第102話 提示された条件
「――《フレイム》!」
ユッカが攻撃を弾いた直後。
リィルの掛け声と共に、ゴブリンは炎に包まれる。
既に疲弊していたゴブリンに灼熱を耐えられる理由などなかった。
次第に弱っていた炎も完全に消え、魔結晶だけが残される。
「今のが最後の一匹、です」
「そうじゃなきゃ困るわよ……今のだって、何匹いたと思って……」
「か、数えてないですよ……どうして鞘作ってもらうだけなのにこんなに戦わなきゃいけないんですかぁ……」
「魔物が多いからでしょ……採取って聞いてたのに、全然ないし……」
一〇匹もの群れを立て続けに相手したユッカ達には、落ちた魔結晶を拾いに行こうという気力すら湧かなかった。
今はただ、連戦で消耗した体力を一刻も早く取り戻したかったのだ。
魔物が大量発生している原因を考察する余裕などある筈がない。
「多分これのせい、です」
その中でも比較的体力に余裕のあるマユが提示したのは一枚の紙だった。
エルナレイの手紙とは比較にならない、ありふれた紙を小さくちぎったものだった。
「メモ? そんなのあった?」
「店を出る前にあの子から貰った、です」
「そういうことはもっと早く言ってください。なんですかこれ。青い石……?」
「よく分かんない、です。でも、見つけたら手を出すさないで、と」
「中から変な魔物とか出てきそうな見た目ですね?」
描かれていたのは深い青の正八面体だった。
それ自体ユッカ達にとっては奇妙なものだったのだが、店主の孫の言葉が更なる謎となって一同を悩ませる。
マユが渡されたメモにも詳細は記されていなかった。
色と形状、それから、赤く『触るべからず』と書かれているだけである。
「それと、多分、今の依頼と鞘作り自体は関係ない、です」
「……はいっ!?」
驚くあまり、ユッカは手から水筒を滑らせる。
幸い中身が飛び出すことはなかったものの、ユッカもリィルも既にそれどころではなくなっていた。
「普通のお店、なら、材料もちゃんと仕入れてる筈、です。採りに行かせるなんて無茶苦茶、ですから」
「あそこどう見ても普通のお店じゃなかったですけど」
「そういう話じゃないわよ。何か別の理由があるかもってことでしょ?」
リィルの問いにマユが頷く。
納得する一方、リィルも思ってしまった。
あの店主が見知らぬ誰かの取ってきた材料で作ろうとするわけがない、と。
実は、裏通りに店を構える老人と交流のある者達にとっては周知の事実だったのだが、ユッカ達がそれを知る術などない。
「じゃあなんですか。わたしたちに無駄なことさせてるってことですか。戻って文句言ってきていいですか?」
「やめなさいってば。まだ無駄って決まったわけじゃないのに」
「作ってもらえなくなったら大変、です」
「それはそうですけど……」
老人が依頼を提示した時、『必要なもの』と言っていた事をユッカはしっかりと覚えていた。
しかし嘘をつかれたこと以上に、余計なことに時間を使わせようとしていることに納得できなかったのだった。
「困ったら、おいしいもののことを考える、です。余計なことなんて、考えられなくなる、ので」
「「…………え?」」
「?」
気分転換を進めたマユ。
しかしその方法とは、ユッカもリィルも全く共感できないようなものだった。
お互いが首を傾げ合い、ユッカとリィルが導き出した結論は。
「ないですよ。さすがにないです。おなかがすくだけじゃないですか」
「食べた気にもなれる、ですよ?」
「なりませんよ!?」
マユのさも当然と言わんばかりの態度には通じなかった。
それどころか二人の反応が不満だと言わんばかりに頬を膨らませる。
戸惑うリィルだったが、ふと、枝が折られるような音を聞いた。
「ちょっと待って。さっきから何か聞こえない?」
「またまた~。それならすぐに分かりますよ。ね、キリハさ――……あっ」
「今日はいない、です」
いつものメンバーの中で異物の接近には誰よりも敏感なキリハ。
しかしキリハは今も町の中にいる。
そうするように相談し合った上で朝、エルナレイに教わった人物を訪ねたのだ。
「ユッカあんたねぇ……」
「わ、分かってますよ! 今のはあれです。いつものクセが出ちゃっただけですよ!」
「それだとまかせっぱって事になっちゃいません?」
