第218話 爆発の真相
「あーあ……また変なの湧いちゃってますよ、あれ。あの人もよく好かれますよね、あんなのに」
妙なのがうろうろし始めたと思ったらこれですもん。
あそこからこういう流れになるなんて、やっぱ呪われてません? あの人。
「え、無視? まさかの無視ですか? ねえ。ちょっと? そういう陰湿なやり方は流行りませんよ?」
「あなたほどではありません。残念ながら」
「出ましたよ。また出ましたよ。こんな清く正しく真面目な部下をとっ捕まえてよく言えちゃいますね? そんなこと」
「……私は今、あなたの自己評価の高さに驚いているところですよ」
なに言っちゃってるんでしょうね? 全部事実なのに。
どこに驚く要素があったのかさっぱりですよ。どんだけ低かったんですかね?
「というか、マスターこそなんなんですか。分身飛ばしたり端末だけ寄越してみたり。毎回探すのもめんどいんで、どれかに統一してくれません?」
「あなたに配慮する必要なんてないでしょう。それとも、何か真っ当な理由が? 納得させられるものならさせてみなさい」
「だーかーら、そうやって無理ゲー吹っ掛けるのを止めてくださいってば」
無理ですよ。そんなの無理に決まってますよ。
ただでさえこういう時は頑固なのに。ほんと、誰に似ちゃったんでしょうね?
「……付き合い切れませんね」
「あれ、もう帰るんですか? 愛しのあの人が戦うかもしれないのに」
「翼が生えただけの蛇に桐葉が負けることなど万に一つもあり得ません。あなたと雑談するつもりもありません。そういうことです」
「後半。いりませんよね別に、後半部分。わざわざ殴る必要ありました?」
「あなたに向けた言葉なのだから当然でしょう?」
……いいですよ? そっちがそういうつもりなら私にだって名案の一つや二つ、ちょちょいのちょいで用意して――
「それと、言っておきますが余計な手出しはしないように」
「……分かってますよ。言われなくたって」
「分かっているのならいいんです。分かっているのなら」
はいはい、分かってますよー。そのくらい。
介入がどうとか、色々ややこしい考えてることくらい知ってますよ。いつものごとく。
「なんですか、また爆発ですか!? 今度はなんなんですか、もうっ!」
「文句言ったってしょうがないでしょ! ここも危ないんだから、早く外に――」
何故、この土地の上空ではあれほどの暴風が吹いていたのか。
人工的な装置ではなく、空気の流れさえ拒み続けることができたのか。
「サーシャ、お願い」「森の手前辺りで待っておいてくれ。離れすぎると分からなくなる」
引き起こしていたのが、この森そのものだったとしたら。
もしもあれが、何かから守るためだとしたら。
「ちょっとーっ!!?」
突如爆発が起きた理由なんて、決まっている。それしか考えられない。
「どういうつもり? 手助けなら必要ないけど」
「勿論、あなたの邪魔はしませんよ。……ただ、この場所には助けてもらいましたから。見捨てられるわけがない」
出ていく時には、罠が作動しないよう仕組まれている。
皆もこの場所についても調べてくれたおかげで分かったこと。
つまりあの時、改めて動作を止める必要なんてどこにもなかった。
「……だったら、好きにすれば?」
「言われなくても。最初からそのつもりです」
もうじき見えてくる。
暴風の盾が渦巻くその向こう。離れていても強烈な存在感を放つそれが見えてくる。
(翼の生えた蛇……やはり、あの本に描かれていた通りか!)
