第15話 ばれた嘘
地面を叩いた魔結晶の色は白。しかも小さい。だが、これまで見た者と比べて明らかに色が濃かった。
能力としてはおそらくあの魔物の方が上。今のところ、同種の反応はない。
「で、あの魔物は結局なんだったんですか? あとあなたの態度も。なんかこの前と随分違う気がするんですけど」
「聞くなら一つずつにしてくれ。前は少し取り繕っていただけでこっちが素だ。戻した方がいいなら今からでもそうする」
「いいです別に。今の方が話しやすいですし。というか最初からそっちでよかったじゃないですか」
「誰も彼もがそうとは限らないだろう?」
初対面の相手の事をそこまで理解できるわけがない。
「まあそれはいい。さっきの魔物に関して言えば――」
外見は的と同様、サイブルをベースに。完成後の大きさの目安にも丁度いい。
あの後も何度も遭遇した。これで少しはマシになる筈。
だがそのままでは芸がない。とりあえず翼をつけて、それから肩の角を排除。
最後に頭部を龍に近付ける。
「――こんな風に、魔法で見た目を偽っていたというわけだ」
「はい?」
即興の《変装》。長々と続ける意味もないのですぐに解く。
やはり本職には及ばない。覚えて以降全く使わないことも珍しくない魔法だから仕方がないか。
「いや、ちょっ……え、なんですか今の。あなた魔物だったんですか!?」
「何故そうなる」
人を何だと思っているんだ。
慣れない事なんてするものじゃない。結果がこれだ。
「だっていきなりあんな……あの、もう一回見せてもらっていいですか?」
「だから――って、今はそこじゃない。何故こんなところに?」
「え、魔物を捜しに来たに決まってるじゃないですか。ここ最近急に増えたって話、知ってますよね?」
「それなら今は三級以上を対象とした依頼がほとんどだという話も聞いている筈だ」
正直、この少女の階級がそこまで高いとは思えない。
そもそも討伐隊として派遣されたのなら他に仲間がいるだろう。まさか一人か。
「知ってますよそのくらい。でもここ数日、全く魔物が見つからないんです。こんなのおかしいじゃないですか」
「町に被害が出ないのはいい事だと思うが」
「そういう問題じゃないんですよっ。このままだとお金が……」
宿泊費と日々の三食。
無駄を一切削ぎ落したとしてもそれなりの額にはなる筈。
リットを通じて協会から『可能な範囲で討伐してほしい』と言われていたにせよ、いき過ぎてしまっていた節があるのは否めない。
「だから少しでも魔物を倒さないといけないんですっ。さっき見つけたものを話しても情報提供料がもらえるか分からないですし」
「見つけた? 一体何を。ああいや、手柄を横取りするつもりではなく」
そんな姑息な真似をするつもりはない。
むしろ場合によっては俺にも責任が……どうしたものか。
「カシュルの食べかすが落ちてたんですよ。しかもたくさん。拾って食べられる状態じゃなかったからそのままにしておきましたけど」
「カシュルが? 最近は品薄になっていたのに何故……」
「疑うなら行ってみますか? 多分まだ残ってると思いますよ」
「ああ、是非」
入荷数が目に見えて減った場合、近くの物を少量採取していると聞いた。
それすら突如として消えてしまったために品薄の状態になっているのだ。
現場を見せてもらえば、もしかしたら何かわかるかもしれない。さすがに犯人が様子見に来ていた、なんて展開までは期待できないだろう。
「って、会員証落としてるじゃないですか。気をつけた方がいいですよ。ちゃんと持っておかない、と……」
「すまない。助かった。……どうかしたのか? そんなじっと見たりして」
大して価値のある情報はなかった筈。
名前以外に記載されている情報と言えば精々、階級とポイント……ポイント?
「拾ってくれてありがとう。例のカシュルも見ておきたいからできれば早く返してもらえると――」
「ちょっと、待ってもらえます?」
しかし既に時遅し。
僅かながらも圧を伴った低い声の少女を前に言葉が詰まる。
恐怖を感じたわけではない。ないのだが、迂闊なことは言えない雰囲気だ。
「おかしいですよね。この数値、絶対おかしいですよね? もう三級にだってなれるんじゃないですか?」
「その辺りの基準は分からないが……まあ、色々と」
「色々な魔物を?」
さてどうする。
状況はかなり悪い。金銭で解決できるような空気でもなかった。
だがさすがにゴブリンの件迄特定できるような要素はない。ない筈。
「あなたですよね。あのゴブリン倒したのも」
しかし会員証を渡して来た少女は既に確信を抱いているようだった。
明確な証拠はまだない。だが見れば分かる。下手な言い逃れは通じない。
「おかしいと思ったんです。さっきの魔物の事も知らないとか言ってたのに普通に対処して、しかもあんな……変身? みたいな事までして」
じりじりと詰め寄られては俺もその分下がるしかない。
木に追い詰められないよう避けても効果はなく、次第に歩調を速める少女に距離を詰められる。
「それにあの剣。今思い出したんですけど、ゴブリンを倒した人も同じような戦い方だったみたいなんですよ」
「それはまた珍しい一致もあるもので」
「…………」
何も睨まなくても。
今更になって誤魔化そうとした俺が悪いのは分かっている。
「言ってましたよね。あなた、言ってましたよね? 詳しいことは知らないって。現場にはいなかったって」
