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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
Ⅰ 目覚めるリヴァイバー
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第1話 終わりと始まり


 暗闇を、一筋の閃光が貫いた。


 虚空を斬った一撃。その余波にあおられた周囲の木々は大きく揺らぐ。

 朽ちた木々も、大気も、その他その場にあるあらゆる存在が二つの力の衝突に恐れ、震えていた。


 二つの影がぶつかり合う。

 たったそれだけで周囲の硬く舗装された筈の地面に亀裂が走る。枯れ木は塵へと変えられる。


 その元凶の一人は、黒のスーツに身を包んだ青年だった。

 その右手に握られているのは光の剣。轟く稲妻のような魔力を散らし、一振りごとに嵐を起こす両刃の長剣だった。

 青年自身の手によって彼が最も扱いやすい大きさへと整えられた、彼の魔法。


 自身の足の長さとそう変わらないそれを、彼は重量など存在しないかのように軽々と振るう。

 時に荒れ狂う獣のように激しく、また時には狩人のように的確に急所を突く。

 しかしながらどれも致命傷に至ることはなかった。ことごとくが金属の塊によって阻まれる。


 青年の標的。惨状を作り上げたもう一人の元凶。

 彼の視線に常に捉え続けられているその男は深い皺を幾つも顔に刻んでいた。

 この状況でありながら、年老いた男は柔和な笑みを浮かべていた。しかし、その瞳に感情というものは全く宿っていない。


 暗闇の中に解けてしまいそうな正装の青年とは対照的に、老人が身に着けていたのは目立ち過ぎる程の白。

 まさしく純白と言うべき衣を翻す。


 その右腕には年老いた上にやや細身の身体には不釣合いな大型の金属塊。

 複雑怪奇な紋様が刻まれたそれは地上のあらゆる物質を用いても再現不能とさえ評された。

 青年の剣を難なく弾くそれは、強度その他何もかもが常軌を逸している。


 本来その世界にあってはならないモノ。


 青年はその事を誰よりもよく知っていた。

 どういう物であるか知っていながらもなお、彼は攻撃の手を緩めようとしなかった。


 斬撃に留まらず、灼熱を起こし、光を降らせ、線のような激流を差し向ける。


 いつまでも続くかのように思えた攻防。状況を先に打ち破ったのは青年だった。


 紅蓮を纏った青年の左足が老いた男を捉え、その身を一瞬中へ放ったのだ。


 瞬間、右手を大きく後ろへ下げ間髪入れずに前方へ突き出す。


 直前まで確かに剣だった筈のそれは、青年が逆手に持ち替えた時点で槍へと姿を変えていた。


 青年のやや大振りな動きの隙を突き老人は大きく引き下がる。


 しかしそれも青年にとっては予想通りだった。


 勢いそのままに青年の手を離れた光の槍は回転し、やがて小さな渦を巻き起こしながらも一直線に延びる線のように老いた男へ瞬く間に迫る。


 しかし、その次の瞬間には老人の姿が忽然と消えていた。


 逃げた。そう認識した時点で青年の身体は既に次の行動を開始していた。

 その手にはまた、先程の物と全く同一の光の剣。


 腰を捻って上半身を後ろへ向ける。その勢いを乗せられ振られた剣はすぐに動きを止めた。青年の眉間に一層皺が寄る。


 直後、飛び退いた青年の足元を無数の光が貫く。激しく、執拗に、青年を追い立てながら。


 対して地面を蹴り上げた青年は空中でその身を翻し、同時に翼を広げた。

 自身に迫る光の大蛇の群れを潜り抜けた青年は空へ駆け上がる。


 老いた男も青年を追うように上空へ転移し彼を見下ろす。焦りとは無縁にも見える表情で。


 今日という日に至るまで、自らを追い続けた障害を。差し向けた刺客をも退けた脅威を。


 老いた男の内心も決して穏やかなものではなかった。

 最大の計画が狂わされた老人にとって、宙を舞う青年はこの場で跡形もなく消滅させる以外にない存在だった。


 結晶に覆われた僅かな舞台を魔法(ちから)が破壊し、それを闇が飲み込み、今度は光が喰らう。


 そして再び深淵に支配され――また、刃が切り裂く。


 本来人々が集う広場は最早その原形を留めていなかった。


 炎に焼かれ、水に呑まれ、風に裂かれ、雷に貫かれ、氷に閉ざされ――それでもなお、結晶のドームに封じられている。


