第170話 遠いその街
「「「「…………レティセニア?」」」」
午後。その名前を聞いたレイス達の反応は、どことなく疑わしげなものだった。
支部に集まって早々に伝えたが、やはり。
リィルから教えてもらった話はやはり正しかったというわけだ。
「ああ、やっと分かった。例の管理役がいるとしたらおそらくそこだ」
「いやいや……たまたまそうなっただけだろ。レティセニアってあれだろ? ルーレイアの。マユちゃんには悪いけど、さすがにないって」
「この前の手紙と、以前送られた手紙。二枚を重ねた時、全く同じ場所に書かれているのはどの手紙も一文字だけだった。それを偶然の一致と片付けるには無理がある」
気になるなら試してもらえばいい。きっとすぐに分かる。
そうして浮かび上がった文字を並び替え、結果出来上がった単語がレティセニア。
何か、固有の名前として知られているのはそれだけだった。
書いた手紙の内容を完全に記憶しているどころの話ではない。
おそらく、完璧な写しを手元に残している。そうでなければあんな暗号は作れない。
何かが起きると分かっていたわけでもないのに、だ。
元からそういう気質だったのかもしれないが、やり取りを楽しみにしていたのも会ったのだと思う。
ひょっとすると、それ以上。送信した内容をそのまま残しておけるメールとはわけが違う。
そして、これまでの手紙を使って今回の暗号を仕込んだ。それぞれに書かれた文字が正確に重なるように。
マユがこれまでの手紙を持っていなければ――一通欠ける程度であればなんとかなるかもしれないが――絶対に分からないようなものを。
つまり、向こうもマユが手紙を残してくれることに期待していた。
無意識的にかもしれないが、それはまず間違いない。
「話を聞く限り、確かにあり得ない話ではないだろうけど……どんなところだったっけ? リーテンガリアじゃないってさすがにやばくない?」
「知るわけねーですよ。行ったこともねーのに。ほらトーリャ、いつもみたいに教えろです」
「……それが、人にものを頼む態度か?」
「マユからもお願いします、です」
「俺も。知っていることがあれば教えてほしい。頼む」
「……分かった」
その時点で分かっていたのは、ケクルギア同様に隣接している国、ルーレイアにあるということ。
観光地としても人気があるということ。その先の解説はユッカに止められた。リィルに話させるとしばらく終わらないから、と。
ルーレイアという国自体はリーテンガリアと規模に大きな違いもなく、両国が成立してから国境の位置が変わることは一度もなかった。
リーテンガリアとは友好的な関係を保っている、とのこと。
なんでも二〇年ほど前、ルーレイア側に危険指定種が現れた時には近隣諸国共同で討伐部隊を結成したのだとか。
その時最も積極的に協力していたのがリーテンガリアだったらしい。その事件を契機に、以前までの関係はより一層強固なものとなった。
レティセニアはルーレイアの中でも南寄り。リーテンガリアに近いらしい。
それでもストラから向かおうと思えば、かかる時間はカウバへの旅路の比ではない。
ルーレイア最大の湖、シュミーリア湖から最も近い場所。
そこから流れ込んだ水が町中に張り巡らされた水路を流れ、日の光に煌めく美しい都市。
安息の地としての人気は高く、貴族様の中には別荘を持っている者もいるらしい。
しかしそれも町の総面積を考えれば大したものではないようで、長旅に疲れた冒険者や商人達も立ち寄るのだとか。
幸い町に近付こうとする魔物は多くないものの、少し離れるだけでたちまち辺りは危険地帯。
山あり谷ありの危険な区域も近いとの事だった。
危険指定種には劣るというだけで、強力な魔物も生息しているらしい。
逆に、それらを標的としてその街に留まっている冒険者もいるのだとか。
少なくとも今の俺達には階級的にも縁のない話だが。
「――だから、当面の問題は、移動距離、だな」
