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7 狼の男の子


 作戦会議をする中で気づいたのは、カーテンを結んだ即席ロープでの脱出では外には出られても、帰るとき困るということです。


 わたしとしたことが、不覚でした。

 外に出たいという気持ちがはやって冷静さを欠いていたみたいです。


「なー」


「気をつけないとダメだよ」という風にねね先輩が言いました。

 気をつけます先輩、と耳の裏を撫でると気持ちよさそうに先輩は目を細めます。


「ハーシェル様に気づかれずに出入りできる方法があればいいのですが」


 クラリスは思案顔で口元に手をやります。


 気づかれずに出入りする方法、ですか。

 それなら、心当たりがあるかもしれません。


「少し取ってきてほしいものがあります」






 わたしが取ってきてもらったのはお屋敷の設計図と大工道具でした。


「どうしてこんなものを……?」


 首をかしげるクラリス。

 わたしはお屋敷の構造を頭に叩き込みます。

 それから、壁にかかった大きな絵画を外して、音を立てないように鋸で壁に穴を開け始めました。


「あ、アリア様!?」

「安心してください。わたしはこの手の作業に関しては熟練者です」


 何年も毎日こればかりしていましたからね。

 音を立てないよう、お屋敷に細工するのは得意技。

 スプーンとフォークでやっていた頃を思えば、こんなの朝飯前です。


「な、なんて見事な手際……」


 クラリスはびっくりしていました。

 ふふふ、なかなか気持ちいいですね、これ。


 それから二週間、わたしはお屋敷の隠し通路作りに励みました。


「ハーシェル様が外に出られました。チャンスです」


 クラリスが私に逐一外の情報を教えてくれます。


「了解です」

「なー」


 隠し通路作りチームの長であるねね先輩がうなずきます。


 フランベール家のお屋敷では、十数名の日常的に出入りする人たちを相手に、一度も気づかれることなく隠し通路作りを完遂したわたしです。


 ハーシェルさんが優秀とは言え、一人でわたしを止めることはできません。


 二週間後、隠し通路は無事完成。

 わたしは遂に、誰にも悟られずに外に出る手段を手にしたわけです。


「完成しました。早速今日、少し外に出てみます」

「わかりました。ハーシェル様に気づかれないよう私も協力しますね」


 クラリスは言います。


「でも、あくまでお庭の中だけにしてくださいね。外は危険な獣や魔物がいます。狼の獣人がお屋敷の近くをうろついているという話もありますし」

「獣人さんが近くにいるのですか!」

「ええ。そう聞きましたけど」


 なんということでしょう!

 求めていたもふもふ獣人さんは意外と近くにいたみたいです。


 しかも、狼さんだなんて!


 お話ししてみたい! 仲良くなれたらいいな!


 期待に胸を弾ませつつ、わたしはたっぷりお昼寝をして夜に備えました。


「行ってきます」


 わたしの言葉に、


「お気をつけて。お庭の外に出てはいけませんからね」

「なー」


 クラリスとねね先輩が言います。

 わたしは、絵画の裏に開けた穴から隠し通路へと足を進めました。


 換気口を伝い、通路内にある長い梯子で一階に降ります。


 桃色の石楠花が咲き誇る茂み。その陰に作った隠し扉から、わたしはお屋敷の庭に降り立ちました。


 お屋敷から見られないよう気をつけながら、ふかふかの芝生を歩きます。

 放置されていたお屋敷の庭園ですが、後で来る人が苦労しないよう配慮してくれていたのでしょう。


 全体としては綺麗な状態です。

 しかも、伸びている草木のおかげで、こんなに堂々としていてもお屋敷からは見えません。


 真っ暗な夜の中、裸足になってわたしは芝生の上をくるくる踊りました。


 自由! 今わたしは自由です!


 誰もわたしを見とがめる人はいません。

 この夜のすべてがわたしのものになったような気がしました。


 気のせいなのはわかっているのですけどね。

 でも、そんな感じがしたのです。


 お屋敷の外で何かの気配がしたのはそのときでした。

 わたしはかがみ込んで息を潜めます。

 隠れてお屋敷を行き来していた地下生活の中で、わたしの気配察知能力はかなり向上していました。


 何かは、お屋敷の塀を跳び越えて庭に降り立ちます。

 身体はわたしより少し小さいくらい。

 きょろきょろと周囲を見回してから、足音を立てないようお屋敷に近づきます。


 人間の子供?


 体躯的にはそんな感じです。

 でも、そんな子がこんな辺境にいるわけがありません。


 不意に雲間から覗いた月明かりが彼の髪を照らしました。

 銀色の髪の隙間からちょこんと顔を出したそれは――獣耳!