不思議な音もすっかり頭の隅へ追いやってしまったリィル達。
そこへ再び、占い師としての肩書を捨て猶顔を見せないその人が現れる。
「はいはーい、昨日の今日でこんにちはー。どうです? 首尾は」
「教える理由がない、です」
「確かにそうなんですけどね? そこはもうちょっと妥協してくれてもよくないですかね?」
「よくない、です」
不審さの塊とも言えるその人をやはりマユは拒絶した。
先程より一層表情を硬くし、寄せ付けようとすらしない。
盾を突き出し、『これ以上先には入るな』とばかりに威嚇すら始める。
顔の見えないその人物の動きに合わせながら、ひたすらに。
「そんなケチケチしないでくださいよぅ。いっしょに夜を過ごした仲じゃないですか。ねー?」
「よ……っ!? へ、変な言い方しないでくれる!?」
「正気ですかなに言ってるんですかこんなところで!」
そんな態度を取られても元占い師に響いた様子はまるでなかった。
羽根のように盾の壁を躱し、徐々に徐々に距離を詰める。
「どうした、ですか? リィル、さんも、ユッカ、さんも……」
「純粋さの差が出ましたねー」
顔を赤くするユッカとリィル。
その原因が分からず戸惑うマユの隣で顔を隠すその人も楽しそうに笑っている。
そちらに気を取られるあまり、ユッカ達は誰も気づく事ができなかった。
自分達を包み込むほのかな光に。
「あ、ちなみに――」
見て見ぬ振りを続けるフードの女。
「さっきの足音、私も聞こえましたよ?」
突然纏う空気を一変させ、後方を指差した。
「は?」
「へ?」
それにつられたように、ズシン! とひと際大きな音が響く。
その衝撃に、思わずユッカもリィルもマユも揺さぶられた。
「その……リィル? 先にちょっとだけ後ろを見てくれませんか?」
「あ、あんたが見ればいいじゃない。いつも魔物探してるくせに」
「今日はもうたくさん戦ったじゃないですか! じゃあいいですよ。ふたりで『せーの』で振り返りましょう。せー――」
「ちょっとまだ心の準備が――」
慌てて振り向こうとしたリィル。
「見たことない魔物、です」
しかしそのときには既に、マユがその魔物の姿をシッカリ視界の中央に捉えていた。
「……なに? あれ」
「リィルも知らないのにわたしが分かるわけないじゃないですか。……強そうな感じはしますけど」
背丈はユッカとそう変わらない。
しかし、肩には獅子と象の顔。
獣のように発達した両腕に、鳥のような爪を持つ足。
二つの尾が鞭のように左右に揺れた。
「あんたも少しくらい手伝――って!? あいつどこ行ったのよ!!」
「逃げた、です」
「いいじゃないですか。あんな人のことなんてほっといてやりますよ!」
「あ、あ~ん……!」
真剣な眼差しを向けられては、俺も口を開く外なかった。
「どう? おいしい?」
「ああ、とても。」
「よかった。リィルちゃんといっしょに作ったけど、やっぱりちょっと不安で。……ほんとなんだよね?」
「勿論。誓って嘘じゃない」
誓えそうなものなどないも同然だが。
おかゆ、だろうか?
こちらでの正式名称は分からない。
しかしアイシャが膝の上に乗せたお盆に乗せられているそれを、俺の頭はおかゆとしか認識しない。
「ところでアイシャ」
「? なぁに?」
「何故、俺はこんな病人のような扱いを……?」
だが今はそれ以上に大きな問題があった。
ベッドの上。
傍の椅子にはアイシャ。
道を塞がれているように感じたのもあながち勘違いではないのかもしれない。
「ち、違うんだよ? ただちょっと、今日はゆっくりしてほしかっただけっていうか……」
「バスフェーで使った魔法の影響が残っていないか心配だから、か」
「……バレてた?」
「なんとなく。結果的にかなりの規模になったのも本当だからな。まあ、それもこれも感覚を取り戻すまでの辛抱だ。別にそこまで――」
「でも、まだその時の疲れが残ってるって聞いたよ?」
「……会っていたのか。あいつに」
「昨日はそのために来たって言ってたから。それから……キリハが前に魔法を使い過ぎて倒れた、って」
……そんなことまで。
アイシャが思い浮かべているのは昏倒とでも言うべき――それこそ、何年も前に起こったようなものだろう。
あいつもそう誤解させるつもりで話した筈だ。




