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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
Ⅰ 目覚めるリヴァイバー
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第19話 証拠はなく

「……間違いねぇ。こいつは協会の制服の一部だ」


 リットの肯定の言葉はひどく重々しいものだった。場の空気も一層沈む。


 警備隊の事情聴取を終えた後。

 先に支部へ向かってもらっておいたアイシャ達と合流してすぐにあの布地を見てもらった。

 結果は悪い意味で予想通り。模造品などでは、決してなかった。


「それともう一つ。このナイフに見覚えは?」

「あ? ――って、おい。お前これどこで手に入れた?」

「襲撃者から奪った。その様子だと何か知っているらしいな」

「知ってるも何も、これ協会が独自に作らせてるモンだぞ。置き場所なんて支部でも知ってるヤツはごく一部だ」


 確認を取ってきてほしい、と一時的に持ち出しを許可されたもう一つの証拠品。

 こちらも協会関係の物。そちらに意識を向けさせるべく犯人が用意したブラフにすら思えてくる。


「……ほぼ、決まりか」

「待てよ。今ここにいないのが誰か分かってんのか」

「見つけない事には分かることも分からない」


 リットの舌打ち。それだけでも胸の内は十分に伝わってくる。

 だが未だに行方が分かっていないのは一人だけという事に変わりはない。

 衛兵所に残ったガルムさん含め、警備隊も彼が犯人という想定の下で動いているように思えた。


「でもどうやって探すんですか。さっきキリハさん、転移みたいなことができるって言いませんでした?」

「犯人はまだ目的は果たせていない筈だ。必ずまた現れる。そうでもなければ警備隊を襲うメリットがない」

「確かにそれもですけど。聞きたいのはそこじゃなくて。というかどうやってそんな人と戦えたんですか……」

「転移自体はさせない以外の対策はない。道具を使っているのならそれを潰してやればいい」

「簡単に言わないでください」


 分かっているとも。

 俺もまだあの転移がどういった力によるものなのか分かっていない。

 いっそ転移が完了する直前にあの襲撃者の腕でも掴めばいいのだろうか。

 ナイフが手元に残った以上、衣類を掴んでも意味はないように思える。


「それより五人は? まだ目を覚ましていないのか」

「みたい。お医者さんもどうしたらいいか分からないって……キリハの魔法でなんとかならない?」

「……すまない、治癒分野は……」


 所謂『回復魔法』と呼ばれるものを戦いの中で見た事は一度もなかった。

 代わりに存在したのが、ある程度回復を促進させる薬品。

 しかしあれは製法自体が特殊なもの。材料もそうだが技術がない。


「大丈夫ですよ。協会ならいろんな種類の薬があるはずですから」

「だ、だよね。すぐよくなるよね、きっと」


 やはり確認してみた方がいい。できるだけ早く。しかし、焦らずに。


「ほんとどこにいるんですかね? いきなり攻撃されそうで怖いんですけど」

「あ、じゃあユッカちゃんもうちに泊まる? キリハも一緒だし、私ももっとお話ししたかったし……どう?」

「いろいろ早すぎますよ!? ……あの、キリハさん。アイシャっていつもこんな感じなんですか?」

「ああ、概ね。……だが真面目な話、落ち着くまではそれも考えておいた方がいいかもしれない」

「いやいやいや大丈夫ですよ! ちゃんと自分で対処しますから!」

「転移能力持ちを?」

「それは……さ、探せばいいんですよ! 見つかるまで!」

「睡眠時間は必要だろう」


 抵抗があるのは分かる。むしろそれが自然な反応だ。俺の感覚がおかしかったわけではないと分かって一安心。

 リットはまたも蚊帳の外。そろそろ終わりにしよう。ガルムさんが向かって来ている。


「その心配はしなくてもよくなったぞ」

「あれ、おじさん? ……え?」


 亜麻色の髪の青年を連れて。

 しかもガルムさんの右手には、見覚えのあるケープ。


「裏路地に倒れてたそうだ。こいつで顔を隠してな」

「……俺を襲ってきた人物が着けていたものと同じですね」

「やっぱりか。それとお前が持ってた切れ端、ちょっと貸してくれるか」


 テーブルの上に置かれていた刺繍の部分をガルムさんへ。

 両脇から二人に支えられたその人の胸部に近付けると、丁度穴の開いた部分が塞がった。


「ほぼぴったり、と。お前を襲ったのはこいつで間違いなさそうだな」

「その服を誰かが着せただけ、という事も考えらえますよ」

「分かってる。一応話を聞きに回らせたが……期待はするなよ」


 転移能力を持っているのなら別の場所で着せ替えておく事もできるだろう。

 だが諸々を踏まえても俺と戦ってからの時間はそこまで多くない筈。襲撃者と今ガルムさんが連れて来た人物は同じ可能性が高い。


「ちょっと待ってくれ。こいつの魔力、ルークほど多くねぇよ。しかも感じも違う。間違いない」

「さっきキリハと戦って消耗したんじゃないかって話だ。転移の魔道具なんて御伽噺でしか聞いたことねぇけどかなりの量の魔力を使うんだろ?」

「感じの話も無視しないでくれよ、おっちゃん。一番大事なとこなんだから」

「さっきキリハが壊したあれがあっただろ? 使った側だって影響が出てもおかしくねぇよ」


 戦闘ではほとんど魔法を使っていなかった。それはガルムさんにも伝えたから分かっている筈。

 つまりルークさんの魔力が転移で一気に消耗した事になる。

 しかし先程の出来事を思い返してみても、そこまで大きな消耗はなかった。距離に比例するとしても、だ。

 そしておそらくガルムさんの最後の予想は正しい。