「それなら心配しなくていい。俺にいい考えがある」
「「「「却下」」」」
まだ何も言っていないというのに。
レイスもトーリャもイルエもレアムも、間髪入れずに否定した。
まるで予め打ち合わせでもしていたかのように、四人揃って否定した。
ついさっき、アイシャとユッカとリィルとマユがそうしたように。
「……だから言ったじゃないの」
「マユは飛ぶのも楽しかった、ですよ?」
「さすがにあのまま長い距離を移動するのは危ないんじゃ……」
「でも、歩いて行ったら何日かかるか分からないんですよね。……なんとかなりませんか? 飛行魔法以外で」
無茶を仰る。鉄道でも引けというのか。
極端な話、《魔力剣》の要領で座席のついた箱に車輪をつけて走らせるだけでもそれなりのペースで進めるだろう。
とはいえそれも、人目を集めるどころか危険物扱いされて攻撃されなければの話。
比較的穏やかな地域だからこそ、そんな物が走れば騒ぎになるのは間違いない。
それも平穏な生活を脅かす方向で。
少なくとも、マユはあまり強引な方法に頼ることなくレティセニアへ向かいたいようだった。
さすがに俺もそこまで無茶苦茶をするつもりはない。
「あ、そーですよ。馬じゃなくてキリハに引かせるとかどーです? その辺の馬車よりよっぽど早く着けそうじゃねーですか」
「はーい、お口にチャック。そういう非人道的なアイデアは胸の内にしまっておこうね。あと、アイシャちゃんからも睨まれちゃうよー?」
「冗談ですよ、冗談。そんな鬼畜なことさせるわけないでしょーが」
「冗談でも、次からは言わないでね……?」
「…………ハイ」
余計なことを言うから。
今のはさすがにイルエが悪い。
それこそ、従者にそんなことをさせたら即座に権限のはく奪。場合によっては裁判にもかけられるだろう。
荷物の分担とはわけが違う。人力車どころの比じゃない。
できるかできないかで言えば、まあ……できるとは思うが。それに。
「そうか……客車だけを借りることができれば……」
「ちょっと? あんたまさかさっきの案に乗るつもりじゃないでしょうね?」
「まさか。ただ、魔法でそれらしいものを作って引かせてやれば時間を短縮できるんじゃないかと思ってな」
可能な限り馬車に似せてやれば、或いは何とか。
どうしても外見を取り繕えないのなら最悪、《幻影》で誤魔化せばなんとか。……失敗する未来しか浮かばない。
「……ちなみに、なんですけど。キリハさん、馬車を運転したことってあります?」
「……、…………ないな?」
「じゃあ無理ですね」
ということは、やはり却下か。
車を動かした機会もそこまで多くない。
移動はほとんど交通機関に頼りきりだった。どうしてもという時だけ、無理矢理間に合わせた事もあるが。
しかしやはり、徒歩以上の移動速度は欲しい。
「――何も悩む必要はありませんよ、[イクスプロア]の皆さん?」
その時、勢いよく戸が開かれた。
「丁度よかったみたいですね。この私が来たんですから、何の心配もありません!」
「…………へっ?」
「は……?」
そして、入ってきたのは見知った顔。
しかし今この町に入る筈のない人物。
「「「えぇえええぇ――――――っ!!?」」」
何故か、[ラジア・ノスト]の仕事で大忙しの筈のサーシャさんがそこにいた。
「さ、サーシャさん……? なんで、ストラに……?」
「おや、書いていませんでしたか? 近々所用でそちらに向かいます、と」
「そういえば……ご、ごめんなさい。居場所が分かったのもついさっきで……ちゃんと手紙も出そうと思ってたんですけど……」
「勿論、分かっていますよ? だから言ったんです『丁度よかった』、と」
……偶然、だろうか。本当に。
狙いすましたような来訪。
その可能性は低いと分かっていながら、一度覚えた違和感を拭えずにいた。
「実は今、ルーレイアの方に向かう用事があったんです。……よければご一緒、しませんか?」
いくらなんでもタイミングが的確過ぎる、と。




