第12話 情報を求める人々
注目を集めようと気にも留めない少女。
だが、さすがに無理だと悟ったらしい。目に見えて不満そうに窓口から離れた。
やっとか。そう思ったのも束の間。
「あの子、こっちに来てない……?」
何故かわき目もふらずこちらに近付いていた。他の冒険者はいいのか。
その向こうには『しまった』と言わんばかりの表情のルークさん。
事情は分からないが、協会がそのつもりなら喋らない方が無難だろう。
「ちょっといいですか? 聞きたい事があるんですけど」
「俺達に突っかかったところで大した情報は得られませんよ?」
「そんなことしませんよ!? なんでいきなりそんなこと言われなきゃいけないんですか……」
「さっきのはちょっとしつこかったような……」
ちょっとなものか。
あのまま引き下がらなかったら他の職員の介入があったのは間違いない。その辺りの加減を知った上での行動なら更に話は変わってくる。
「じゃなくて! 昨日町の外に出た魔物と戦った人のことを教えてほしいんです。知ってることならなんでも。お礼は……その、あまり出せないですけど」
「昨日? それって――」
「一人で大立ち回りを演じていた、という話なら。皆さんご存知だと思いますよ」
「!?」
努めて他人事のように答える俺を見て、案の定と言うかアイシャは目を丸くしている。
少女の方はそれに気付いていないらしい。とりあえず聞く相手は俺に決めてくれたようだった。
「それ以外にないですか? 戦い方とか、見た目とか、ほんとにちょっとしたことでいいんです」
「さあ、そこまでは……俺達も現場にいたわけではないので」
「う~……だったらしょうがないですね」
「すみません、力になれなくて」
「いいですいいです。ごめんなさい、時間を取っちゃって。えっと確か……お二人の成功を願ってます」
「あなたも」
さすがに見つかるといいですね、とは言えなかった。
先程とは打って変わってすぐに引き下がった少女はそのまま支部を去った。
どこかに身を潜めるでもなく気配は遠ざかっていく。
「……よし、行ったか」
落ち込ませてしまった事への罪悪感がないわけではないが、今回ばかりは諦めてもらうしかない。
問題ないと言えるようになった後で会う機会があれば、その時話そう。嘘をついた謝罪も含めて。
「言わなくてよかったの? それに、知らないなんて嘘までついて……」
「ルークさんが答えなかったのが引っ掛かってしまって。まあ黙らせておくつもりなら昨日の時点で何か言われていただろうから、余計な心配だとは思うがな」
さすがに察して当然なんて事はないと思いたい。
まあその辺りはルークさんがすぐに聞かせてくれるだろう。
「その予定だったんだけど、ちょっと状況が変わったんだよね」
「ひゃっ!? る、ルークさん!?」
「ごめんよ、急に。すぐ済ませるから」
状況が? 昨日話をしてから一日も経っていないのに?
妙な事もあるものだ。しかも俺達に直接的な被害は現状ない。
「特に急ぎの用事はないので。それより状況が変わったと言っていましたが、一体何が?」
「キリハ君達のことを聞かれたの、あれが初めてじゃないんだよ。今日だけでも他に九人。ちょっと多過ぎるんだよね」
「それはまた物好きな人もいたもので」
多過ぎるだろう。さすがに。
そんなことを知ってどうするのやら。逃げて来たという冒険者だったとしても、無理に探し出して感謝するような事ではないだろうに。
「茶化してる場合じゃないよ。さっきは君が誤魔化してくれたからよかったけど。もし聞かれることがあったら当面は同じように対応してほしいな」
不利益を被るわけでもないし、異論はない。そういう要請であれば従うまでだ。
だが……
「隠したところで町の人に訊けばすぐに分かることでは? さすがの協会も見物人全員の口止めはできないと思うのですが」
「さっきも八百屋さんで聞かれたもんね。『あの時戦ってたの君?』って。他のところでも話題になってたし」
「痛いところをついてくれるなぁ……」
正直俺も予想外だった。
地域に根付いたコミュニティはさすがと言うべきか、本当にあっという間に話が広がっていたのだ。
件の八百屋以外はあくまで『そういう出来事があった』程度のもの。しかし起きた内容はほぼそのまま広まっている。
「それについては二人の言う通り。でもまだキリハ君の名前は知られてないし、着てるのも普通の服――まあ、協会としてはあまりおすすめできないけど」
「あ、確かに……探しに行く?」
「別に急がなくても。武器もアイシャは知っているだろう?」
「防具は……? 毒を持った魔物に刺されたりすることだってあるんだから」
魔物に関して二人の知識に敵う筈がない。追々、追々探す事にしよう。
防げるから問題ない、などと言おうものなら両方から咎められるのが目に見えている。
「とにかく、普通のものだから逆に見つけづらいんだよ。その八百屋さんみたいに現場にいた人だとそうでもないみたいだけど」
「だからこそこれ以上下手に広まるのは防ぐべきだと。トラブルを避けるためにも」
「大雑把にまとめるとそういうこと。あ、試験を受ける前に装備だけは用意しておくようにね」
「……肝に銘じておきます」
チュニックにズボン、ブーツ。以上。
防具がなければ心配されるのも当たり前だ。
武器に関してもそう。魔法を使うと答えるにせよ素手だとさすがに無理がある。
アイシャから聞いた限りでは杖を始め補助道具を使うのが一般的のようだったから、ほぼ確実に。
ただ形を整えるのではなく、より扱いやすくするために手を加えられた品々を。
魔戦時代もそうした戦い方を選ぶ人は珍しくなかった。