「おいキリハ。お前もなんとか言ってくれって。何か覚えてないのかよ、何か」

「無茶言わないで。さっきからずっと色々してくれてたんだよ? ――だからキリハ、無理しなくていいからね?」

「無理なんてしていない。それとリット。おそらくお前が心配しているような事態にはならないと思う」

「何を根拠に」

「それを今から見せる」


 今はまだ推測の域を出ていない。

 具体的な証拠になりそうな物も手元にない。

 妄想のような可能性の延長戦。それでも試してみる価値はある。

 こんな言い方だ。警戒心を高める事になるだろう。それでいい。


「ガルムさんはこれから彼の取り調べをするんですよね? 協会の方と一緒に」

「おう、そのつもりだ。言っておくが自分にもやらせろ、なんて頼みは聞けねぇからな。後でこっちから呼ぶことはあるかもしれんが」

「分かってます。その代わりというわけではないんですが、彼から絶対に目を離さないでほしいんです」

「わざわざ言われる事じゃねぇな。で? お前はその間何するつもりなんだよ」

「少し、ライザさん達の様子を」

「ほーん……? ま、いいか。行くぞ」


 意味ありげな表情でガルムさんは奥へ消えた。

 さすがに気付かれただろうか。まだ確信に至ってはいないようだが。

 ガルムさん以外には聞こえないよう声量は抑えた。最悪、拘束されている人物に聞こえなければそれでいい。


「で、何のつもりだよ。見舞いだけってわけじゃないだろ?」

「ああ。少し気になる事があるからそれを確かめる」

「気になることねぇ……」


 不審に思われながらもリットに頼んで医務室へ。

 不測の事態を考慮してか、職員が二人。医者はおそらく調べ物のために席を外しているのだろう。


「それで結局、気になることって?」

「例の金属の影響があっただろう? あれを少しでも取り除けないかと思って」

「ならさっきそう言ってくれればいいじゃないですか……」


 できるか分からないのに言えるわけがない。

 第一、影響を取り除いたところですぐに目を覚ますわけではない。


「変に期待をさせたくなかった。危ないから一応離れて――」


 ある程度見当はついていた。多少の改善はできるだろうと。

 そして目的はもう一つ。むしろこちらが本命だ。


「え……?」


 しかし手を近付けたその瞬間、ライザさんの身体が消えた。

 服ごと。跡形もなく。完全に。一瞬で。


「うそ、なんで消えて、そんな……」

「おいキリハどういうことだよ!? まさか、お前……!」


 戸惑い。疑惑。

 完全に想定外。正直、俺もまさかここまでやるとは思っていなかった。


「――大変です! ルーク君がライザ君に!」


 そんな中、追って飛び込んで来たその知らせには誰もが呆気にとられただろう。

 そのくらい衝撃的で、現実味のない内容だった。


「……は? いや待て。どういうこった。わけ分かんねぇよ」

「わ、分かりません。無言を貫いていたルーク君がいきなり光って、ライザ君に……」

「はぁ!?」


 馬鹿な。そんなこの場の困惑と驚愕を代弁していた。

 そういうシナリオだったわけか。本来ならもう少し状況を整えてやる計画を立てていたとは思うが。


「やばくないですかそれ。逃げたってことですよね!?」

「た、多分? でもどうやって……ライザさん、今までここにいたのに……」


 入れ替わったようにも見えるが亜麻色の髪の青年の姿はここにない。

 この場にいた一人を身代わり同然に取り調べの部屋へ送り、自身は別の場所へ。

 無茶苦茶な話だが既に転移能力が確認されている。不可能だと一蹴できる筈もない。


「部屋に案内してもらえませんか。少し聞いておきたい事が」

「それどころじゃないですよ! 探しに行きましょう? さっきは追い付けませんでしたけどわたしも足は速い方ですから!」


 足が。なるほど。

 小回りが利くのは予想していたがその方面にも秀でているのは初耳だった。

 少し走ってもらう事になるが、ユッカに頼んだ方がいいかもしれない。知らない誰かに任せるより確実だ。


「そういう事なら足の速さを見込んでユッカに一つ、頼みたい事がある」

「はい? ――――え、なんでそんな……普通に探してもらうように頼めばいいじゃないですか」

「念のためだ。頼む」

「は、はぁ……さっきのも含めてあとでちゃんと説明してくださいね?」


 勿論そのつもりだ。

 おそらくその人が見つかればすぐに分かるだろう。俺の下手な説明がなくとも。

 そうしてユッカは支部の外へ。俺達はやって来た職員に連れられ仮設の取調室へ。


「ユッカちゃんに何頼んだの? 私も行った方がいい?」

「いや、大丈夫だ。今回に限っては白兵戦が得意なユッカに行ってもらった方がいい」


 攻撃される事はまずないと見ていい。

 それに、聞き込みを行っている警備隊がこの近くまで来ていればすぐに済む程度の用件だ。


「え? は? なんスかここどこっスか!? 森じゃないっスよね!?」


 長引くかもしれないのはむしろ、俺達の方。


 意識を取り戻し、状況に困惑している。ライザさんへの印象はおそらくそんなところ。

 右へ左へ顔を向け、手当たり次第に自らの身体を触っている。

 俺達の入室に気付いたのはその後。俺が声をかけた時だった。


「どうも、ライザさん。お体の具合はどうですか?」

「あ、いいとこに! ちょっと事情説明してくださいよ。俺もう何が何だかさっぱりで!」

「勿論そのつもりですよ」


 ああ、説明する。そのためにここへ来た。

 だがそれはこのいかにも巻き込まれたような表情をしている男に向けたものではない。


「この件、糸を引いていたのはあなただったんですね? ライザさん」


 リットやアイシャに対して、だ。


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