第159話 調理しようと思ったら
「……まあ、ここしかないか」
この時間を平穏無事に過ごそうと思ったらここが一番。
丁度、冒険者達も出払っている頃。多少広く使わせてもらっても問題はない筈。
(それに……)
まだいる筈。一人で依頼を受けに外へ繰り出していない限りは、絶対に。
「き、キリハさん? どうしたんですか? リィルとアイシャは……」
やはり、いた。
出かかっていた欠伸も引っ込むほど驚いた様子のユッカがそこにいた。
「二人はアイシャの家で料理中だ。ついでに言うと、俺は厨房を出禁になった」
「……はい?」
いやはや、まさか着いて早々あんなことを言われるとは。
てっきりあのまま三人で作ってしまうものだとばかり。昼食にもなる。
しかし残ったのはアイシャとリィルの二人だけ。
ユッカとマユを呼んできてほしいと頼まれたわけでもない。
「どうして、ですか? キリハさんの料理、美味しかった、ですよ?」
「喜んでもらえたのなら何よりだ。ただ……リィルとしては、あれをそのまま再現するだけでは納得できないらしい」
そうでなければあんなことは言わないだろう。
真面目な表情で、『あんたはどこかで時間潰してきて』なんて。
「だったら今日は帰れないかもしれませんね、キリハさん。リィルってば一度こり出すとしばらくそのままですから」
「いや、さすがに一晩中とは――……」
……アイナさんなら条件付きで許すかもしれない。
当然、ちゃんと寝る時間は守らせたうえで。
面識があるどころか、何度か夕食に呼んでいたくらい。勿論、ユッカやマユも。
その上、途中でアイナさんがいるあの店に寄っていた。台所を使わせてもらえるよう頼むために。
(……今のうちに探しておいた方がいいんだろうか、今日の宿)
それもこれも、あくまで完成しなかった場合の話。
しかし不思議と、そう思い込んだ程度では全く安心できそうになかった。
出来栄えに納得しない職人の姿が、どうしても野菜を吟味するリィルの姿と重なってしまうのだ。
「ま、まあそうなったらその時はその時だ。宿でもなんでも探せばいい。そのくらいの余裕はある」
「リットさんとこっそり依頼を受けたから、ですか?」
「……黙秘権を行使する」
「そんなことしても無駄、ですよ? リットさんが言ってた、ですから」
……あいつめ。
騒ぎを大きくしないために、あの時点で倒しに行ったんじゃなかったのか。
あんな時間だった上に内容も内容だ。協会職員全員に伝わっているとは考えづらい。
マユにだけ特別に話したとしても別の問題が浮上する。支部長の許可はどうした。
しかも当人の姿は見当たらない。さては逃げたな。
が、今はそんなことはどうでもいい。他にに一つ、大きな問題がある。
「待ってくださいどういうことですか? 聞いてませんよ? わたし、そんな話一回も聞いてないですよ?」
「お互いの予定もあって真夜中に出かけることになったんだ。さすがにそんな時間には誘えない」
「行きましたよ! 言ってくれれば!」
唐突に暴露された事実。
不満たらたらのユッカにどうやって納得してもらえばいいのかという問題が。
分かっていた。こんなことになるだろうとどこかで思っていた。
だからすぐには話さなかったというのに。これでは予定も総崩れだ。
「却下。そんなことをしたって仲良くリィルに叱られるのがオチだ。それとも? ユッカはリィルの怒る姿を楽しみたいのか?」
「違いますよ!?」
心外とばかりにユッカは叫んだ。
それは仕方ないにせよ、さすがにあれには誘えない。
ユッカも、日中の戦闘が多いだろう。洞窟の中とはわけが違う。
「もういいです。怒りましたよ。アイシャに言いつけますからね?」
「残念、先に話しておいた。いくらなんでも夜中に動けば気付かれる」
「だったらわたしたちに教えてくれてもいいじゃないですかっ」
「でも、今日ついて行かなかったのはユッカさん、です」
「うぐっ……」
仰ることごもっとも。
今日の買い物途中で話すつもりは正直なかったが、ここはマユに便乗させてもらう。
この様子なら気付かれることもないだろう。
「だったらわたしたちでもう一回受けに行きましょうよ。キリハさんだけずるいじゃないですか!」
「ズルいと言われても……不幸な事故の後始末だ。楽しいものでもない」
「それにもう倒しちゃったからいないと思う、です」
「そんなぁ~……!」
何もそこまで嘆かなくても。
確かに、レイスとの勝負の前から討伐依頼は多くなかった。それは間違いない。
出てきたものといえば数百年に一度出る怪物。正面から戦うような相手でもない。
(何か代わりになるようなものでもあれば……ん?)
何故ルークさんが?
しかもあの困ったような顔……何故だろう、嫌な予感が……
「話を邪魔するようで悪いんだけど、ちょっといいかい? 実は……そうでもなかったりするんだよね……」
……あっ。
「珍しいですね? キリハさんが倒し忘れちゃったなんて。やっぱり夜にこっそり言ったのが悪いんですよ、きっと」
「俺だって人間だ。ミスくらいある。……なんて言っても、この状況では言い訳にしかならないか」
この状況に少なからず感謝しているなどとは口が裂けても言えない。
協会の手伝いが残っているマユが来られなかったのは残念だが、考えようによってはむしろこの状況こそ最善だったかもしれない。
ユッカの機嫌がいい。それはもう、とてつもなく。さっきまでの姿は嘘のよう。
「六体分の魔結晶も全て回収して、確認もしてもらった筈だったんだがな……一体どこで手違いがあったのやら」
「どこでって、キリハさんが倒し忘れたわけじゃないなら普通に七体いただけだと思いますよ?」
「さすがにそれは洒落にならない」
よりにもよって一番最初、協会がつけた記録が間違っていたという事になる。
そレが通れば八体目だろうと九体目だろうと通るだろう。なんでもありだ。
「いいんですよ。倒しちゃえば。最近はあんまりいい依頼もなかったんですから丁度いいじゃないですか」
「同感。さっさと片付けて戻ろうか。その頃には美味しい昼食も出来ている事だろうし」
「ですね!」
目撃されたのは昨日戦ったあの場所。
通りすがりの冒険者が得体のしれない魔物を補足し、その特徴を聞き取った結果、昨日の魔物と一致した。
「…………えっ」
そう、その時点で目撃されたのは一匹だった。
「……あの、キリハさん? わたし、一体だけって聞いたんですけど」
「奇遇だな。俺も全く同じ話を聞いた」
「あそこにいるの……一体だけじゃないですよね?」
「少なくとも俺の目には四体見える」
「ですよね。わたしもです。……あの、キリハさん?」
「どうぞ?」
そしてユッカは深く息を吸い込み――
「…………絶対どう見てもおかしいですよね、これ!!」
溜まったものではないと、叫び声を上げた。
正直その気持ちは分からない事もない。こんなものを見せられたら猶更。
「なんなんですか、なんなんですかあの魔物! それにキリハさん、持ってるのは剣だけって言ってませんでしたっけ!?」
「昨日戦った時点では間違いなくそうだった。……またどこかの誰かから学習したな、さては」
何せ、昨日までは剣を手にしただけの人型だったそれらの魔物の様子は大きく変わっていた。
本体の外見はほぼそのまま。問題はそこではない。
左手に盾を、左右それぞれに斧を、槍と盾を――昨日と同じ、剣一本の個体はもう一匹しか残っていなかったのだ。




