第161話 帰りを待ちながら
「…………なんか違う」
ま、まだ駄目?
こんなにおいしくできてるのに。
でも、さすがにちょっと飽きてきたかも……うぅ、この前食べたときはちゃんとおいしかったのに……
(ちょっとずつしか作ってないから食べ切れてるけど……大丈夫かな、これ……?)
作る前に『たくさん作っても残っちゃうでしょ』ってリィルちゃんも言ってた。
言ってたんだけど、さすがにちょっと多いような……
小さなお皿に入るくらいの量だけしか作ってない。
でも調味料の入れ方もちょっとずつしか変えてないから、どう変わったのか分からなくなってる気がする。
「…………このくらい? でも、もうちょっとぴりっとしてても……んむむむ……」
リィルちゃんはすごい。全部分かってやってるんだから。
最初の準備とか、野菜を切ったりとか、そういうことは全部やった。
でも、細かい味の調整になるともう私にできることもほとんどなくて、さっきから応援と試食ばっかり。
そっちもそろそろ休憩したい……かも。
(もしかして、マユちゃんもみんなもいるときの方がよかったんじゃ……?)
そ、そろそろキリハも帰ってきてくれるよね? マユちゃんもユッカちゃんもいっしょだよね?
マユちゃんは手伝いがあるからちょっと難しい?
大丈夫。きっと大丈夫。
今までもそうだったから、キリハもすぐに帰ってきてくれる。……変な魔物とか、出てないといいけど……
「ま、まあまあ……おいしくできてるし、このまま皆の分も作ろうよ。ね?」
「そうなんだけど、そうじゃなくて。それに味の心配なんてしてないわよ。アイシャも手伝ってくれてるんだし、変なものなんてできるわけないじゃない」
「リィルちゃん……!」
そういう風に言われると、やっぱりうれしい。
キリハが言ってくれたときとはちょっと違う『うれしい』だった。
(……キリハに会う前はこんなこと、ほとんどなかったのにね。えへへ)
お母さんとか、お父さんとか、おじさんとか。
みんなみんな大好きだけど、みんなに、キリハに行ってもらった時とはやっぱり違ってた。
「どうかしたの? 急に笑うなんて。珍しいじゃない、そんなこと」
「ううん、なんでもない。笑ったのは……楽しいからだよ。リィルちゃんは?」
「…………楽しいに決まってるでしょ」
「そっか。ふふふっ」
「な、何よ。そんな楽しそうにしちゃって」
よかった。私だけじゃなかったんだ。
それが一番うれしい。リィルちゃんも同じだったんだ。
「そ、それより今はこっちが先! 早く作らないと帰って来ちゃうかもしれないでしょ!?」
「だね。……ところで、なんだけど。そこにあるのと同じように作るのは……」
「それはだめ」
や、やっぱり? まだ続ける?
でもやっと分かった。
リィルちゃん、きっと今までもこうやって頑張ってきたんだって。
料理だけじゃなくて、いろんなことを。《ブレイズ・キャノン》だって使えるくらいに。
(そういうことなら、私ももっと……)
負けてられない。ううん、きっとそれだけじゃない。
(まだできないことばっかりだけど……)
やらなきゃ。それでも、ちゃんと。
私がやりたいって思ったことなんだから。
「私もちょっと、やってみていい? 味見だけじゃなくて」
「断るわけないじゃない。……あたしの方もちょっと行き詰まってたし、お願いしていい?」
「任せて」
一番基本的なところはお母さんに教えてもらった通りに作ったから、多分大丈夫。
他をもうちょっとだけ、なんとかできたらいいんだけど――
(……そういえば)
キリハに買ってきてもらった、あの本……
(もしかしたら……!)
