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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
VII ここにいたいと思うから
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第169話 居場所の手掛かり

「何かしらの統一性……インクの成分……手紙の紙質……便箋の絵柄……ん、んー……?」


 使われている文字はリーテンガリアで一般的な言語と変わりない。

 理由も何も、マユに読んでもらうのだから当然だろう。


 候補は幾つか思いついても、それを調べるだけの材料がない。

 たとえば、インクの成分を解析する事ができたとしても、世界各地のそれと照合する手立てがない。


 生粋の魔法マニアであれば心当たりもいるが、インクに関してはさっぱりだった。

 どこかに依頼すればなんとかなったりするものなのだろうか。


「だ、大丈夫? キリハ……さっきからずっと難しい顔してるけど……」

「ん? ああ……まあ、悩まされているのは間違いないな、実際」


 最初の一通が来てから七日。

 あれ以来、手紙がマユの元へ届くことは一度もなかった。


 マユがその人に会う前に世話になっていたという人物の元も訪ねたが、そちらも空振り。

 ただ、少なくとも未だに管理役としての権限が残っているのは間違いないようで、その人以外が手を出すことはできない状態なのだと教えてもらった。


 だからこそ、例の手紙の以前も以降も全く連絡を寄越そうとしないと知った時は不思議そうにしていた。


 従者に関する制度が複雑なものだという話は俺も聞いていた。

 そのとき教えてもらった話とも矛盾している部分はなかったように思う。


「とはいえ、これまでの事件とは違ってどこかの馬鹿が何かをやらかしたわけでもないんだ。おかげで前向きに考えられる」

「あ、あははは……キリハがきてから色々あったもんね」

「まさかカウバであんなことになるとは思いませんでしたよ、もうっ」

「それを俺に言われても」

「なんとかなったから問題なし、です」


 できる限り急いだ方がいい。それは間違いない。

 軽く考えているつもりも微塵もない。しかしやはり、これまでとはまた違ったものでもある。


 ここにいる皆は勿論、今は依頼のために出かけているレイス達も手伝ってくれている。

 三人どころか大勢集まっても、場所を探し出す手掛かりのようなものさえ見つけられずにいた。


 生活資金に関しても、今どころかそれなりに余裕がある。

 どこの誰が警戒しているのか、オーキスさんの名義でそれなりの額が支払われた。……いいのだろうか、色々と。


 少なくとも協会が少なからず関与しているらしい。

 報酬を直接渡してきたのはルークさんだった上、さも偶然を装って接触して来た支部長から魔法話のついでのように感謝された。


「それはいいけど、ちゃんとご飯くらい食べなさいよ。いくらなんでも熱中しすぎ。ほら、あんたも。協会の手伝いだってあるんでしょ」

「まだ朝、ですよ? 余裕、です」

「とっくにお昼よ。今鐘が鳴ったでしょ。いいからその辺ぱぱっと片付けちゃいなさい。折角の手紙が汚れちゃうじゃないの」


 あとは精々、夜の簡単な依頼を少々。

 夜間戦闘の感覚そのものは、幸いすぐに取り戻す事ができた。

 以前、あの迷宮を探索したおかげもあるだろう。


 夜を活動の場にしている魔物は決して少なくない。中には昼より凶暴な魔物もいる。

 そして、夜間の移動を余儀なくされる旅人も少なくはない。


 その他さまざまな要因が重なった結果、昼よりも少しばかり実入りがいい。

 どうやら夜間の依頼を主にする冒険者もいるそうだが、実際にやってみて納得した。やるやつはやる。


 朝練に向かったその足でも依頼をこなしているから、収支がマイナスになることもない。


「大丈夫よ、これだけ集まってるんだから。案外知ってる人が来るかもしれないわよ?」

「確かに。……っと、この町の外でも協力してくれてる人はいるんだ。それに、料理はできたてに限る」

「おなかがすいてたなら先にそう言いなさいよ、まったく」


 ……驚くくらいエプロン姿が様になっていた。

 普段は左右でそれぞれ結っている金髪を後ろで束ねているせいか、余計に。


 合掌した時、ふと、母親に呆れ気味に注意された時の記憶が浮かんだ気がした。


 まあおそらくただの幻だろう。

 言うほどそんな機会も多くなかった。小学校に上がった後は特に。


「……おいしい、です」

「ああ。この前ついに完成させたらしい。……正直、箸が止まらない」


 以前の雑誌とは全く別の味付けで。

 甘辛な風味が口に運ばせる手を止めさせてくれない。


「……好きな味だ。本当に」

「きっと隠し味は好きって気持ち、です」

「なるほど、確かに。上手い」

「こっちの料理は美味い、です」


 座布団五枚。

 そういうことなら確かに納得。なんというか、実にリィルらしい。


 気恥ずかしさと怒りの感情が、五枚重ねの防壁でも防げそうにない炎のように燃え上がっているのはきっと俺の勘違いだろう。


「あんたたちね……それ、あたしに聞こえるところで言う必要ある……!?」

「? 何を言っているんだ。聞こえないところで言っても意味がない」

「同感、です」

