第101話 置いてけぼり?
(あいつ……とうとうこんなところにまで)
朝日が昇る頃。
部屋の中には覚えのある力の残滓が漂っていた。
それでいて、当の本人の姿はどこにもない。
(……よくもまあ、ここまで手の込んだことを)
訪れたのはおそらく、昨日の夜。俺が寝た後。
決して気を緩めたわけではなかった。
睡眠中でも最低限の警戒は続けている。あとからやって来たのならさすがに気付く。
しかし、今の今まで全くと言っていいほどにその存在を感じられなかったのだ。
「あ、起きた? もう身体は大丈夫?」
「ああ。すまない、変に心配をかけてしまって。……皆は?」
「ちょっと用事で。あはは……ごめんね? 置いて行っちゃったりして」
珍しい。こんなに早くから。
起きることはあっても出掛けるような時間じゃない。
トレーニングのつもりなら俺にも声をかけてくれていた。筈。
こんな時間から空いている店があるとは思えないが、まあ何かしらあるのだろう。
必要以上に詮索するものでもない。
「それは惰眠をむさぼっていた俺が悪い。なんてな。まさかアイシャは俺のせいで?」
「ううん、今日は最初からキリハといっしょにいるつもりだったから。この手紙も渡さなきゃいけないし」
そういうことなら一安心。
もし『先に出発した皆から、俺が起きるまで待つよう頼まれていた』なんて言われたらどうしようかと。
(ユッカ達もわざわざこんな時間から出掛けなくてもいいだろうに)
通りに目を向けてみたものの、やはり人影はほとんどない。
仕入れに使われるのは基本的に裏側。
やはりまだ、町が目を覚ます前の時間と言える。
「手紙? こんな時間に?」
「早く届けてって頼まれたみたい。これ、エルナレイさんから」
そんな時間に手紙が届いたということ自体、違和感のある話だった。
あの協会も年中無休で開き続けているわけではない。
最低限の事務手続きに限れば別だそうだが、まだこの時間、手紙が届けられることはない。
ストラとはわけが違う。
協会も宿泊先など把握していない筈だ。
何より既に、封が切られている。
『ごめんなさいね。急な連絡になってしまって。誘ったのは私の方だったのだけれど。
任務は無事片付いたから、この手紙が届く頃にはもう出発している筈。
この場所からとなるとカウバに着くのは……急いで一〇日といったところかしら。朝一番に協会で落ち合いましょう。
あの町、規模は小さくてもいいお店も多いのよ?
送れたお詫びに、着いたら紹介してあげる』
違和感はそこだけではなかった。
この一枚だけでは若干違和感がある。
どこかにもう一枚、最初のページがある筈。
先に見た筈のアイシャがそれを知らない筈もなく。
(……なるほど。それでユッカ達はこんなに早くから)
しかし、内容を知る手が全く存在しないわけではなかった。
「……なにがあったんでしょうね? すぐには行けないって」
「任務でしょ。仕方ないじゃない。特級ってすごく忙しいんだから」
「それは知ってますよ。でもそんな、急いでエルナレイさんを呼ばないといけないってかなりのことじゃないですか」
「でも、もう解決した筈、です」
忙しいならそもそも今回、カウバに行けるわけないんですけどね。
前はびっくりするくらい高いって言ってたのに。
どこから見つけたんでしょうね。あのお店。
ルークさんが知らないなんて珍しいってアイシャは言ってましたけど、大丈夫なんですかね?