 獣人さんです!

 念願の獣人さんが目の前に!


 もうわたしは大興奮でした。

 しかし、悟られるわけにはいきません。

 息を潜めつつ獣人の子供の姿を目で追います。


 中性的で綺麗な顔立ちの子でした。

 女の子? いや、多分男の子ですね。


 狼の少年はわたしより年下に見えました。

 人間で言うと、十歳くらいでしょうか。


 おお! 尻尾もあります!

 もふもふです!


 低い位置に下げているのは、不安や警戒の表れでしょう。

 年の割に落ち着いた男の子に見えました。


 クール系です。

 わたしと同じですね。


 でも、どうしてこんなところに?


 疑問に思うわたしの目の前で、男の子はお屋敷の窓に手を伸ばします。


 開かないことを確認してから、持っていた石を小さく振りかぶって――


「もしかして、泥棒さんですか?」


 狼の少年の動きは機敏でした。

 すぐに身体を反転すると、素早い身のこなしで庭の外へ向け走ります。


 いけません!

 これでは折角の仲良くなるチャンスが!


「逃げないで! わたしは味方です!」


 背中を追いかけますが、走るなんて全然していない身体では限界がありました。


「へぶっ」


 足がもつれて芝生の上に転倒します。

 頭からいってしまいました。


 痛い……。

 逃げられてしまった上に、顔をぶつけてしまうなんて。

 泣きっ面に蜂とはこのことです。


 やわらかい芝生の上で、冷温停止していたわたしに、降ってきたのは声変わり前の高い声でした。


「大丈夫ですか?」


 顔を上げると、狼の男の子が少し離れたところからわたしを見ていました。


「戻ってきてくれたのですか!」

「お姉さんどんくさそうだから、警戒していればいつでも逃げられそうだなって」

「そうですよ。わたしはどんくさいです。安心してください」


 今日ばかりは走ったりできなかったお父様の教育方針に感謝です。

 だって、おかげで女の子みたいにかわいい狼の男の子とお話することができるのですから!


「誇らしげに言うことじゃないと思います」


 少年はじっとわたしを見つめて言いました。


「味方ってどういうことですか?」


 なるほど、咄嗟に言った一言が気になって足を止めてくれたみたいですね。


「もし泥棒だったとしても、あなたを捕まえるつもりはありません。むしろ協力したい立場ということです」

「その言葉、全然信用できないんですけど」

「どうしてですか?」

「だって、お姉さん高そうな服着てますし。この家の人ですよね、明らかに」


 騙して捕まえようとしてると思っている様子でした。

 これはいけません。

 なんとか、わたしが彼に好意的な立場であることをわかってもらわないと。


「事情があるんです。あれは、わたしが七歳のときのことでした」


 わたしは話し始めました。

 自分のこれまでのことを。

 今、こうしてここにいる理由を。






「――というわけで、わたしは今ここにいるわけです」


 話し終えたわたしを、狼の男の子は疑い深げな目で見つめました。


「全然信用できません」

「な、なんでですか?」

「だってその話、どう考えても荒唐無稽すぎですし」

「純度百パーセント、混じりっけなく本当のお話なんですけど」

「子供だからってバカにしてますか? 嘘か嘘じゃないかくらい、俺だってわかります」


 むむむ。

 なぜか疑われてしまっているみたいです。


 嘘なんてひとつもついてないのですけどね。

『暗黒魔法使いアリア』を執筆した件なんかは、こっそりなかったことにしておきましたが。


「あなたみたいな貴族家のご令嬢がお屋敷に隠し通路を作るなんてありえないですから」

「なるほど。普通はそう考えるものなのですね」

「証拠のひとつでも見せられるなら話は別ですけど。できませんよね。だってそれ嘘ですし」

「証拠ですか。それならここに隠し通路の実物が」


 石楠花の茂みの陰にある隠し扉を開けると、


「え」


 狼の少年は困惑した様子で言いました。


「嘘、ですよね……?」

「残念ながらこれが現実です。中を見てみてください。わたしは離れてるので」

「…………」


 狼の男の子は警戒してる様子で近づいて、石楠花の陰にある隠し扉の中を覗き込みます。

 もふもふの尻尾がびくっとふるえました。


「そんな……まさか、本当に?」

「君が思っているよりも世界は広いのですよ、少年」


 勝ち誇るように言ってから、わたしは続けました。


「それでは、次はあなたが教えてくれますか? どうして、泥棒しようとしたのか」



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