第18話 強行突破
「ふんッ……!」
残った五枚を纏めて引き裂き、一番奥に閉じ込められていたライザさんを受け止める。
意識はない。だが、命に関わるような怪我もしていない。それだけでも今は感謝すべきだろう。
問題は、脳裏に浮かんだ妄想のような可能性が現実であるか否か。
すっかり消耗してしまっているから魔力量では判断できない。
こちらからの干渉も何故か阻まれる。おそらく引き剥がした金属の影響だろう。
「ほ、ほんとに全部こじ開けやがった……」
「まだですよ。ルークさんが見つかっていません。この辺りはもう探されたんですよね?」
「そりゃあな。けど、まだ誰も見つかっちゃいねぇ」
誰か一人が失踪したままという事実は変わらない。
この場所からひたすら探査魔法を使うよりは。軸代わりの木の枝を拾おうと手を伸ばす前に、肩をアイシャに掴まれる。
「待って。キリハ、手は? それすごく熱かったんだよね。少し冷やした方が……」
「心配してくれるのはありがたいが大丈夫だ。今更こんなもので火傷なんてするわけがない。まあ、だからと言って興味本位で触るのはお勧めしないが」
「やっぱり熱いんじゃないですか。もう少しで触るところでしたよ……」
「忠告が間に合ったようで何よりだ」
火傷しないというのは俺の基準でしかない。
そもそも勘違いしているようだが、何の考えもなしに掴んだわけではない。
「どっちにしても一旦休めよ。それなりに魔力だって使ってたじゃねぇか」
「休むとも。ルークさんを見つけた後で。それに魔力の事なら心配しなくていい」
「量が多い事くらい分かってんだよ。そこじゃねぇって」
「それも含めて、だ」
「はぁ?」
今その説明をしている時間はない。
犯人もこの能力についてはまだ知らない筈。多少驚かせるだけでも効果はある。
「……ま、いいや。動けるんだよな?」
「ああ。リットはライザさんを」
「了解。他の面子はそっちでよろしく」
球体に閉じ込められていた五人は目を覚ましていない。
詳しい容態も不明のまま。時間を取られるわけにはいかない。
「もしかして魔物? どこから?」
「全方位だ。念のために姿勢を低く……ああ、一旦近くの木の後ろに」
完全に防御系統の魔法で取り囲んでしまうと使用者以外の面々がかえって攻撃しづらくなってしまう。
使えるものは使わせてもらおう。ないよりはいい。
「……なにもいませんけど」
「すぐに見える。ち、完全な物量作戦で来たか……」
やはり他にもあったのか。召喚用の仕掛けが。
この勢いだと《炎陣》も強行突破してくるに違いない。
炎の輪を地面に作り出し、範囲内に踏み入った対象を焼く魔法。
ある程度の数を引っかけることができても後続がその上を乗り越えていた。
内側に複数展開しようとお構いなし。飛び越える程度では回避できないように作っておいてもこれだ。
数は減らせてもおそらく何匹かは通り抜けてくる。……少し強引に突破させてもらおう。
「リット、作戦を変えよう。ガルムさん達も冒険者の方を連れてこっちに」
「全員で背中合わせになって迎え撃とうってか」
「いえ、一気に離脱します」
「離脱? どうやって」
「いいから早く。木を根本から吹っ飛ばして強行突破、なんて真似はしませんから」
一瞬だけ考えてしまった事は黙っておく。
実際、全速力で走ったところでその間に攻撃を受けるのは避けられない。
しかも展開した魔法が邪魔になる。かと言って解けば魔物に自由を許してしまう。
「少し、もう少し近くに。そう、そのまま。――《駕籠》」
アイシャ達全員を取り囲むように地面から六本の柱を伸ばす。
二メートルを超えたところで軌道を変え、一点に集結させていく。
同時に地面の下でも柱同士を繋ぎ合わせ、空白を埋めるべく魔力の壁を形成。
このまま土も少し持って行かせてもらおう。魔物達もまだ手の届く範囲には近付いていない。
「な、なにこれ? 半透明の壁……?」
「こっちにもありますよ。なんか小さな部屋見たいっていうか……え、なんでキリハさん外にいるんですか!?」
「すぐに分かるから内側の柱に捕まってくれ。ガルムさん達も。倒れた人たちはそのまま地面に。俺の方で固定しますから」
教団から被害者を救出する際に、少人数で大勢を運び出す事を想定した魔法。
この魔法を必要とする状況に直面したことは多くない。だが、その有無は決して無視できないものだった。
当然、構成しているのは俺の魔力。集中を乱せばたちまち崩壊してしまう。
「……《飛翼》」
仕上げに頂点に足した取っ手を掴み、魔力の翼をはばたかせる。
だが、直ぐには地面から離れない。人数が人数だ。多少重さがあるのも当然だろう。
「お、おい。これ、一体どうなって……!」
「言っただろう。一気に離脱すると。それよりちゃんと掴まっておけ。心配しなくても落としたりはしない」
「だったらせめて少しくらい説明しとけよ、ぉ、お、おおおおおお――――!?」
壁越しでも声がよく通る。
地面を完全に離れた瞬間、一気に空高くまで飛び上がった。
無理な加速はかけない。底が抜けないよう細心の注意を払い、見慣れた街並みを目指して空を駆ける。
深い緑を超え、白塗りの外壁の手前に《駕籠》を下ろすまで。
魔物の気配は遠い。どうやらまだ進路をこちらに変えてはいないようだった。
