第147話 最後の一戦
「な、なぁキリハ。お前さ、模擬戦はしないって言ったよな」
「ああ、言った。最初に言ったな」
「公平性を失うような勝負はしないと、言った筈だ」
「それも言ったな。確かに言った」
よく覚えている。
魔戦時代の経験がもたらしたもの。
単純な戦闘回数以外にも、それはあまりに多過ぎる。
今のままやり合ったところで、公平も何もあったものではない。
考えようによっては迷宮の剣だってそのうちの一つにも含まれる。
「ならどうしてよりにもよって魔物討伐なんか選んだんだよ!?」
森の入り口。
レイスの絶叫に怯えた小型の魔物が一目散に逃げ去っていった。
「どうしてと言われても、勝負としては分かりやすいだろう? 近くを通りかかる人々は旅路の安全が確保され、俺達は報酬をもらえる。一石二鳥じゃないか」
「オレらの勝ち目はほとんどねぇよ!?」
「……やはり、鬼か」
「何を言うか」
そんな言葉は、トレーニングと称して森の中を逃げ回る子供に向かって魔法を投げつけるような輩のことを言う。
思い出すだけでも足が震える。
軽く避けられるようになったからと言って、あの頃胸に刻まれた恐怖が消えてくれるわけでもない。
あんなものは敵にやられるだけでおなかいっぱいだ。
「リィル……昨日食堂でなにか言ったんじゃないですか? 講演会に行ってみたーい、とか」
「言ってないわよ!? 行きたかったらもっと早く言ってたわよ!!」
「キリハさんと二人で?」
「そ――……それは今関係ないでしょ!」
「今肯定しかけてた、です」
確かに急だったのは間違いない。
だが、どこかで戦闘を必要とする勝負はもち出すつもりだった。
それが、食堂で聞かされた話で早まっただけのこと。
地元民の噂話はやはり早い。おかげでルークさんにも驚かれてしまった。
あの様子を見るに、どうやら貼り出す前の依頼の内容を知っていたからだけではなさそうだったが。
アイシャ達が集まっていた後だった、とか。
「マユ……? このお菓子あげるからちょーっとその口閉じてましょうか……!?」
「もうそこまで子供じゃない、です」
「とか言ってじっと見てるじゃないの!」
「リィルさんは料理上手、ですから」
「というかいつの間に作ったんですか。そんなにたくさん」
しかしあの話が本当なら厄介なことになるのは間違いない。
既に実害も出てしまっている。対処しない手はないだろう。
あの食堂は勿論、各所の料理のレパートリーが途端に減る。大幅に減る。
リィルにお願いしてみようと思っていたあれも叶わなくなるかもしれない。
「んー、じゃあここにいる全員対キリハ君ってことでどう? それならいい感じに戦力も拮抗するじゃない?」
「……しかし、それだと、キリハの勝ち目が……」
しかしまさか、あの一言でここまで長引くとは。
アイシャに待ったをかけられるのは承知の上。しかしこの展開は微妙に想定外。
精々『勝ち目ないだろ!?』の後に少し騒ぐだけで終わるとばかり思っていた。
「何、大幅割引のハンデさえ撤回してもらえばやりようはある。それに……忘れてないか? 俺の魔法は別に剣を介する必要なんてない」
「却下! 絶対却下! その顔どうせなにか企んでるだろ!」
「……何を、やる気だ?」
まさにこういった具合に。企んでいるなんて人聞きの悪い。
ちょっとした考えがあるだけ、と言ったところで納得してくれそうな空気ではなかった。
日頃の信頼はどこへやら。これもその一環だとでもいうのか。失礼な。
確かに、他にも意外なことはあったが……
「私も反対。キリハと戦いたくなんてないし……」
「あたしも。……あ、ユッカやってみたら? いい機会じゃない」
「しませんよっ! やるわけないじゃないですか!」
「マユはあくまで観察役、ですから」
ああ、成程。今度はそういう建前で。やっと腑に落ちた。
本来であればそんな役目を付ける必要なんてない。
一応、規約には『場合によっては観察役を同行させる』といったニュアンスの文章もあったが、これまでそんなことになった試しがない。
「それり早く細かい場所を言いやがれってんですよ。森としか言わずにつれてきやがったじゃねーですか。魔物狩りなら総出でやらなきゃだめでしょーが」
「だから森だ。この森全域。クネイシーがおおよそ一〇〇匹。原因と思しき洞窟には近づけていないそうだ」
「レアム、帰る準備するですよ。ユッカ達も。馬鹿に付き合ってらんねーです」
「「バカじゃない!」」
「今のはそっちに言ってねーですけど?」
「だろうな」
俺が対象だろう。分かっているとも。
実際、常識的に考えればありえない内容だ。
「こんな依頼明らかに過剰でしょーが。危険に突撃してーなら一人でやれってんですよ」
「ああ。俺も最初はそのつもりだった」
「ちょっと? 初耳なんだけど?」
「……だったが、リットに声をかけようと思い直した」
「…………あの人に?」
どうしろと。
右も駄目、左も駄目。
リットの名前を出したのが間違いだったとでもいうのか。
他に戦力的な意味で声をかけても問題のなさそうな相手もいないのに。
ルークさんは立場的に支部から動くべきではない。
エルナレイさんに至ってはそもそもこの場にいない。
……やはりさっさと片付けるべきだったのでは?
「とにかく、話を聞いた時には無理に皆に来てもらうべきではないと思っていた。……だが、代わりに別の問題が浮上した」
「……べつの問題?」
「他にも同じような状況になっているかもしれない、ということだ」
だが、おかしな話でもなかった。
今度こそ自然現象。あの触手との関連性もない。
これまでの資料が証明している。幸いあれと違って何も分からないというわけでもない。
「教えてもらったのは今朝だがな。安易に別行動せず、状況を把握する。それならこの方が安全だ。勝負云々は取ってつけたに過ぎない。今イルエが聞かなければ、俺からこのことも全て説明するつもりだった」
その上でレイス達にある判断を委ねるつもりだった。
幸い出現した魔物――クネイシーの危険度はゴブリンと同等かそれ以下。
たとえばレイス達四人が組めば、問題なくいつも通りに倒せる程度の魔物。
森には似つかわしくない派手な赤と黒の紋様。
短く、太った蛇のような見た目。サイズは大きいもので二メートル程度。
森全体の数は多いが、森の面積に対して考えれば微々たるもの。
俺の方で仕留める数を思えばむしろ丁度いい。あまりの都合のよさに違和感を覚えるくらい。
事態の正確な予想は不可能に等しいそう。
それに、この町に住んでいたアイシャでさえ詳しくは知らないと言っていた。
資料はあっても、それだけでは意味がない。
「そりゃ、クネイシーなら普通に戦えるけどさ……いくらなんでも多くね? レアムたちの魔力だって限りがあるのに」
「数はあくまで目安だ。今は忘れた方がいい。本来なら個体数を正確に把握できている状況の方が稀だろう?」
「いつも全部察知してるのはキリハだろ……」
「だからこそだ。……俺に勝ちたいんだろう?」
やはり反応するか。
俺達がカウバにいた間。俺達と知り合う以前。
それを考えれば問題などない。ないのだが……他に戦闘経験を積めそうなものもない。
「言ったな? 今言ったな? いいぜ、乗った。絶対勝ってやるからな!」
「譲るつもりは、ない」
「……そーいやこいつらこうでしたね」
「バカばっかり、ってね」




