第172話 終わりじゃないから
「――これだけあれば足りるで、しょ……っ!」
足りるって言うか……こんなにあるなら余っちゃいそう?
リィルちゃんのカバンの中身はもういっぱい。
途中の町にも寄るんだし、ストラで全部揃えなくてもいいのに……重くないのかな?
荷物の重量制限にも引っかかったりしないよね?
「ね、リィルちゃん。やっぱりもうちょっとだけ減らさない? どうしても足りなかったらトレスで補給できると思うし……ね?」
「もう、アイシャってばさっきからそればっかりじゃない。ちゃんと考えてるわよ、そのくらい。だから減らしたでしょ?」
「減らして……あ、うん……」
一食分だけ減らしてくれてたっけ。
でも、あんまり重さは変わってないような……
(……みんなも買い物に行ってくれてるんだから、そんなに心配しなくたっていいのに)
ちゃんと買う時に教えてくれたけど、やっぱりちょっと多い。
ちょっと火を起こすだけなら私でもできるのに。……明かりはちょっと難しい、かも。
イルエちゃん達だって前は旅してたんだから、新しく買うものもそんなにないよね?
予備の携帯食料くらい? ……ちょっとみんなにも見てもらおうかな?
(サーシャさんだって手伝ってくれてる、し……)
「…………大丈夫、だよね? あの二人……」
「どうしたのよ。そんな心配することある? まあ、あんたが一緒に行かなかったのは意外だったけど。いつも手紙のやりとりしてるんでしょ?」
「そ、それを言うならリィルちゃんだって。ユッカちゃんといっしょじゃなくてよかったの?」
「ユッカと買い物に行ったら『買いすぎですよっ!』って言われるだけじゃないの」
「あ、あははは……かもね?」
……ごめんね、リィルちゃん。それはユッカちゃんが正しいと思う……
今はイルエちゃんとレアムちゃんといっしょだけど、なに話してるんだろ。
(……あれ、あとの二人は?)
キリハはサーシャといっしょだし、イルエちゃんたちも三人だったよね?
すぐに戻って来るからいいのかな? リィルちゃんもそこまで気にしてないみたいだし。
「その、最初はキリハと一緒に行こうかなって思ったんだよ? リィルちゃんもいっしょに。ただ……」
「気になるならサーシャさんにも来てもらえばよかったじゃない。別に四人でも困らないでしょ」
「……そう、なんだけどね?」
やっぱりリィルちゃんならそう思う、よね。
私だってそう思ったもん。でも……
「……あんた、手紙みたいなこと考えてるんじゃないでしょうね?」
「ぅえっ!? り、リィルちゃんに言ったっけ!?」
「聞いたのよ。あいつから」
「うぅ……」
い、いつの間に? そんなの聞いてな――
「――そういうことだから、よろしくお願いします、です」
……マユちゃん?
「そっかぁ。ようやく見つかったんだ。おめでとっ! そういうことなら頑張ってね。うちも応援してるから!」
「もちろん、ですっ」
(……そっか、協会の手伝いをしてたから……)
「リィルさんも、アイシャさんも、お疲れ様、です。買い物も終わった、ですか?」
「あたしたちの分はね。マユもちゃんと準備しときなさいよ?」
「大丈夫、です。今回はマユが依頼した、ですから」
「……そ。だったら、あたしたちのことはいいから。ちゃんとお仕事してきなさい」
「勿論、です……!」
胸を張って、マユちゃんは戻っていった。
本当に、この支部の一人としてすっかり溶け込んでた。
「……次はどうなるかも分からないんだから」
「リィルちゃん……」
マユちゃん、すっごく元気そうだった。
そうだよね。やっぱり、会いたいよね。
「……ごめん。変なこと言っちゃって。」
「ううん、そんなことない。実は、私も……」
もしかしたら、ここには戻って来ないかもって思ってた。
マユちゃんのお父さんやお母さんの話はあんまり聞いたことないけど、あの人の事は本当に楽しそうに話してた。
「そんな暗い顔しなくてもいいじゃないですか。アイシャもリィルも」
「ユッカ……あんたね、分かってるでしょ? 行けばどうなるか」
「でも別に、これで最後ってわけじゃないですよ? 手紙だって遅れますし……」
ユッカちゃん? なんで震えてるの? まさか……
