第129話 総会長
「ほう、気になるかね。知りたければ後で部屋に来るといい。存分に話し合おうではないか」
「受けちゃ駄目だからね。キリハ君。分かってると思うけど」
「勿論ですよ」
明らかに話題が変わっている。
最初は今回の企画の話かもしれないが、途中で変わるのが目に見えている。
「それよりさっきの君の質問だけど、答えは総会長だよ。僕が生まれるよりはるか昔にこの企画をヴェンアードで実行したのが全ての始まりなんだって」
「ということは何代か前の方なんですね。とても柔軟な発想の……それが今も続けられているという事は、効果も得られたわけですか」
「うん、確かに効果はあるそうだけど、その方は今も現役だそうだよ。もうかなりのお年の筈なんだけどね」
永世中立都市、ヴェンアード。
国と呼べる程の規模を持つわけではなく、しかしこの世界で最も安全とも言われる土地。
故に町へ一歩踏み入れるだけでも厳酷な審査が行われる、とか。
何せ協会の総本部がある場所だ。
そんな場所に迂闊に手を出せばどうなるかなど目に見えている。
最悪世界中から袋叩きだろう。
仕掛ける理由としては十分だ。普段、協会の存在をどう思っていたとしても。
「……オレも、聞いたことがあります。今も若者のような姿をされている、とか」
「若者? そういう種族だから、というわけではなく?」
「らしい。リーテンガリアが成立した当時すでに総会長の職にあったとも、言われてる」
「……それ以降、ずっと協会の総会長を?」
「何度か交代した事もあるそうだが、結局またその人に戻ったそうだ」
前言撤回。
とんだ長期政権の独裁者もいたものだ。
いや、そんな程度で済むものではないかもしれない。
確かリーテンガリアは既に成立してから一〇〇年の節目を既に迎えている筈。
その時点ですでに総会長という立場にあったのであれば、生まれは当然更に古い時代まで遡る。
長生きどころの話ではない。しかも外見は若者のよう。
それでいて長寿の種族ではないだと? そんな話があるものか。
しかし人型の使徒とも思えなかった。
世界ひとつとはいえ、その全土に影響力を持つ組織となれば間接的な支配も不可能ではないだろう。
自身の配下をそんな組織のトップとして君臨させようものなら確実に他の連中から後ろ指を指される事になる。
たとえそのつもりがなくとも、『他世界進行への駒にするつもりか』と難癖をつけるに決まっている。
わざわざ連中も無駄な争いの火種を作ろうとはしないだろう。大抵は。
「……そうなんですか?」
「どうしてそこであたしに振るのよ。あんただって聞いたことくらいあるんじゃないの?」
「え、ないですけど。全然」
「いやあるでしょ。絶対あるでしょ。子供の頃いろいろ聞かせてもらったじゃないの。龍の首を落としたとか」
「……あの話、総会長でしたっけ?」
「他はばっちり覚えてるじゃないの」
他に考えられるとしたら、突然変異のような事例だろうか。
しかし秘密があればとっくに解明されている筈。全員口封じをしようとしてもおそらくどこかからバレる。
魔力量と寿命に関係性はない。向こうで研究者たちが何年もかけて確かめた事だ。
俺に限らず反例は大勢いた。
あれだけの魔力を宿していたからこそ生きながらたとは到底……
この世界においてもおそらくそれは同じだろう。
魔力が寿命を延ばすという可能性は皆無と言っていい。
「落ち着きたまえ。それが自然だ。大抵の者は生涯を終えるまでに会うこともない。私から見ても雲の上の存在だよ。あの方は」
「成程……ですが、支部長ほどの方となればそういった場に招待を受ける事もあるのではありませんか?」
「おだてても無駄だよ。私でさえ声を聞いた事がある程度だ。ヴェンアードの民でさえその姿を直接見たものは少ないだろうな」
実質的な指揮権を既に譲渡しているのだろうか。
しかしそれでは過去の交代に説明がつかない。
そういった記録がひとつもないのであれば、単なる名誉職として片付けることもできたが……
制度の見直しなど遠く離れた土地の一冒険者に調べる術はない。
