますって」

「…………ありがとう。ユッカちゃん」


 大丈夫。上手くいく。

 ユッカちゃんも、キリハもああ言ってくれたんだから、絶対に。


「水よ、集いて渦を成せ――」


 何回も、何回も練習した。

 水の魔法が私に向いてるかもってキリハは言ってた。

 私もそう思う。なんとなくだけど、他の魔法より使いやすかった。


「……させない」


 それにこの魔法は、キリハにほとんど最初のところから教えてもらった。


「ストラを襲ったりなんて、絶対させない!」


 何回も撃って、やっとここまで来れた。

 キリハ以外の友達もできた。

 もっともっと、一緒にいたい。

 だから。


「――っ、いっけぇぇぇぇ――――っ!!」


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