……協会側の対応もあったと説明して、果たして納得してくれるかどうか。
ほぼ間違いなく無理だろう。
再会したのがあんな状況でなければ。いや、結局あれからも協会に当面は待つように言われたからそれも無理か。
「なのになんですか。一回会ってたなんて。これじゃ探してた私がばかみたいじゃないですか」
「そんな事はない。あの時は俺も隠すしかなかった。代わりと言っては何だが、君の言う事を一つ聞く。それで一旦――」
「じゃあその権利あと二つ増やしてください」
「子供か」
即答するのがまた。一つはさすがにけち臭かったか、なんて考えも吹き飛んだ。
そこまで大きな数を選ばない辺りに少女の良識のようなものを感じる。
「なんでもって言ったのはそっちじゃないですか!」
「言ってない。何でもとは言ってない。他にないのか。何か」
「……そうやってわたしに言いたいこと言わせようとか考えてないですよね?」
「疑り深過ぎるだろう……」
「嘘つかれてなかったらこんなこと言いませんよっ」
それを言われると反論しづらい。
しかしどうしたものか。このままここでひたすら内容を決めるまで時間を潰す気にはなれない。アイシャにも余計な心配をかけてしまう。
「結局どうする? 決まりそうにないなら先にカシュルの食べかすが落ちていた場所に案内してもらえないか」
「じゃあその分一回増やすのは?」
「……もうそれでいい」
どこかで折衷案を出さないと終わらない。
頑なに二回に増やそうとする理由は分からないが、無茶な内容は断らせてもらおう。
「そういえばまだ名前訊いてませんでしたよね。なんていうんですか?」
「キリハだ。知っての通り冒険者をやっている。……会員証に書いてなかったか?」
「あんなおかしな数字があったせいですよ! どれだけ倒したらあんなことになるんですか」
「正直、覚えてない」
「はい?」
両腕に抱えきれない魔結晶が集まった時点で数えるのは無駄だと悟った。
討伐隊の面々を下手に駆り出さなかったのは正解かもしれない。疲弊して本番に響いては元も子もない。
「仕方ないじゃないか。放っておけば町になだれ込むのが目に見えている以上、倒すしかなかった」
「それで倒せたら苦労しませんよ……ほんとに六級なんですか?」
「昔何度か戦う機会があったからだ。登録してからの期間もそこまで長くない」
未だに一か月も経っていない。
その割には事件が起き過ぎているような気がしなくもないが、深く考えたら負けだ。
「俺の話はこのくらいでいいだろう。それより、君の名前は?」
「ユッカです。フルトのユッカ。一応五級ですけど、キリハさんみたいなことはできませんからね?」
「分かっている。だから俺を捜していたんだろう?」
たださっきの態度からして、具体的にその後までは決めていなかったように見える。
話を聞くつもりだったならすぐにそう言っていた筈だ。
「それもですけど……お礼が言いたかったんです。ありがとうございました。あの変異種を倒してくれて」
「変異種……ああ、君だったのか。まさか一人で森に?」
「違いますよ。あのときはトレスで声をかけてきた人たちと組んでたんです。まぁ、結局それっきりでしたけど」
「それっきり? 他に仲間は?」
「いませんよ?」
さも当然のようにユッカはそう言った。
慣れてしまったわけではなく、その在り方を自ら選ぼうとして。
この少女に例の話を持ち掛けたとして、聞いてもらえるのだろうか。
「キリハさんこそ一緒にいた子はどうしたんですか? 仲良さそうだったのに」
「さっきの魔物の事を伝えてもらうために戻ってもらった。まだ魔物の能力も分かっていなかったからな」
「それなら急いだ方がいいですね」
「頼む」
おそらくそう遠くはない。足早に木々の間を抜けていく。
森の探索には慣れているのだろう。みるみるうちに奥へ近付いて行った。
同時に、辛うじて視界に移らない場所で複数の反応。魔力は乏しく、人型にしてはやや妙。
「待った、ユッカ」
間違いない。魔物だ。
「はい? なんですか急に。もうすぐですよ?」
「だからこそだ。落ちていたカシュルはどれも食べかけ。そうだったよな」
「きれいな実が一つでも残ってたらよかったんですけどね……」
「そうでもない。今あそこにいる魔物に襲われるよりマシだろう」
丁度隙間のタイミングだったのだろう。
カシュルの香りが残らない絶妙な時間。それがなければ魔物に追われていたかもしれない。
ユッカと共に木の陰に隠れ、様子を窺う。近付けば確実に見つかってしまう。
「……どのくらいいるんですか?」
「二〇匹。いても精々サイブル程度だ。気付かれる前に片付ける」
魔物達は部外者の存在を探す素振りすら見せない。
「――……《加速》」
深呼吸して、駆け出す。
左右が一瞬緑に染まり、すぐに消え去った。
そうして目に込んできたその場所は小さな広場のようだった。
雑草は踏みつぶされ、赤い果実の残骸が散乱している。飛び散った果汁が鮮血のように見えてしまったのはきっと俺の感性の問題だろう。
とにかく群がる魔物の数は確認した通り。
駆け抜けた勢いそのままに《魔力剣》を振り切り、五匹。返しの一撃で三匹。
軽く体をねじらせ左手を向け《火炎》を連射。残りを一気に片付ける。
「これで……っ!?」
ひとまず全滅させられたかと思いきや、突如地面の中からゴブリンが現れた。