事実上の名誉職になっていようと、そもそも協会の本部からの指示が滅多に来ないと聞いている。
正直、俺もそこまでして調べようとは思えなかった。
「ついでにもう一つ補足しておこう。君が思っている程珍しい企画ではないのだよ。ここ数年の実施記録もかなりの数が残っている。このストラ支部――いや、リーテンガリア国内では、私の知る限り初めてだがね」
「となると、実施まで準備で大忙しですね」
「問題はない。我が支部の職員達は優秀だからな」
「だからって支部長が雑談してどうするんですか。そろそろ行きますよ。模範になってください」
「ま、待てルーク。もう少し。もう少しだけでいい! せめてこの前の光の秘密だけは――」
「研究なら得意分野でしょ。ほら早く」
「キリハ君! 後生だ! どんな些細な事でもいいからどうか私に!」
「ルークさんにはいつもお世話になっているので、すみません」
「そこをなんとかぁああああ――――……!!」
終わらない。『些細な事』だけで終わる筈がない。相手はあの支部長だ。
ルークさんが背中を物理的に押してくれなければしばらく続いていただろう。
まだ諦めていなかったのか。俺一人の力ではないと何度言ってもまるで納得してくれない。
それどころか俺のわかる範囲の事を教えてくれと頼まれる始末。
硬貨の詰まった麻袋を持ち出した時には本当にどうしようかと思った。
「でも、あんなの受ける人ほんとにいるんですかね? なんか協会の仕事ってやること多くて大変そうな感じしかしないんですけど」
「まさにそれを冒険者側に思い知らせるためのものなんだろう。トラブルを避けようと思ったらある程度監視の目も必要そうだが」
「そこまで怖い企画じゃない、です」
「だが、どこもストラのような町というわけではないだろう?」
所詮は俺の勝手なイメージでしかない。
それも、これまでの経験のおかげですっかり薄れかけていた。
多少の荒事はあって当然。
早々に大多数が行動不能になったとはいえ、迷宮に集まった中にも少々荒っぽい雰囲気のグループの姿は少なくなかった。
そういう意味なら、ストラが選ばれたのは町の気風もあったのかもしれない。
「なによ。あんた興味あるの? いいじゃない。こんな機会なんて滅多にないんだし。なんならあたしも受けるわよ?」
「言う程じゃない。そういう経験を積むのも悪くないと思っただけだ。もう少し考えてみることにする」
そこまでしてくれなくても、とは言えなかった。
リィル的にはおそらく、戦闘が絡まない事もプラス評価なのだろう。
実際には、協会の職員も何かあれば前に立つ必要も生じる筈。何かあれば。
あんな事件がそう何度も起きてたまるか。
「いやいやいや、考えすぎですよ。いいじゃないですか別に。協会の仕事で強くなれるわけじゃないんですから」
「ユッカちゃん、もしかして嫌なの? さっきからあんまりいい反応じゃないよね……?」
「苦手なだけじゃねーですか? そういう仕事とか。見るからに苦手そーですし」
「そ、そんなことないですけど? あちこちの手伝いしてましたけど? 凄いって言われたことだってあるんですから!」
「嘘おっしゃいよ」
懸念があるとすればギルバルグルスとあの男。
あの連中だけはいつ何を仕掛けてきてもおかしくはない。
「してましたー。言われてましたぁー」
「子供の頃に、とか言わないでしょうね。あたしと一緒にやったやつ」
「いいじゃないですか別に! それでも!」
ああ、ユッカもそんなムキになって……
「じゃあ、ユッカさんに決めた、です」
「……はい?」
そんなことを言ったらこうなる事くらい分かっていただろうに。
「だから、ユッカさんに任せる、です。得意みたい、ですから」
「え、ちょっと……え? うそですよね? 冗談ですよね? リィルもいるんですよ? なんでわたしに?」
「あんなに言うってことはできる筈、です。まさかできないから言ってた、ですか?」
「ぅ、ぐ……で、できますよ? できるに決まってるじゃないですか!」
……どうしてそこで変な見栄を張ってしまうんだろうな。ユッカも。




