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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
Ⅰ 目覚めるリヴァイバー
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第21話 あと少し

 一切の騒音が排除された海の上。

 揺れる水面に浮かぶ三日月。


 目の前には異形の存在。

 半身を海中に沈めながらも、見えている部分だけで優に一〇メートルを超す巨大な化け物。


 その外見はおよそ生物のそれではなかった。

 黒紫のヘドロのようにも見える不安定な魔力で構成された身体。紅く爛々と光る双眸。

 垂れ下がった両腕は左右非対称。異様に発達した右腕は怪物自身の頭部を握りつぶせるほどに巨大だった。

 球体と見紛う程に太った胴。飾りのように背中から生えた小さな翼。頭部の半分まで裂けた口。


 開かれた口咥内に広がるのは深淵。

 聞くに堪えない騒音と共に深紅の光点が激しい明滅を繰り返す。


 直後、海が割れた。

 怪物の両目から放たれた細い光線によって。


 上空から見下ろし、改めて思う。遭遇したのがこの場所でよかったと。

 市街地で使われてはひとたまりもない。最悪、一部が更地に変わる。


 そんな大火力の光線を怪物は当然とばかりに何度も、何度も撃った。

 上空へ。自らの足元へ。何度斬りつけられようと、痛みに気付く事すらなく。

 空を飛ぶ標的へ、ひたすらに。

 その身体が動き続ける限り。


 どれだけ貧弱に見える部位であっても濃密な魔力の塊。多少の傷はたちまち押し潰される。

 炎を呑み込み、風に動じず、雷を弾き、支配者を気取ってその場に君臨し続ける。


「――……《万断ばんだん》」


 よろずの敵を断つ刃に切り裂かれる、その瞬間ときまで。






 異常を知らせる鐘の音が鳴り響く。

 正体不明の敵の出現を叫ぶ声。住人の悲鳴が木霊する。

 傍の窓に駆け寄って身を乗り出すと、確かに見えた。


 町を覆う外壁のその向こう。

 未だに確かな形を持たない怪物。

 森を踏み潰した歪な球体はその身を練り上げるように蠢く。


「あれがお前の言う貯蔵庫の機能か。吸収した魔力を糧にあんなものを生み出す事が」

「ほんと理解が早いっスね。まあでもその通りっスよ。さしずめ人工魔物ってトコっスかね?」


 ……古代文明とやらの遺産か。

 基になった理論など分かる筈がない。

 吸い上げた魔力を怪物の形に。突き詰めていけばおそらく、アレと同類。


 力の大きさを見るに集めた魔力はほぼすべて使用している。二体目や三体目はまずないと見ていい。

 躊躇う必要はない。すぐさま叩き潰して――


「敵襲! 敵襲――――!!」


 何を今更。最初はそう思った。

 既に怪物の出現は町の住人に知れ渡っている筈。

 より広範囲に情報を伝えるにせよ、まるでまた別の何かが現れたような言い方をする必要はない。

 だからこれは『ような』ではなく、


「第三門より魔物の群れが接近中! 数は不明! ゴブリン、サイブル、他数種確認!」


 さらなる脅威の襲来が起きたということだ。

 個々の力は過度に恐れるものではない。が、物量で攻めてくるのなら話は変わってくる。


(逆方向から……何故こんなタイミングに――!)


