第200話 見送られ、そして
紆余曲折を経て、しかし予想より早く迎えた出発の日。そこから更に数日。
「……あんた、どんな魔法を使ったわけ?」
昼食を済ませたリィルから向けられたのはやはり疑念。
あの日。ため息こそつかれてしまったものの、結局それ以上は止めようとするでもなければ、文句を言おうともしなかった。
ただマユに、俺達に、全員無事で帰って来いと伝えて見送ってくれた。
そんなお婆さんの姿を思い出してか、本日二度目となるこの質問。
レティセニアを発って数えれば、少なくとも両手の指の数は超えている。
「少なくともリィルが懸念しているようなものは何も。何度も言った通り、本当にただ話し合っただけだ。……あの人だって、完全に納得してくれたわけじゃない」
こんな答えばかり聞かされて、納得できる筈もないのだが。
別に嘘は言っていない。
敵でもない相手にあんな魔法は使わない。本来は敵であっても使うべきではないのだが、それはそれ。
「とにかく今は必要なものを集めることだけ考えておいてくれ。勿論、マユも。……聞こえているんだろう?」
「し、知らない、です」
そして、リィル以上に気になっている人物が一人。
車両の最後尾にわざわざ近付いてまで聞こうとする気持ちも正直分かる。
ヘレンとの話に割り込んでいなければ、きっとあそこまでかかることはなかっただろう。
……まさかあんなことやこんなことまで話しているなんて。
「話し合いの内容はお互い口外禁止しないようにということで纏まったんだ。さすがにこれまで破るわけには」
「口外禁止ぃ? なによ。聞かれちゃまずいこととか話したんじゃないでしょうね?」
「それはまあ………………ないんじゃないか? 多分」
「だったら今の間はなんなのよ」
ない。ない筈。
記憶を辿る限り問題のある部分は何もない。だから大丈夫。
どこかの誰かさんが余計な事まで話してくれていたおかげで、そういう方面の話をする必要もあったくらい。
さすがにその話を今リィル達にするわけにはいかない。
あのお婆さんに話した通りの内容を伝えれば、きっと余計な心労をかけてしまう。
内容を誤魔化せば誤魔化すほど違和感も大きくなってしまう。
「キリハさんもリィルもしっかりしてくださいよ。見張りなんですからね? そういうのは町についてからやってくださいよ。邪魔しませんから」
正直、ユッカが横から割り込んでくれたのはものすごくありがたい。
それが手厳しい忠告だったとしても。
「やっぱり心配なんじゃないか。だから半自動の迎撃魔法を用意するとあれほど言ったのに」
「いやですよ。リィルに怒られるだけじゃないですか。怒られても知りませんからね?」
……なるほど。確かに。
今も横からもの言いたげな視線がやたらと刺さる。これ以上余計な事を口走ればそろそろ魔法ではない方の雷が落ちるかもしれない。
最初に言った時も例によっていい顔はしてもらえなかった。
魔法の意地に魔力をある程度消耗するとバレてしまったら誤魔化しようがなかったとも言う。
「……本当にいい、ですか? 見張りとか、全部任せきりで」
人の目による監視も怠らないわけにはいかない、というリィルの言い分ももっともなものだった。
「いいんだよ。マユちゃんは。今回は依頼主様でもあるからねー。もっと堂々と構えて。ほらほら、椅子にふんぞり返って左うちわで。レイス君が飲み物運んでくれるから」
「なんでオレが雑用担当になってるんだよ!?」
マユを当番のローテーションから外した上で。
本人の疎外感が大きくなるようであれば即予定変更。
しかし俺の目から見ても落ち着きがない。監視の精度が落ちるとまでは言わないが、今のマユには少し休んでおいてもらいたい。
「出かける前にさんざん言ったでしょーが。マユは後のことだけ考えとけです。見張りならそいつがやるですよ。一晩中でも」
「そうそう。通常運転だよ、通常運転。竜より遠くも見渡せることに定評のあるキリハ君に任せておけば大丈夫だって」
「そういうつもりなら減点一〇」
少なくともそんな噂は一度も聞いたことがない。自称した覚えもない。
任せることにだって何ら躊躇いはない。同じ対応など向こうも期待していないだろう。
リィルやアイシャとは見事に真逆。天秤の均衡的には丁度いい。
どう聞いても明らかに本心だ。マユの気分を軽くしてやろうという気持ち以外の何かが多分に混じっている。
黙り込んでいるのも、今の話を聞いて納得したからというわけではなく――
「んー……確かにこれ、あんまり響かないね?」
「……あんたたち、まとめてサーシャさんに怒られた方がいいわよ?」
「じゃあ言い出しっぺのイルエちゃんも追加で」
「そんなに嫌なら吹っ飛ばしてやるですよ、レアム。あの山の向こうまで」
それみたことか。
おかげでまた余計なため息がリィルの口から。
マユが笑っているのがせめてもの幸いだろう。アイシャのように苦笑いを浮かべているわけでもない。
(……まあ、もう一つ妙なのがついて来ているわけだが)
今更になって必要以上の干渉はしないと思っていたのに。
しかもわざわざ俺達が気付ける程度に存在感を放ちながら。
その気になれば一切俺に感知させないことも不可能ではないだろうに。……或いは予備がそれなのか。
俺がこの呑気な空気を壊すことはしないと踏んだ上で。
一方、多少のトラブルであれば対応できるように。
持ち掛けたのはほぼ間違いなくあいつから。
「ああ、お客さん方、お話し中にすみませんが、気を付けてださいよ。この辺りはちょいと道が悪くなってましてね。派手に揺れるんです」
この程度の悪路も、あのお婆さんからしてみれば立派な不安材料。
「忠告はしましたぜ。しっかり掴まっておいてください、よ……!」
上下に跳ねる程なのだから、実際軽くはない。
「リィルはもう少し中に。……そう。そのままそこに掴まりながら。俺もすぐに戻るから」
その勢いはあまりに余って俺達の身体を左右に揺らす。
「痛っ!? ちょっ、いつもこんなところ走ってるんですか!?」
「喋らない方がいいよ、舌を噛むから! 車輪も壊れそうだけど……!」
「こんなところで壊れて、堪るか……!」
シートベルトのようなものもなく、車内でしがみつく外ない。
森を抜けた先に現れた上り坂。崖のような道だというのに。
「――お客さんしっかり掴まって!!」
そんなタイミングに叫ばれても、そう簡単には動けない。
「ぇ――――」
中から、衝撃で投げ飛ばされそうになったとしても。
「マユちゃ――」
「そこから動くな!」
勢いをつけてけることはできない。
(思ったより、遠い……!)
空中で姿勢を保つこと自体難しい。
(この風に、魔力の流れは……ッ!)
頼りにしている《飛翼》すら、この環境では満足に効力を発揮しない。
異様に深い、深い谷。
人里から離れ続けていたせいか、周りにほとんど陸地はない。
「――全員退け! 絶対に飛び込むな!!」
せめてそれだけ。それだけは必ず伝えなければ。
一瞬覗いた長い髪。おそらくそのつもりだったのだろう。
こんな場所で多少頑丈な縄があったところでどうなるわけでもない。
長さが届かないか、途中でちぎれるか。合流前に流されたらいよいよ打つ手がない。
「――《如意槍》!」
ただでさえ、慣れない形状で二人分の体重を支える必要があるのだから。