おそらく、あの記録の作成者も同様に経験した出来事。
その人自身も、同じように直接目の当たりにしたであろう存在。
(どうせこいつも、当分応えてはくれないだろうから――)
「《魔力け、ぇっ……!?」
そんなことはないだろうと思っていた。
まして、自ら外に出向くなどあり得ないと思っていた。
それが一振りにできるかどうかなど、迷宮の剣にとっては些細な問題。
できたところで、今まさに目の前で起きたわけだが、大きな驚きはない。
「お、おい……今度はどういうつもりだ。いきなり出て来るやつがあるか」
だというのに、なんだこれは。何を考えているんだ。
走っている目の前に飛び出したりして、突き飛ばされたらどうするつもりだったんだ。こいつ。
「まさかあの蛇に恨みでも――……ない? だったらあの時だってわざわざ拒まなくてもよかっただろうに……」
まさか、まさか《魔力剣》では勝てないとでも思ったのだろうか。
それしきのことでわざわざ腰を上げるとは思えないが。自分が負けるわけでもないのに。
(とはいえ、まあ……)
「そういうことなら、遠慮なく使わせてもらう。……さっきの分も、上乗せして暴れてもらおうか?」
誰のせいだと言わんばかりの叫び。
やはり、意思疎通の方法は概ね森の精と同系統。
「文句なら後で聞く。ついでに、お前の気が変わった理由も聞きたいが――なっ!」
目指すは空。あの風の強さは承知の上。
しかし、多少どころではない揺れさえ受け止めるのならどうにでもなる。
わざわざ自分の身体のことを心配しすぎることはない。
魔力による全身のコーティングは可能な限り身体に張り付くように。
暴風の中を強引に、一気に突き進む。
姿勢制御も、俺だけなら幾らでもやりようはある。
もし、もしも墜落したとしても、最低限戦闘が継続出来ればそれでいい。
「…………は?」
そう思っていた。
たとえ飛行への抵抗が薄いマユが相手でも、こんな目には合わせられないだろう、と。
「おい……これは一体、どういうことか説明してもらおうか……?」
しかし、感じない。
魔力の槍で無理矢理に支えていた時のような、あの暴力的な勢いはまるでない。
気を抜けばたちまち八つ裂きにされてしまいそうな、あの嵐はまるで感じない。
「お前の加護……? 資格か。さてはあの時受け取った“資格”が原因か……!」
そうだろう。そうなんだろう。それ以外考えられない。
そんな権能があるなど、森の精はまるで語らなかった。
周囲の自然に呼びかけることもなければ、最も馴染んだ方法で伝えようともしなかった。
「その反応、お前も知っていたんだな? 知っていたんだろう? 何が期待通りの反応だ笑っている場合か!」
そのためか。わざわざ出てきたのはそのためなのか。
鞘に収まっている間も、決してその効果が発揮できないわけではない。
それを知っていた上で、俺の間抜け面を見るためだけに出て来たのか、この野郎。
(ち……!)
ただでさえ、翼の生えた蛇が暴れ回っているというのに。
大きく開かれたその口に宿る赤。血の様に薄暗い灼熱。
「《激流》!」
森の防壁に触れるより早く、強引に潰すほかない。
(この威力……防壁を突破する腹積もりでここまで来たな、さては)
以前の襲来から今まで、時間をかけてそれだけの能力を身に着けた。
突破できるという確信を持つことが出来たからこそ、こうしてまた姿を現した。
同一個体であることを示すものなどない。
しかし不思議と、何故か、そうであるという確信が己の中にあった。
このまま放置しておけば、確実にこの森が火の海包まれてしまうであろうことも。
――《魔斬》
虚空を切り裂き、身体を捻る。
――《流穿》
突き出した左手の先。渦巻いた激流は矢のように突き進む。何度も、何本も。
「――《牢炎網》!」
灼熱の網が待ち受けるその場所へ、翼の生えた蛇を向かわせるように。
「言われなくても分かっている。お前の文句も……まあ、分からないとまでは言わない」
丁度、森の中心のその上。
五〇メートルには届かない程度の大きさを捕えるには十分すぎる大きさ。
「だが今は、あのデカブツが先だ。……そこは、お前も同じ意見だろう?」
しかし、網を構成する炎は地獄の業火に勝るようなものではない。
元より、あれだけでどうにかできるなどとは思ってもいない。
(あんな状態でブレーキをかけたら、当然動きは……)
翼を持つ大蛇が身体を丸めたその瞬間。
その身体に雲を焼くほどの熱を纏ったその瞬間。
「そこ、動かないで」
形のない刃が、大蛇の背中を翼諸共深々と切り裂いた。