「こんなときばっかり結託するんじゃないわよっ!」


 叫んだリィルの顔は真っ赤だった。


 以前のマユの言葉を借りるのであれば、こんな時“ばかり”じゃない。

 とはいえ辛口なお説教まで食らいたいわけではないのでひとまず黙る。


「嬉しいなら素直に言えばいいじゃないですか。ねー、アイシャ?」

「うんうん。リィルちゃん、あのあとだって――」

「言わなくていいから!」


 確かに、言われる前から知ってはいた。


 言えば確実に状況が悪化するから言えなかったが、悩んでいるところを何度か見たことがあった。

 そういう時に声をかけると決まって隠そうとしていたから、それ以上深くは言及しなかっただけで。


 ……さすがにこれ以上この話題を続けるのはリィルに悪い、か。


「そ、そんなことより進捗はどうなのよ。何か手掛かりとか見つかった?」

「まだ全然、です」


 切手や消印があればそこから逆に追い駆けられたかもしれないが、手渡しの繰り返し。

 手紙を受け取ったという人を遡りたくても、あの人物の反応を見るに厳しい。


「だが、問題の日から今日までの間に動ける範囲には限りがある。例え馬車を使ったとしてもだ。町々でその姿を探せば当然、更にその範囲は縮まるが……」

「あの手紙を見た後だと、ちょっと分かんないよね……」


 そう。問題はそこだった。


 一昨日サーシャさんが手紙で教えてくれた、運び屋とも言える職業。

 それも空から。飛行能力を持った生物や、魔道具の力を借りて。


 なんでも、馬車の半分以下の時間で移動できるらしい。もっともその分、制約も多いようだが。


 途方もない額を必要とするのは明らか。

 しかし、ストラに手紙が届くまでの間、あれだけ手間のかかる回り道をさせていたくらいだ。

 移動のために大金を払っていても何らおかしくはない。


(あれだけ各地の町を……町……)


「……途中で一度、コロサハの支部からアーコの支部に転送を……コロサハと、アーコ……」


 不思議そうな表情のアイシャ達の疑問に答えることはすぐにはできなかった。


 これまで後回しにしていた要素の一つ。

 だがひょっとすると、手紙を届けた方法は分かるかもしれない。


「経由したのはほとんど大規模の町……それがたとえ近くであったとしても……僅かな例外もおそらく……」


 となれば当然、あれがある筈。

 決して人数の多くない職業だ。横のつながりも浅いものではないだろう。


(それでも、ある程度通じ合える距離に限界はある筈……)


 決定的な手掛かりとは言えない。だが、今は一歩でも――……


「マユ? なにか落としましたよ?」

「あ、ありがとうございます、です。それ、前にもらった手紙、です」

「そういうことなら大事にしないとですね。……しまった方がいいと思いますよ?」

「もしかしたら手掛かりになるかもと思って持ってきた、です。でも……」

「気を付けなさいよね。たまたま床で重なったからよかったけど――……ちょっと?」

「少し待ってくれ。……分かったらちゃんと説明する」


(紙を重ねて……この厚さなら、透かせば……)


 やはり。だが、一か所。


「すまない、マユ。よければ他の手紙も貸してもらえないか。できれば、今持ってきているものを」

「はい? それはいい、ですけど……」


 やはり違う。


 重なる箇所が全て違う。


「………………なるほど。そういうことか」


 これはマユでなければ、マユがマユでなければ絶対に分からないようになっていたわけだ。






「――だから言ったでしょう? 余計な手出しは必要ありません、と」

「……みたいですね」


 ヘレンの見通す力に抑制をかけていたのは、他でもないイリアだった。


 解除を試みていたヘレンの元に、そのイリアが現れた。


「いつまでこんなくだらない真似を続けるつもりですか。あなたは。中途半端が過ぎますよ?」

「だから、こっちはこっちのやり方でやってるんですってば。っていうか禁止カードですよ? あれ」

「なんとでも言いなさい。私の考えに変わりはありません」

「マスターだってその気になればすぐ分かるくせに……」

「ええ、当然。……ですが、桐葉はきっといい顔はしないでしょうね」


 程度の違いはあれ、権能を行使することに変わりはない。

 全体を見通しているだけであれば問題はなかった。


 しかし、私的な目的で特定の個人を探し出せば話は変わる。


 それがイリアにとって指先を動かす程度のものであっても、火種としては十分だった。


「じゃあ、なんですか? 余計なことしかねない私はふん縛っちゃおうって算段ですか」

「する筈ないでしょう。今の桐葉の元にあなたを引きずり出してもいい結果には繋がりません。分かりましたか? 分かったのなら一刻もどこかへ行きなさい、邪魔です」

「うーわ、悪質ストーカー極まってますよこの人……」

「……なにか言いましたか?」

「いーえ、なーんにも? お邪魔虫は退散しときますよ、おとなしく」


 肩をすくめ、ヘレンは翼を広げた。


 イリアが顔を向ける頃にはもう、そこには誰もいない。


「まったく……誰に似たらあぁなるんでしょうね……?」


 だからこそ、イリアは虚空へ向かって遠慮なくとびっきりのため息をつくのだった。


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