表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
Ⅰ 目覚めるリヴァイバー
10/691

第10話 甘酸っぱい香り

「――つまり君は、警備隊の二人が戦っているところへ割り込んだんだね?」

「間違いありません」


 魔結晶の回収やその他の調査は増援部隊に任せたものの、当然そのまま返してもらえる筈はなく。

 やってきた協会の職員に連れられ、俺達は支部の小部屋に集められていた。

 向かいに座っているのは二人。真面目な表情だが、威圧感はない。左手側の彼の魔力が飛び抜けて多い事くらいだ。


「待ってください。それに関しては俺から一つ。今回は彼が魔物の相手をしてくれたから大きな被害が出なかったって事だけは考慮してもらえませんか」

「そのようですね。話はこちらにも届いています」


 随分情報伝達は早いらしい。

 どこか高台から監視でもしていたのだろうか。外壁の中にそういう施設があってもおかしくはないが。

 ガルムさんの相方としてすっかり顔なじみになったイースさんの意見は肯定しつつ、膨大な魔力を有した青年は『ですが』と続ける。


「彼がまだ七級の冒険者だという事に変わりはありません。魔物との戦闘は極力避けるよう通達されているのはご存知ですよね?」

「そりゃまあさすがに」

「でしたら我々が言いたい事もお分かりですよね」

「……ですよね」


 協会の規約に見事に引っかかってしまっている。

 そのルールが定められた一番の理由はおそらく、新人が命を落とすリスクを下げるため。

 倒せるという自己申告を真に受けても不慮の事故が起こる可能性は否定できない。

 そもそも自身の能力を見誤っているというどうしようもないケースもある。


「大勢の目撃者がいるわけですから彼が倒したのは間違いないのでしょう。だからと言ってそのままにしておくわけにはいかないんです」

「「「…………」」」


 その言葉に、一層空気が重くなる。

 それを察してか、もう一人――くすんだ金髪を逆立てた青年が愛想笑いを浮かべて会話に交じって来た。


「まあまあ、今回に限ってはそんな深刻に捉える必要ないっスよ。ね?」

「その話は後だよ」

「ですね、すんません」


 小声のつもりでも六畳程度のスペースであればさすがに聞こえる。

 とりあえず即除名という処分はなさそうだ。アイシャにも申し訳ないし、それだけでも一安心。


「そして、今回彼が討伐した魔物の報酬に関しても同様です。申し訳ありませんが全額支給は行えません」

「まぁ、そうなっちまうか……」


 それはそうだろう。異論はない。

 むしろこの流れで支払われても困る。

 魔物討伐で稼ぐなら試験を受けた後でも遅くない。

 今回の変異種はある意味いい判断基準にもなった。その授業料と考えても高くはないだろう。


「長くなりましたが今回は非常事態だったことを加味し、厳重注意の形に留めます。……君もあまり無茶はしないようにね」

「気を付けます」


 最後に付け加えた一言だけは素の言葉のように思えた。

 そしてやっと聴取は終了。向かい合う職員の二人も肩の力を抜いている。


「――とまあ色々言ったわけだけど、僕個人としては君の判断は正しかったと思うよ。中々できる事じゃないしね」

「恐縮です」

「あ、楽にしていいよ。見ての通り堅苦しい話は終わりだから。警備隊のお二方もご協力ありがとうございました」

「いえいえこちらこそ。じゃあ俺達はこれで」

「おじさん、ちゃんと休んでね?」

「分かってる。隊長から休暇出されちゃ休むしかねぇよ」


 いつの間にそんな事に。

 アイシャの話だと相当負荷がかかっていたそうだがそれを見たのか。

 まあしっかりと休めるのならそれが一番いい。多少の穴埋めが必要になってしまうのは仕方がない。


 ガルムさん達を見送り、俺達も職員の二人に連れられ外へ向かう。

 大きな建物だと思っていたが裏側の部屋数も中々。案内がなければ迷っていたかもしれない。

 そのまま無言が続くかと思われたが、例の魔力の多い彼によって沈黙が破られる。


「それにしても驚いたよ。初心者とは思えない魔力の量だと思っていたけどあんなに強かったなんて」

「はい? っと……すみません。どこかでお会いした事、ありましたっけ?」


 微妙に引っ掛かりを覚えるような、そうでもないような。

 少なくとも『向こう』の知り合いではない。だとしたらいつ、どこで?


