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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
VII ここにいたいと思うから
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第210話 得意分野

「……別に何もない、ですよ?」


 何故だろう。

 声が聞こえたわけでもないのに、魔力を感じたわけでもないのに、嫌な予感。


「いや……今、唐突に本能的な危機感が」

「さすがにちょっと意味分かんない、です」


 本当に理由も何も分からない。

 怒りの眼差しを直接向けられているのならさすがに気付く。そこまで近付かれているのなら当然気付く。


 こちらに向かっているのならさすがに何かある筈。

 一応、もしものために跡をつけてはおいたが……


「……たとえば、あくまでたとえばの話だ。もしアイシャ達が辿り着いていたとしたら?」

「あの看板を見るだけ、です。そのために用意した、ですよね?」

「あれは数日経った後で、上手く合流できなかった時のための保険だ。……こんなに早く見つかるなんて想定してない」


 まだそんな確証はない。

 しかし何故か、自分でも不思議なくらいに断言できた。あの看板が見つかった、と。


 サーシャさんの側で何かしらの移動手段を用意していた。それは分かる。

 分かるのだが、あの風やら何やら、時間のかかる要素しかなかった筈だが……


「だったら、引き返せばいい、です。そんなに怖がることなんてない、ですよ?」

「引き返して……いや、できればそれは避けたい」


 目標が近いというのが理由の一つ。

 おそらく[ラジア・ノスト]には必要のない心配だが、厄介な可能性がもう一つ。


「やっぱりちょっと変、ですよ? なんだか、今はキリハさんの方が焦ってるみたいに見える、です」


 ……そう思われても仕方がない、か。


 ここに至るまで、マユの表情が大きく変わることはなかった。

 今なおこうして奥を目指していることに対する純粋な疑問。多少の答えでは納得していない。


「それに、あの話が本当、だったら、たくさんいた方がいい、ですよ? きっと凄い力だって持ってる、ですから」

「それはあくまで相手と正攻法で戦う時だ。……たとえば幻惑の使い手と戦う時、まず最初に警戒するべきことはなんだと思う?」

「かからないこと以外に、ですか?」

「いや、まさしくそれだ。……ただ、余程の下手くそが相手でなければ何かしらの影響は受ける。間違いなく」


 この記録の主もそうだった。

 完成に至るまで、森に何度も惑わされた。


 幻惑に対する備えを怠っていなかったわけではないのに、だ。


 疑い出せば、今こうしている自分自身が影響を受けている可能性だって捨てきれない。


 奥へ進むよう、強く暗示をかけられている、とか。

 可能性は際限なく増え続ける。……いつ、目の前に自分自身が現れてもおかしくない。


「もし全員が巻き込まれたら最悪だ。……そうなる前にカタを付ける」

「……その本の内容、だって、嘘かもしれない、ですよ?」

「古いものだが書いてある情報だけは確かだ。あの実だってちゃんと食べられたじゃないか」

「それは、たまたまで……ちょっと酸っぱかった、ですし」

「場所まで細かく指定してあったのにそれはないだろう。……味に関しては申し訳ない。そこまで書いてなかった」


 食べたそれの見た目はほとんど同じ。

 大きさも色も、大雑把に見れば同じと言って差し支えのない範囲。


(……本当に、大したものだ)


 甘さに、致命的な違いがあったとは思えない。

 ヒトが食べたのなら、本来そのようなことにはならない。


「……ああ、それからもう一つ。皆が着く前に移動しようと言った理由があるのを思い出した」

「そんなのある、ですか? もっと早く言ってください、です」

「すまない、うっかり。恥ずかしくて言えなかった」


 何の影響も受けていなければ、甘く瑞々しい果実を味わうことができる筈。


「……あの、どうして、頭を……?」

「マユと二人で……今だけは、マユと二人きりの方がいいと思ったんだよ」


 ……なるほど。これは確かに分かりやすい。

 外からでは感知できなくても、直接干渉すればいくらでも突き止められる。


「――いつまでマユの身体を弄んでいる? 卑怯者め」


【――ッ!?】


 勝手に人の身体に入り込む不届き者を、いつまでも放置してはいられない。

 他の誰かを更に乗っ取らせるなど、あってはならない。


【? ……!?】


 淡い光を放つ、半透明の緑。

 森の中、靄に包まれていてもはっきり分かる。蝶のような翼を持った人型の霊体。


「っと……無事か、マユ? ……さすがに疲れたか。寝ているなら、今はもう少し休んでおいてくれ」


 目が覚める頃には全てが終わっているだろう。

 幸いこの辺りの地面は柔らかい。さすがに、そのまま寝かせるつもりはないが。


【! ――!】


「生憎だったな、森の精。お前の事もしっかりと書いてあったよ。ご丁寧に、対処法まで添えて」


 中に入り込んだ遺物にだけショックを与えるのは、得意分野。

 わざわざ参考資料になるようなものまであったのに、失敗などできるわけがない。


「最初に見た時は半信半疑だったが……まさか本当にマユの中に隠れていたとは。随分愉快な真似をしてくれたじゃないか」


 元々潜んでいたのは、洞窟の番人。


 暴力を伴う被害を受けることはなかったそうだが、無視できるものでもないと記されていた。

 明後日の方角へと誘い込むには飽き足らず、悪戯の範疇では済まないものも少なくなかったのだとか。


「マユがあれを仕留める直前に乗り移ったんだろう? 本人に気付かれる事のないよう、慎重に。今まで何度もやっていたのなら慣れない筈がない。年季が違うわけだ」


 最初にその記述を見て真っ先に疑ったのは、自分自身に乗り移られるという可能性。

 内部に入り込まれてもすぐには気付けないとあったからこそ、慎重にしなければならなかった。


【っ! ……!?】


「マユの中に気付かれたことがそんなに意外か? そうだろうな。実際、俺だけだったらもう少し時間がかかっていた」


 自らの身体を確かめた直後に、その波動を感じるまでは。


「マユの荷物を確かめなかったのがお前の唯一最大のミスだ。それらしく誘導する方法くらい、いくらでもあっただろうに」


 マユに何かを持たせたことは知っていた。

 迎えに行く前には一度も感じなかったヘレンの力を、うっすらとながらも感じるようになったから。


 本来であれば、実体を持たない緑の霊体にとって馴染みのあるもの。

 神秘的な力と言う大雑把な括りにおいて、仲間と言えないこともないもの。


【……?】


 しかし、この反応。

 本当に心当たりがないと見える。


「分からないならそれでいい。……わざわざ、説明してやるつもりもない」


 しかしながら、そんな程度のことで手心を加えてやろうとも思えない。


「マユを操ろうとした責任、きっちりとってもらおうか?」


 一度くらい、出し抜かれる側の立場を味わえばいい。


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