念のため最初に張ったものの更に外側に《炎陣》を発生させ、様子を窺う。その間に《駕籠》は完全に撤去しておいた。
「――これでよし、と。魔法は解いたから外に出ても大丈夫、だが……」
「よし、じゃないですよぉ……」
中にいる全員が全く大丈夫そうじゃなかった。
うつ伏せたままアイシャ達は動かない。顔に泥がつく、なんて言える空気ではなかった。
「なんですか、なんなんですかさっきのぉ……目が、目が回るぅ……」
「ごめんキリハ、ちょっとだけ休憩させて……」
中で転がり回らないよう固定した筈が。
いや、おそらく原因はそこじゃない。
乗り物酔いの症状とも異なっているように見える。あれを乗り物と称せるのかはさておき。
「なあ、リット。この辺りで空を飛んだ経験は……」
「この辺りどころか生まれてこの方一度もねぇよ……おま、そういう大事なことは先に言えって……」
「……すまない」
飛行魔法自体が一般化していない、か。
冷静に考えてみるとそこまでおかしな話ではない。
単にメリットがなかったのだろう。必要だからと会得した人物もおそらくいるとは思うが。
「人を呼んでくるから待っていてくれ。……何か守りを付けた方がいいか?」
「勘弁。頼もしそうだけど正直怖い」
「失礼な」
「ホイホイ空飛ぶヤツが何言ってんだ……」
ガルムさんまで。
そこまで言われてしまうのなら仕方がない。急いで向かうしかなさそうだ。
念のため、あくまで念のために感知用の魔法だけ仕掛けておく。
確か遠くはなかった筈。実際、警備隊はすぐに見つかった。
「――……は?」
傷だらけの状態で。記憶にある位置と、大きく離れた地点で。
「一体、誰が……っ、しっかり! 聞こえますか!」
帰ってくるのは呻き声ばかり。
鎧もそれぞれ破壊され、使い物にならなくなってしまっている。
少し出血は多いが治療できない範囲ではない筈。折れた剣を遠くにやり、少しでも森から距離を取る。
近付くような魔物がいれば、都度魔法で焼きながら。
(だが一体、どうやって……?)
まず、この場所に移動した経緯が分からない。
最初にいた場所であれば門の位置から見えない筈がない。襲撃があると分かれば増援を呼んだ筈。
この場にいるのは俺を除いて七人。ガルムさん達と合わせれば丁度あの時集まっていた人数と同じだ。顔ぶれも変わっていない。
他の誰も、この状況を知らない。
「誰でもいいから連れて来い、《小用鳥》……!」
手近な木の枝を拾い上げ、記憶にある術式をそのまま転写。
たちまち枝全体が膜で覆われ、そこから半透明の翼が生える。
本来は偵察用の魔法。だが指示をしてやれば見つけた人を突いてこちらに誘導するくらいの事はできる。
「今の内に止血を――」
手近な布は他にない。服を千切ろうとした、まさにその時。
「……誰だ、お前は」
首を目掛け刃が振るわれていた。
魔力の剣に遮られたのは刃が黒い短剣。装飾はない。だが決して粗悪な品ではない。
「答えろ。これをやったのはお前か?」
「…………」
即座に離れた襲撃者はフードで顔を隠していた。
声を発することもない。陰に隠れた瞳をこちらに向けている。
静寂という名の膠着。次第に意識が研ぎ澄まされ、そして、
俺達が駆け出したのは、全く同じタイミングだった。
双方の初撃がぶつかり合い、力負けした襲撃者が勢いを利用し遠ざかる。
ほぼ同時にその真横へ回り込んで放った斬撃は虚空を斬り、そのまま更に振り切って背後からの突きを弾いた。
余波で薄茶色のケープが飛んだが、ごく僅か。
「《火炎》」
空中に浮いたままの襲撃者へ放った炎は悉く弾かれ、いや、すり抜けていた。
「《氷塞》」
「……っ!?」
その真後ろに氷の壁を立てるまで。
本体に透過しても《氷塞》に当ててやれば当然《火炎》は爆発を起こす。
しかし二重の衝撃に振り向いた襲撃者の姿はもうそこにない。
(っ、いきなり――!)
瞬きの間に、懐へ潜り込んでいたのだから。
即座に装備を《硬化》し刃物を弾く。襲撃者が仰け反った瞬間に腕を掴んだが、残ったのは右手で押さえた短剣のみ。
抵抗された感じはなかった。便利な能力を持っているのは間違いない。
「――二度も食らうか」
「!?」
今、懐に潜り込む時に使ったように。
本来なら縮めた刃で目の前の虚空を薙いでいた筈の《魔力剣》は確かに襲撃者を捉えた。
再びケープと上着を削がれた襲撃者の姿は既になく、代わりに針のようなものが落ちている。中身は想像通りのものだろう。
そうして突如、辺りに平穏が訪れた。
「透明化……いや、転移か」
魔物達を呼び寄せたのと、原理はおそらく同じ。
今の戦闘で使用していたのもそれだろう。やたら姿が消えると思ったら。
追いかけようにも当てがない。それにおそらく、そろそろ《小用鳥》が誰かを連れて戻って来る筈。
襲撃者の相手で遅れてしまったが応急手当だけはしておこう。振り返ろうとして、脚に何かが引っ掛かる。
そっと触れるような感触。おそらく布だ。
「何かさっきの襲撃者の手掛かりになればいいんだがな……」
期待せず拾い上げてみると、確かにその通りだった。
何かの切れ端。材質からしてやや上等な服のそれ。
だが、裏返して思わず二度見した。
「この、刺繍……」
剣と盾が交叉するように描かれ金色で縁取られた刺繍。
それは確かに、協会の制服につけられているものだった。