他の町でぜんぜん噂も聞けなかったような店なのに。
それにしても何の音ですか? さっきからショキ、ショキって――
「あの……マユ? その野菜みたいなの、一体どこで買ったんですか?」
「さっき、あそこで」
「あんたちゃんと朝食食べてたわよね……?」
マユですか。やっぱりまたマユですか。
知りませんでした。マユがこんなに大食いだったなんて。
違うとか言って、朝だってわたしたちの倍くらい食べてましたよね。目をそらしてもごまかせませんよ。
キリハさんはセイチョウキ? だからって言ってましたけど……わたし、そんなに食べてないです。絶対に。
「食べた分のお金は依頼で回収、です」
「依頼が終わったらまたおなかが減りそうですね」
「そのとき、は――」
「やめなさいよそんな考え方。命が幾つあっても足りないわよ?」
「でもそうするしかないじゃないですか」
おなかが減ってたらなにもできないんですから。
マユはちょっと食べすぎてる気もしますけど。
依頼でもらえるお金より食べ物の代金がちょっとだけ多くなるかもしれませんけど。
「リィルが考えすぎなだけですってば。今までお金で困ったことないのに」
「今はね。今は大丈夫だけどいつまでも冒険者やれるわけじゃないでしょ。あとのことだってあるのに」
「やーめーてーくーだーさーいー! いいじゃないですかそんなこと! 今考えてどうするんですか!?」
「あんたねぇ……」
ほんとにリィルはあれですね。
なにからなにまで全部準備しないと気が済まないっていうか。
「リィルさんも欲しい、ですか?」
「違うから。朝のご飯でおなかいっぱい。それにもらったらあんたの分がなくなるじゃない」
「まだ他にもある、ので」
「ちょっと待ちなさい」
「?」
まさかそのかばんの中、食べ物ばっかりじゃないですよね?
「その中、他は? 着替えとかは大体置いて来たのよね?」
「軽食がいっぱい、です」
「……だから、その他には?」
「おやつと、ごはん、です」
「全部同じじゃないの!!」
「違う、ですっ」
どっちでもいいですよそんなこと。
リィルはいらないものまで入れてて、マユは食べ物ですか。
キリハさんもアイシャも助けてください。
「そんなことより! ちゃんとお店を探しましょうよ。どこにあるのかまだ分からないんですよ?」
この道にあるかも分からないんですから。
暗いし狭いし、表のお店の裏口ばっかりです。
ここしか入り口がないって、なに考えてるんですか。まったく。
「わ、分かってるわよ。暗いし狭いしなんでこんなとこに……」
「たぶんあそこ、です」
……ありましたね。
小さな看板の名前も同じです。
もっと汚い感じだと思ってましたけど、意外ときれいなんですね?
……なんか、ちょっと入りにくいですけど。
「ど、どうする? 入ってみる?」
「今じゃなくてもいいんじゃないですか? もうちょっと明るくなってからとか――」
「お邪魔、します」
「「マユ!?」」
まだ入らなくてもいいじゃないですか! ……もう!
「お、おじゃまし~す……」
変な音が鳴る扉を開けても、誰の声も聞こえません。
留守にしてるんですかね?
「――悪かったな、暗くて狭い店で」
「ひっ!?」
……お化けかと思いました。
しかもあの人、なんか怒ってません?
ここで会ったばっかりなのに。……って!?
「(リィルのせいですよ謝ってください! あの人めちゃくちゃ怒ってるじゃないですか!)」
「(あたし!? さっきのが聞こえてたの!?)」
「(他にないじゃないですか!)」
わたしはそんなこと思ってないです。
これっぽっちも思ってませんでしたよ。
このままじゃ作ってもらえなくなったり――
「こらっ! そういう態度やめてっていつも言ってるでしょおじいちゃん! せっかく来てくれたお客さん逃げちゃうよ?」
「お、おぉ、ミーナ。違うんだよ。別におじいちゃんも意地悪なんてしてないからね……」
……大丈夫そうですね?
「あっ、ひょっとして昨日の冒険者さん? ごめんね。おじいちゃん、ちょっとがんこなところがあって」
「は、はぁ……?」
誰でしたっけ。
こんなちっちゃい子の知り合いなんていませんよ?
「お姉さん、昨日魔物倒してくれた人だよね? ちゃんとお礼言いたかったんだ~」
「……ケッ、そんなのが何の用だってんだ」
「おじいちゃん!」
「おぉ、聞くよ聞くよ。……ほら、話せ」
やっぱりキリハさんのところに残っておけばよかったです。
これから何回もこの人に会わなきゃいけないんですか?
「その、さっきはごめんなさい。あたし達エルナレイさんに教えてもらってここに来たんですけど……」
「……エルナレイ?」
「そうですそうです。ちゃんと紹介状も書いてくれたんですよ。ほら」
「ほう……」
ほんとにここであってるんですよね?
鞘なんてどこにも追いてありません。
おじいさんが座ってる椅子と、わたしと同じくらいの高さの本棚だけです。
……お店、なんですよね?
「――本物か。そういうこと仕方ねぇ。何より孫の恩人だ。話くらいは聞いてやる。さっさと注文内容を喋りな」
さっきからほんとになんなんですか。この人。