「い、いざとなったらキリハさんに頼めばいいんですよ……!」
「……かもね。むしろあいつから言い出したりして」
「それまでに、なんとか安全に乗れる方法をみんなで考えようね……!」
今でもまだ、ちょっと怖いし……
準備も、何もかもがあっという間に過ぎ去っていった、ストラでの五日間。
あれからマユが誰とどんな話をしていたのか、俺も知らない。
それでも、迷いのないマユのあの表情を見れば、かけがえのない時間を過ごせたことは容易に想像できた。
「ほわぁあああ…………!!」
そうして親しい人達に見送られ、ストラを旅立ち早三日。
道を阻む魔物を打ち倒し、辿り着いたトレスから西へ、ひたすらに西へ。
目的地は、ルーレイアと空で繋がるという町。
リーテンガリアでも類稀な、飛行場とでも呼ぶべき施設を持っているとある町。
ストラでも、フルトでも、レイス達の故郷のレーフォスでさえも、その名前を聞く事はほとんどないという町。
理由は一つ。問題の発着場が、一般層にまであまり知られていないことにあった。
知っていたところでそう簡単に利用できる筈もなく、結果的に話題に上ることもほとんどなかった。
それでも経営が回っているのだから相当だ。
余程単価が高いか、極端な需要でも確保しているのか。異世界の事情は複雑怪奇、分からない事だらけだ。
「驚きましたか? 驚いたでしょう。当然ですね。何を隠そう、姉様が個人的に贔屓している業者さんなんですからね!」
「誰もそんなこと聞いてねーんですよ!!」
こんな無茶苦茶な速度で街道を爆走する馬車が見逃されていることも、勿論そこに含まれる。
二つの森に挟まれたこの道は、正直そこまで広くない。
隊商が行き来するだけでも一苦労しそうな、トレスから西に続くその道を二頭の馬が駆け抜ける。
正確には、馬に似た何か。
一応魔物ではないらしいが……正直、この世界での境目がまるで分らない。
一般的な判別方法は分かる。血が通っているか、だろう。
しかし何故、どういった要素がその差を生んでいるのかが分からなかった。
しかも危険指定種の中には傷口から血を噴き出す者もいるのだという。何が何だか分からない。
何より、こんな馬鹿げた速度で走っている事実が受け入れがたい。
この客車の中に果物でも詰め込んでおけばさぞ綺麗なミックスジュースが作れるだろう。
「い、いいですけど、いいんですけど! さすがにちょっと揺れ過ぎじゃ、ぁああっ!?」
「駄目じゃないですか。フルトのユッカさん。しっかり掴まっておかないと」
「掴まってますよっ!」
叫ぶユッカは涙目だった。
比較的凹凸の少ない道とはいえ、走り屋のような飛ばし方をすればそうもなる。
むしろ何故サーシャさんがこうも平然としているのか分からない。
「こ、これ……っ! キリハが飛ぶより、危なくねっ!?」
「も、文句は言うな……! ……うっ!?」
飛ぶわ跳ねるわ、軽く《加速》でも使ったような衝撃が上下左右から次々襲った。
それでも木にぶつけていない辺り、相当手慣れているのだろう。
法定速度遵守の欠片もない一人レーシングをこれまで何度も行ってきたのだろう。
微動だにしない御者席の主を見れば分かる。
サーシャさんは業者と言っていた筈。
一体どういう新人教育をしているんだ、ここの連中。
「皆さん、いくらなんでも慌てすぎです。この人数を乗せて走るのは大変なんですよ?」
「でもやっぱり、それだけじゃないような……ひゃっ!?」
「少し急いでもらっていますからね。ちょっと揺れることはありますよ、勿論」
「す、少し……? ちょっと……?」
(いつ取り締まられてもおかしくないな、このスピード……)
森の中を突き抜けようとしないだけまだ安全であり、同時に危険でもある。
とはいえ出発前にわざわざ全員分の席まで用意してくれていたわけだし、無茶苦茶な旅を提供するつもりなどない。筈。
木製の座面に、つぎはぎのクッション。
なんでも座席は着脱可能になっているそうで、依頼客の状況に合わせて適宜調整も可能になっているのだとか。
それでもさすがにこの人数。
が管理している中で一番大きな車両を選んでもらってた筈だが、あまり余裕はない。
「時間は有限ですよ。待ってくれませんよ? ほら、皆さんもしっかり!」