アーコでよく食べられてる料理の作り方とか、いろいろ載ってたはず。
書いてある内容を参考にしたら、ちょっと変わった味にできるかも。
(……私たちも、すぐに完成させるから)
だからできるだけ早く帰って来てね、キリハ。
「――いい加減に倒れてくださいよ!!」
堪ったものではないと、とうとうユッカが声を荒げた。
これまでの戦闘を振り返るにあの人型の魔物に聴覚と呼べそうなものはない。
当然ユッカの悲痛な訴えなど届く筈がない。
その証拠に魔物達は仲良く首をかしげていた。
用意した岩の壁の向こうから、わざわざ顔を覗かせてまでその間抜けな表情を見せていた。
それがユッカの機嫌を更に損ねていることにも気付かずに。
「しつこいですよ! しつこすぎるんですよ! まだ続けるつもりならキリハさんに《解砲魔光》使ってもらいますからね!?」
「この道を未知の土地にするつもりかユッカは」
言ってない。誰もそんなことはひとことも言ってない。
一気に押し切るとは言ったが、誰も周囲を巻き込んで跡形もなく消滅させるなんて言っていない。
こんな街道で撃ったら大惨事は避けられない。
まとめて空に打ち上げたところで……吸収能力を持っている疑惑のある魔結晶を完全に消滅させるような一撃など地上からは放てない。
おそらく、余波だけでも少々大変なことになる。若干。
かと言って、ユッカを抱きかかえたまま発射することもできない。
そんなことをしたところでユッカが《解砲魔光》発射の衝撃を間近で浴びることになるだけ。苦行にしかならない。
この岩の壁も、防ぐには少々心許ない。
「だってしょうがないじゃないですか! もう五回は倒したんですよ!? キリハさんが一方的に! なのにまだいるじゃないですかあの魔物!」
「わざわざ余計な言葉を付け足すんじゃない。正々堂々やり合った結果だ」
まるで他者を嬲る趣味があるかのような扱いを受けるのは心外だ。
一度は魔結晶以外を完全に消滅させ、経過観察を行うために一匹。
次は、魔結晶を氷に閉ざすことで無力化できないか。それを確かめるために一匹。
「あの魔物、全然キリハさんの動きに追いつけてなかったんですけど。あっという間に何回も斬られてましたけど」
「それはもう、そういうものだからとしか」
「知ってますっ!!」
それでも復活をするから止む無く相手をして、やっと魔結晶を二つに砕いたのがついさっき。
しかしそれが間違いだった。
また一匹増えている。
元は一つだった魔結晶をそれぞれ自身の中核として、二体の魔物としてまた現れた。
あの時のユッカの驚愕の声は一生忘れられそうにない。
「もう、どうするんですか……また増えちゃいましたよ? こんなことしてたらさすがにキリハさんの体力もなくなっちゃいますよ?」
「かもしれないな。……それに、何時間もやり合っていたらそれこそ余計な心配を駆けることになる」
「……実はもう気付かれてたりして」
「………………」
あり得る。むしろその可能性しか考えられない。
このくらいの時間ならまだなんとか、『簡単な依頼だった』と言えば納得してもらえるだろう。
決して隠そうと考えているわけではない。
ないのだが……包み隠さず話すのはどうしても抵抗が――……ええい、うるさい。少し静かにしていろ。
「キリハさん? キリハさーん? 急に黙るのやめてくださいよ。不安になっちゃいますよ?」
「……もしもの時は、俺の弁護をよろしく頼む」
「キリハさんこそわたしのこと庇ってくださいよ!!」
「それは勿論。お互いギブアンドていくということで、ここは――」
とうとう、岩が崩れ落ちる音がした。
(……無粋な真似を)
壁を形成している土は全て周囲のもの。魔力で一から作れば根こそぎ養分にされてしまう。
そんな壁がとうとう一枚、破られる。
「――吹き飛ばせ」
しかしそれ以上近付かせてやるつもりもない。
突風で纏めておかえりいただく。
「今大事な話をしているんだ。邪魔をしないでもらいたい」
「邪魔っていうか、あの魔物を倒したあとのことですけどね」
「一理ある」
これ以上、余計な事は言わずに終わらせよう。
「…………えっ」
「《魔斬》」
実際、時間をかけていられないのも本当。
振り切り、切り裂き、魔結晶を露出させ、
「《魔力剣》」
そこへ短刀サイズの魔力の剣を突き刺した。
ああは言ったが、この魔法を使うにはまだ迷宮の剣に慣れていない。
「《吸奪》」
魔力を吸い上げ、自らの力に変えるこの魔法を使うには。
魔結晶に似たコアも、身体を形成する魔力も、全て根こそぎ奪い取ってしまえばいい。
(ち、やはり溜め込んでいたか……!)
問題はその量。そしてもう一つ。
「なんでこっちくるんですかぁっ!?」
一時的でも、その場に足を止めざるを得ない事。
「ユッカ!」
消滅する魔物をしり目に《加速》。
左手で魔物の頭を掴んだ。
そのまま力任せに引き寄せた。
「手を……出すな!」
浮いたままの魔物をお構いなしに蹴り飛ばす。後続の元へ。
そして。
「……《吸奪》」
一つの魔力剣で、残った魔物の魔結晶全てを貫通させれば終わる。
吸い上げた魔力の制御さえ謝らなければそれでいい。
あとは。
「……ところで、いつまで見ているつもりなんですか? そんな木陰で」
事情を知っているであろうその人に、姿を見せるよう促すだけだった。