俺の《魔力剣》も、ある意味では補助の役割を果たしていると言える。
「でも変な話だよね。秘密にしておいて、なんて」
「いいじゃないか。二人だけの秘密とでも思っておけば。吹聴するような事でもない」
「知ってる人は知ってると思うよ?」
それを言ったらおしまいだ。
現場にいた人達が知っているのは分かっているとも。
そんなやり取りを繰り広げている間にも、アイシャの魔力の調整を慎重に続ける。
今の時点で九発。そろそろ調整の手は止めていつも通り撃ってもらおうか。
「なんか、ごめんね? 毎回的を作り直してもらっちゃって」
「何を言っているんだ。それだけ命中するようになったという事だろう?」
「それはそうなんだけど……」
「まあまあ、その辺りは深く気にせずやってくれ。的を動かしたり複数体並べたり、プランは色々用意してある」
「いつの間に!?」
この程度で驚いてもらっては困る。
流れを整えた後、アイシャに撃ってもらった魔法の威力も上昇傾向にあった。
試験の日程次第ではそう遠くない内に魔物の討伐も始められるだろう。
概ねいい方向に進んでいると言っていい。
「そろそろ出て来てもらえますか? これ以上続けるならストーカーとして衛兵所まで引き摺りますよ」
だからこそ、余計な芽は早めに摘んでおくに限る。
姿を見せたのは長身の男。短くも派手な金髪の男だった。
支部にいた少女以上の軽装。防具のなさは俺といい勝負だ。
それでも最低限の得物は身に着けている。鞘の長さからして、おそらく短剣。
「そりゃ勘弁。気付いてたなら早く言ってほしかったね」
「他にやる事があるので」
動揺はない。この態度、おそらく俺が気付いていた事も知っている筈だ。
話をしている間にも距離を詰めてくる。距離をとったところで状況が長引くだけだろう。
「誰? 知り合い?」
「まさか。初対面だ。とりあえず、名前のついでに目的も聞かせてもらえるとありがたいんですけど」
「目的の方には心当たりがあるじゃねぇの? ほら、何処かで何か聞いたりとか」
「さて、なんのことだか」
「うわ冷たっ。……ま、いいや。俺はリット。見て分かるだろうけど通りすがりの冒険者で――」
俺が想像している通りならはっきり言って最悪。それ以上でも以下でもない。
「――君を捜していて、君が捜してた男が俺だ」
ストーカーから襲撃者に扱いを落とすだけだ。
ノーモーションの突き。五メートルの感覚を一瞬で詰めた一撃を《魔力剣》で受け止める。
男の側も本気ではない。昨日の変異種には遠く及ばない。振り払う前に男が飛び退く。
無論、そこで終わる筈がない。右手を狙った斬撃を逆手に持ち替えた《魔力剣》で受け止めた。
「さっすが。変異種とやり合ってただけあるな」
「感心している暇はおありのようで」
「いいぜもっと砕けた喋り方で。その方が楽だろ?」
丁度そうしようと思っていたところだ。本人がそういうなら遠慮なく。
遠ざけ、接近され、その度に刃が衝突を繰り返す。
一瞬に二度、三度と回数を増やし、そこでわざと相手はテンポを落とす。そしてまたすぐに勢いを増していった。
「それで? わざわざ登録して間もない冒険者のところに現れた理由は何だ。メリットがあるとは思えない」
「おいおい、つまんない冗談は止めろって。登録してからの期間なんてどうだっていいんだよ。噂のヤツがどれほどのものか確かめたかったから、さっ!」
その時、男の右手が増えた。
当然《氷壁》に阻まれた短剣は一振り。腕の動きを加速させ、相手にそう見えるよう仕向けたに過ぎない。
だが確かに氷の盾には三度攻撃を当てている。
「無言で魔法出すのは止めろって心臓に悪いなオイ。冷たいし痛いとか。攻撃したの俺なんだけどな?」
「知るか。自業自得だろう」
「ひっでぇ。まあ、それならそれで――!」
やはり重視しているのは攻撃速度。
今の倍の数で攻められても問題ない。また衝突を繰り返す。
とはいえさすがに威力を上げる手段の一つや二つ――
「やめてっ!!」
二つの刃が遠ざかった瞬間、烈火の弾丸が目の前を駆け抜けた。
俺が放ったものではない。
どことなく不安定な、しかし確かな怒りを灯した炎が男の足元で爆ぜる。
「えっ、ちょっ……は? は?? いきなり何さ?」
「誰か知らないけど何のつもり!? キリハはまだ七級なんだよ? いきなり攻撃してきたのはそっちでしょ!?」
振り返ると、自らが生み出した炎すら呑み込む程に怒りに燃えたアイシャがそこにいた。
一瞬、本当に一瞬だけ、別人かと疑ってしまう程の変貌だった。
「いやまあそうだけど、そうだけど! 話聞いてた? あいつも普通にノって来てたじゃん?」
「だから何!? それに今のだってキリハは攻撃を防いでただけで――」
「待った、待った!」
男とアイシャの間に割り込み大急ぎで彼女を止める。
これ以上はさすがにマズい。あの男に魔法が直撃してからでは遅い。
思わず剣幕に呑まれそうになってしまった。まさかあれほどまでとは……
「き、キリハ? 危ないよ。あの人また――!」
「大丈夫。大丈夫だから。心配させてしまった事は謝る。だから魔法をあんな風に撃つのは止めてくれ」
一度あの使い方を身体が覚えてしまえば最後、もう取り除く事はできなくなる。それだけは駄目だ。
本当に、本当にどうしようもない状況でもない。
「でも、そうしないとキリハが……」
「アイシャを置き去りにしてくたばるものか。今ここで約束する」
「ぅ……」
する側も、される側も。
あんな感覚を味わいたいと思える筈がない。誰かに体験させるなんてもってのほかだ。
「……俺ってば完全に蚊帳の外?」
うるさい。落ち着くまで黙っていてくれ。