 そうでなければこの空間は完全に崩壊していただろう。天変地異を抑え込む結界さえ、両者の衝突に悲鳴を上げた。


 この地で行われる筈だった儀式はもう動き出すこともない。

 ただ、その場に在る二つの存在が相手を討ち滅ぼすためだけに力を振るい続けていた。


 青年は元よりそのつもりでこの地に赴いた。


 老いた男は、計画の完遂後間もなく葬られる筈だった存在に自らの力を行使せざるを得なかった。


「っ、く……」


 不意に、青年が苦悶の表情を浮かべた。


 攻撃の手が僅かに緩む。途端に闇が辺りを一気に呑み込んだ。


 それは一〇年以上続く戦いの中で、苦境を乗り越えるために払った代償が蓄積したものだった。


 本来、青年はその身から溢れ出すほどの魔力を手にする筈のない存在だった。

 故に、彼の身体も凄まじい勢いで増え続ける魔力に適応し切れなかった。

 青年に残された時間は長くない。未だに力を振るえること自体奇跡に等しいものだった。


「ァ……っ!?」


 ほんの僅かな、しかし致命的な隙を突かれて放たれた閃光に青年は脇腹を貫かれる。


 辛うじて致命傷こそ避けたものの、既に満身創痍の青年にとって悪い意味で大した差はなかった。


「ほらほら、どうしたのかなぁ!」

「がはっ……!?」


 思わず青年は負傷した部分に手を伸ばそうとした。伸ばそうとしてしまった。


 しかしそれを上回る速度で彼の鳩尾に老いた男の右足が叩きつけられる。

 取り繕うことすらせず、本能を剥き出しに放たれた一撃。


 無防備な状態で蹴りを受けた青年の身体は容易く吹き飛ばされ、勢い余って地面を転がっていった。


 剣を突き立てることで無理矢理に制止をかけた青年。


 辛うじて体勢を整えるも、既に老いた男は間近へと迫っている。


「ァァァァァァ――――!!」


 絶叫。


 追って、凄まじい魔力が大気を切り裂く嵐となって吹き荒れる。

 回避の術も無く、牙を剥いたそれは老人の身を何度も何度も引き裂いた。


 自爆に等しい一撃。

 消耗し切ったところへ暴力の塊をぶつけられた爺は動かない。


 一方、こんなもので終わる筈がないという確信が青年にはあった。


「っはぁ、はぁ、はぁ……っ!」


 青年は胸部を押さえながらも、残された僅かな力を振り絞って立ち上がる。


 身体中から聞こえる苦悶の叫びを捻じ伏せ、額を垂れ続ける血を拭い、紅の混じった視界に老いた男を収める。


「――っ」


 再びその手に光の剣を握り、駆け出した。


 既に老人以外のあらゆる存在は視界から排除され、一方、脳裏には大勢の姿が浮かんでいた。


「この……!」

「懲りないなぁ!」


 一直線の単調な動き。速度も次第に鈍っていった。

 しかしそれでも青年は突き進む。


 辛うじて身体を起こした老人もまた疲弊し切っていた。

 血肉を絞り、風前の灯同然の命しかない青年へと何度も殺意を放つ。


 だが、青年の防壁を破るには至らない。


 老いた男の元には下級の個体すら残されていなかった。


 瞬きする間すら稼げないとしても、肉壁となる駒さえ残っていなかった。

 当然、新たに作り出す余力もない。先程の爆発を受け、転移のための力さえ削り取られていた。


「く……」


 青年へと迫る銃弾が不可視の壁に阻まれていく中、二者の距離は瞬く間に詰められていく。


 目と鼻の先まで青年は迫り、銃弾の嵐も止む。

 老人の首を光の剣が確かに捉えていた。


「――……!?」


 しかし、刃は届かなかった。


 敵を斬り裂くことなく、突如虚空に消えてしまった。


「しまっ――」


 青年が認識したその時、老いた男の酷く醜悪な笑みが目の前にあった。


「ぃぎっ……!?」


 一瞬の、しかし致命的な隙。


 驚愕の瞬間、老人の左手に握られた装飾銃が何度も火を噴いた。

 限界をとうに超えた身体がとうとうその場に崩れ落ちる。


「ち、イ……ッ!」

「よくもここまで、散々やってくれたよねぇ……ゴフッ……でも、これで終わり。全部終わりだよ。ふっ、はははっ!」


 憤怒の表情で見上げながら。

 最早満足にその身を動かすことすらかなわない青年を見下ろし老人はさも愉快そうに口を三日月に歪めた。


 長年待ちわびたその瞬間を前に肩を震わせ、嗤い声を漏らす。