「覚えてない? 君が登録に来た時に担当したと思ったんだけど」

「登録の?」


 確かあの時は微妙にぼーっとした男性に頼んだ筈。

 そう。丁度彼のような亜麻色の色をしていた。眼鏡もどことなく似ていて――ああ、そういうことか。


「あなたでしたか。すみません、気付けなくて」

「仕方ないっスよ。センパイ寝ぼけてると全然雰囲気違いますから。それでも仕事はちゃんとやるからさすがって感じっスよね」

「別に寝ぼけてたつもりじゃないんだけどね……はは」

「本当に、本っ当にすみません」


 何故気付けなかったんだろう。これだけの魔力の持ち主だというのに。

 隠蔽しているわけでもないのだからすぐに分かった筈だろう。


「気にしなくていいよ。実際、ライザが言ってるのも本当のことだから」

「いえ、そういうわけには」

「大丈夫だよ。次会うまでに覚えてくれれば」


 さすがにもう間違えない。おそらく。

 これから話を聞いてもらう機会も増えるだろう。どうせなら見知った相手の方が俺としてもやりやすい。


「折角だから僕の方からも自己紹介しておくよ。僕はルーク。改めて、よろしくね」

「キリハです。こちらこそよろしくお願いします」

「あ、アイシャです」


 落ち着いた雰囲気の青年。そんな印象だった。

 むしろどういう理由であの寝ぼけ状態になるのか気になる。


「じゃあ自分も。ライザって言います。絶賛恋人募集中なのでそこんとこよろしくっス!」

「その情報はいらないよ、ライザ」

「同感です」


 何故今この場でその情報を付け加える必要があったのか。

 はつらつとした表情で言われても冷たい視線を向けるしかない。ルークさんもそれは同じのようだった。


「二人とも乗り悪くないっスかー? ね、君もそう思わない?」

「私もちょっと今のは……ごめんなさい」

「マジっスか。え、誰もそういうのないんスか?」

「少なくとも今する話じゃないですよ。それとアイシャを変な話に巻き込まないでください」

「おっと、ガードが固い」

「なんの話ですか……」


 当たり前の事を言っただけだろうに。

 接しやすいと言えば確かにそうだがそれにしたってノリが軽い。


「じゃあその甘酸っぱい香りも異性の気を引くためだったりするんですか? さっきからずっと気になっていたんですけど」

「えっ、甘酸っぱい? そうっスかね? どうですセンパイ?」

「んー、言わてみれば……? どうしたの、これ」

「えー?」


 気付いていなかったのか? こんな分かりやすいのに?

 だが確かにルークさんを含めあの場にいた誰も何も言わなかった。

 窓を開けて換気していたとはいえあの香りが全く気にならないという事があるだろうか?

 俺自身、あまり神経質な方ではないと思っている。だが全員からこんな反応をされると自分の感覚に問題があるのではないかと思わずにはいられなかった。


「何かの拍子についちゃったんですかねー。ちょっと覚えにないっス」

「意識しないと分からないし大丈夫だと思うよ。キリハ君こそよく気付いたね?」

「慣れない香りだったからかもしれません。特段鼻の利く方ではないので」


 逆に考えればこの世界の住人、とまではいかないにせよ、ストラの住人にはそれだけ馴染みのあるものという事。

 だが他の誰からもそんな匂いはしない。何かあったのは間違いなかった。


「あ、ロビーが見えて来たね。それじゃあ僕達はここで。二人とも、お疲れ様」

「「ありがとうございました」」


 気にならないと言えば嘘になるが突いても仕方がない。あの香りだけではすぐに行き詰まる。

 それに今は他にやることがある。魔物の出現に中断せざるを得なかったからと言ってそのまま終わりにはできない。


「でもちょっと残念だよね。折角あんなに頑張ってたのに……何もないなんて」

「規約は規約だ。仕方がない。それよりどうする? アイシャさえよければもう少し魔法の練習をしておくのも悪くないと思うが」

「駄目だよ、キリハもちゃんと休まないと。怪我してなくてもさっきまで一人で戦ってたんだから」

「いや、別にそこまでしてくれなくても――」

「ちゃんと休んだ方がいいって言ったのはキリハだよ?」


 ……これは反論しづらい。

 丁度あの時のアイシャも『大丈夫だから』と言っていた。傍から見れば状況はそこまで変わらないだろう。

 そして当然のように足はアイシャの家に向けられる。


「いつまでも甘えるわけにはいかないのにな……」

「なんで? 魔法の練習に付き合ってもらってるのは私なのに」

「だとしてもだ。そういう意味なら報酬の一部だけでももらえないか頼んだ方が良かったかもしれない」

「気にしなくていいのに……」


 そういうわけにはいかないだろう。

 宿代と食事代だけでもそれなりの額になる筈。厚意に甘えてばかりはいられない。

 別離の為ではなく、これからを続ける為にも。


「あ、今日だけはちゃんとゆっくりしてね? お母さんには私が言うから。ね?」

「……善処はする」

「絶対だよ?」


 この調子だと動こうとしただけでも抑えられそうだ。

 この押しの強さはどこから来るのか。勿論、嫌なわけではないが。


「今日のご飯は何だろうね? カシュルがあったらいいなー」

「カシュル?」

「あ、うん。近くで採れる果物。ちょっと酸っぱいけど甘くて美味しいんだよ」

「ああ、そういえばあったな、そんな依頼も」


 近くと言っても多少足を延ばさないと採取できないようだからつい選択肢から外してしまっていた。

 それにしても、偶然だろうか? アイシャが語ったカシュルの特徴に引っ掛かりを覚えずにはいられない。


「それにしてもどうして急に? 気になるなら帰り道に探すというのも……」

「ううん、そこまでしなくていいよ。ちょっと食べたくなっただけだから。さっきはそんなことなかったんだけど、なんでだろうね?」


 急に?

 アイシャの話だと協会を出た後の事らしい。特に見かけたわけでもなく、思い出したように食べたくなった、と。


「ちなみにアイシャ。そのカシュルという果物、香りが強かったりするのか?」

「へ? そんなこと……あ、でも潰しちゃうと匂いが残りやすいってお母さん言ってたよ。それがどうかした?」

「……いや、ちょっとした興味本位だ」


 潰すと香りが残りやすい。なるほど。


 思い過ごしであればそれでいい。一応、記憶だけはしておこう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