 いや、違う。こんなタイミングだからこそか。

 そしてそれを呼び寄せたのは今縛り上げられているあの男。

 まさかこの展開を正確に予測していたとは思えない。ライザが予めかけておいた保険がこの状況に奇妙な程にかみ合った結果だ。


「やっと顔色変わりましたね。さすがにアンタも身体二つに分ける事なんてできないっしょ? こりゃもうどうしようもないんじゃないっスか?」

「テメっ……!」


 球体の攻撃を群れの側に誘導する? 却下だ。確実にストラが巻き込まれる。

 魔物の行く手を塞ぐ? 街道を塞いでも森からいくらでも回り込める。

 討伐隊は? 目的地は別方向。間に合うわけがない。


 全滅させたのはあくまで近隣。討伐隊が向かったのは徒歩で数日かかる区域。

 他所から転送していた事を考えるとおそらく無駄足。しかしだからといってすぐに戻れる筈がない。


 討伐隊が出発してから十数時間。既に日は暮れかかっている。

 仮にあの怪物が見えたとして、全速力で向かってもそれなりの時間がかかるのは明白。

 何より、戻ったところで特にあの歪な球体に太刀打ちできるか分からない。


「時間かけられらなかったのはむしろ幸運だったっスね。一回きりのとっておきが見つからなかったって考えれば。アンタに感謝した方がいいっスかね?」

「……まだそんな皮肉を言える余裕があるのか」

「怒らない怒らない。オレとここでじっくり観賞しましょうよ。アンタの大切なものがアンタの魔力で壊れちまうとこをさ」

「勝手に一人でくたばれ」


 余裕の表れか。

 これ以上下らない時間稼ぎをされてはたまらない。

 衝撃を与え、意識を刈り取る。

 騒がしい狂信者共を黙らせるために考案されたもの。結局はこういう使い方にしかならない。


「……気絶させたのかよ」

「あんな無駄話に付き合う時間はない。放っておけば確実に逃げ出すぞ、この男は」


 ここで考えても仕方がない。

 町全体を防壁で覆うなりして、その間にあの気色悪いスライム擬きを潰す。魔物どもは、その後に。


「それより今はあの化け物共だ。リット達はまださっきのガラクタの影響が残っているだろう? 動けるようになったらすぐに避難してくれ。途中で誰かに声もかけておく」


 避難所はこの地下。脱力感がある今でも向かえなくはないだろう。

 外に出た後なら《炎陣》が展開可能な範囲も分かる筈。今この場で迂闊に張ればおそらく逃げている誰かを巻き込んでしまう。


「ま、待って!」


 しかし飛び出す直前、背後から呼び止められる。

 一瞬そのまま出ようとして、結局止めた。その声があまりに真剣だったから。


「どうしたんだ。悪いが今ゆっくり説明をしている時間は――」

「違う。違うよ。そんなのいい。見えなくても大変な事になってるのは分かるもん」

「……だったら、何故?」

「キリハは森に出た魔物のところに行くつもりなんだよね? 多分、あっちの方が危ないから」


 否定する理由もない。

 他にどの程度の魔力を集めたか知らないが、総合的に見ても球体の方が危険度は高い。


 それが分かっていながら、一体何故。

 だが思い返せば答えは決まっていたようなものだった。


「一つ、お願いがあるの」


 そうしてアイシャは息を吸い込み。


「――私にも、この町を守らせて」


 無謀とも言えるその提案を、持ちかけて来た。






「……」


 あの選択は果たして正しかったのだろうか。

 何度繰り返しても答えは見えない。

 だがあの頃の俺なら確実に選ばなかった。それだけははっきり言える。


(それをいい変化と呼べるのかは別問題、か……)


 そこで結局、思考を途切れさせた。

 今は他にやる事がある。

 決めた以上は望んだ通りの結果を掴む以外に道はない。


「――来い」


 外壁を越え、《魔力剣》を手に森を見下ろす。

 そこにいたのは、木々を踏み潰しのろのろとストラを目指す空色の異形。


 目らしき部位は見当たらない。それどころか他の一切の部位も。

 これが完全体ということはまずないと見ていい。おそらく雛とも呼べないような不完全な姿。

 その状態でこれだ。成長してしまったらどんな怪物が仕上がるか分かったものじゃない。


「《魔斬》」


 呆けたような異形へ一度に三度の斬撃を撃ち込んだ。

 三つの斬撃が三角形に交わり本体の一部を削ぎ落す。が、すぐに修復されてしまった。

 あの様子を見るにおそらくダメージはない。進度もそのまま。しかし確かに届いている。


 何か効果のある魔法を。

 燃やし、凍らせ、焦がし、刻みながらあえてストラから遠ざかる。

 使っているのはあくまで低級魔法。あっという間に空色の中へ溶けて消えてく。

 いっそ特大の落とし穴に落としてやろう。しかしその時、不意に違和感を覚えた。


「……?」


 見られている。

 俺と化け物以外の気配も反応もない。当然、相手はあのスライム擬き。

 目らしき部位がないにもかかわらず、確かに俺を『見て』いた。動きを止めて、ただじっと。

 前後の区別はつけられない。そもそも区別があるのか疑わしい存在。だからこそ一層警戒心は強まっていく。


 空を一筋の光が裂いたのはその直後の事だった。


 スライム状の身体は捻れ、ドリルのような姿へ変化していた。

 その先端から放ったのだ。今の光線を。溜める素振りすら見せずに。

 瞬きする間もない一瞬の出来事。左肩の僅か数ミリ隣を光の奔流が駆け抜けていた。


(それに、この威力……!)


 町に向けられたら、どうなっていた事か。

 あの外壁でもさすがに耐えられない。一瞬で風穴を開けられ、中の家も焼かれてしまう。


 仮に本体をストラから遠ざけたとして、そこまで大きな効果はおそらく得られない。

 最終的にどこまで届いたかは分からない。だが光線は空へ消えていった。

 あれだけの飛距離があるならそもそも撃たせないか、正面から防ぐしかない。


 あれ程の攻撃だ。当然《氷壁》のような低級の防御魔法は使えない。

 馬鹿みたいな量の魔力を注いで無理矢理に強化するだけ無駄だ。


 それにさっきの感覚。俺の魔力を用いているというのはやはり本当なのだろう。

 他にはあの場にいた面々。加えて覚えのない数人分の魔力。

 そこまで無茶苦茶に詰め込めば拒絶反応が起きてもおかしくない筈だが巨大スライム擬きの魔力は安定している。

 その証拠にすぐまた二発目を撃ってきた。


(正面から撃ち返すようなものでは……ないな、さすがに)


 さすがに想定外。

 ライザが自信満々に呼び出したのも頷ける。再び放った《魔斬》も同じ結果を繰り返すばかり。


 俺があの男の目論見を明かしに顔を見せた状況を利用した。

 魔法吸収に誰も耐えられなければすぐさま逃亡しただろう。


 唯一助かっているのは大きな動きを滅多に起こさない点。三射目を逸らしたところで、光線も止んだ。

 しかし削いだ箇所を焼こうが凍らせようが間に土の壁を立てようが、たちまち修復して見せる。

 そうしてまた、身体を捻る。今度は威力を抑えた五連射だった。


「っ……」


 おそらく、あれが必要になる。

 手持ちの魔法を連打してもただただ時間が長引くだけ。

 確実に沈める、一撃を。


 襲撃が多かったからだろうか。あと少しというところまでは近付けていた。

 焦りはしない。余計なミスを招くことになる。


 間違っても、アイシャの決意を無駄にはしない。


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