 青年に抵抗するだけの力はもう、ない。


 老人にはその先のことなどもう頭になかった。


 ただ、かつて少年だった彼を始末できることに思考の全てが支配されていた。

 口の中に溜まった血液も、感覚が薄れていく左腕も、老人にとっては取るに足らないことだった。


「――サヨナラだ」


 短い別れの言葉に積年の恨みを込めた老人は躊躇無く引き金を引く。


 そして、青年の脳天を、光の弾丸が――






「……最悪だな」


 意識を取り戻してすぐに口から飛び出たのは悪態だった。

 かつての地獄の一端を見せられ、他に言葉が出る筈もない。そんな記憶しか再生できない、自分自身への悪態だった。


「こんな姿、見せられないな……またあいつに余計な心配をかけること、に……」


 慣習化された行動を矯正するのは容易ではない。

 とっくに動かなくなった身体を無意識的に起こそうとしてしまう自分に呆れる。それがここ最近の常だった。


 ところがどうだ。今俺は確かに身体を起こし、支えもなく姿勢を保つことができていた。


 見飽きてしまった白い天井も見当たらない。

 生い茂った葉の間からは雲一つない青空が垣間見え、優しく吹き付ける風が心地よい涼しさを運んでくれる。

 今の今まで地面に寝転がっていたのに痛みがないのは、生い茂った植物のおかげだろう。


「……まだ夢の中にでもいるのか、俺は?」


 我ながら呆れたやつだと、深いため息と共に右腕を伸ばしてみる。

 違和感はない。しっかり動く。問題のない、健康体の動きそのものだ。


 だが、それこそが異常だった。


 あり得る筈がない。こんな状況など、決して。

 あまりに自然豊かな環境を前に忘れかけていたが、あっていい筈がなかった。

 もしこれが夢だというなら、そんな願望を捨てきれていない自分自身を叩きのめしただろう。

 そのくらい、現実離れした体験だった。


「何よりこんな吹きさらしの病室がある筈は……一体全体、どうなって」


 一方で、久方ぶりに動くようになった身体はこの状況が現実であると訴えかけている。

 俺もその可能性を完全に否定することはできなかった。夢と言うにはあまりに感覚が生々しい。

 とりあえず調べてみないことには何も言えない。周囲の景色に見覚えがない。

 そう思って立ち上がろうとした、まさにその時。


「来ないでぇ――――!!」


 甲高い、悲鳴のような声が鼓膜に響いた。


 聞き覚えのない声。その言語も、記憶にはない。

 だが間違いなく『来ないで』と何かを拒絶していた。叫んだと言ってもいい。

 意味を解せたことなど今はどうでもいい。穏やかな状況でないのはほぼ確実。


「間に合ってくれよ……!」


 状況は分からない。むしろこの僅かな時間で謎は増えている。

 だがその方向を目指す以外の選択肢など最初から存在しなかった。

 はっきり聞こえたという事は、そこまで距離も離れていない筈。


 能力の低下と感覚の鈍化。短くなかった寝たきりの日々が今はどうしようもなく恨めしい。

 かつて、戦いの最前線にいた頃とは言わない。それでもせめて今よりもう少しだけ状態が良かったら。

 たとえそれが僅かな差であっても、追われている人物の居場所をより早く特定できた。声の主が瞬きをする間にその場に辿り着けていた。


 無駄だと分かっていてもそんな考えが頭から離れない。その間にも足は、身体の動きは加速していく。

 間違いなく気配には近付いている。おそらくもう少しで見えて来る筈。


「あれは――!」


 そして、その予想は正しかった。


「あれは…………何なんだ、あれ?」


 誰かが何かに追われているという、誰にでもできる当たり前の予想だけは。


頂いた意見を元に、『老いた男』に関する表現を修正(2021/05/30)。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘シーン、情景や心情の描写が素晴らしく、よく伝わってきました。
2021/10/13 09:14 退会済み
管理
[良い点] 文章力があるなと思いました。 [気になる点] 「青年」「老人」「男」の表現あり、混乱が起きます。たぶん「男」は「老人」を指すのでしょうが、同じ人物を二種類の呼び方で書いてあるので、混乱しま…
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