6 不良娘と勘違いメイド
さてさて、遂に幕を開けた辺境領主生活。
しかしその最初の夜、わたしはひとつの現実に直面することになります。
「なりません。外は危険です。何より、アリア様を外に出さないようホーデン様に強く言いつけられておりますので」
ホーデンというのはお父様の名前です。
くそ、身長水増し星人め。
こんな辺境でもわたしの邪魔を……!
やはり、お父様の部下であるハーシェルさんを攻略しなければ、真の意味で自由になることはできません。
だって、食事以外自室の外に出ることさえ許さないと言うのです。
なんという不当な扱い!
虐待だー! 自由を返せー!
そう主張したいところですが、わたしを地下の書庫に七年半以上閉じ込めていたお父様です。
まともな議論が成立する相手ではありません。
しかし、わたしももう十四歳。
俗に言う反抗期に分類される年齢です。
よし、不良娘になろう。
そう決めたわたしは、真夜中にお屋敷を抜けだすことにしました。
「静かに。これは二人だけの秘密ですよ、ねね先輩」
「なー」
ねね先輩は「約束!」という風に鳴いてくれました。
こっそり持ち込んでおいた予備のカーテンを結び合わせて簡易的なロープを作り窓から垂らします。
三階からなので少し怖いですが、だからこそ誰もここから脱出することは想定しないはず。
正に完璧な計画!
あとは、外の獣人さんと交流してなかよくなってもふもふを……えへへ。
しあわせもふもふな未来を想像し、頬をゆるゆるにしていたそのときでした。
「アリア様、もうお休みになられましたか?」
ローズウッドの扉が開いて、クラリスが顔を覗かせました。
予想外の事態に頭が真っ白になったわたしは窓枠に足を掛けた状態でフリーズします。
やばい、見つかった……!?
と、とにかく何か言い訳をしないと!
「い、いや、これは緊急用の批難訓練と言いますか」
薄暗い部屋の中、クラリスは無言で近づいてきます。
怒っているのでしょうか。
普段やさしい人なので怖いです。
瞬間、クラリスの動きが速くなりました。
わたしの身体をぎゅっとつかんで屋敷の中に引き戻します。
「え」
突然のことに、何が起きたかわからないわたしに、クラリスは言いました。
「死んじゃダメ! 絶対ダメですアリア様!」
どうやらわたしが自殺をしようとしているとクラリスは勘違いしていたみたいです。
「死なないで! 私はアリア様に生きていてほしいです!」
ぶんぶんとわたしを揺さぶるクラリスを落ち着かせるのにはかなり長い時間がかかりました。
クラリスは完全にパニックを起こしていて、わたしの言葉なんて全然耳に入らないのです。
「わがままかもしれません。でも、生きていてほしいんです。お願いです。お願いですから……!」
顔をくしゃくしゃにしながら言うクラリスは、本当に必死で。
何度もわたしの肩をつかんで揺さぶるので、わたしはもう何が起きてるのかわからなくて大混乱です。
「落ち着いて。落ち着いてください。死のうとしてませんから」
どれくらいかかったでしょうか。
ようやく落ち着いたクラリスは、心から安堵した様子で深く息を吐きました。
「よかったです。本当によかった」
「そこまで心配しなくても」
「だってアリア様、地下にずっと閉じ込められていたじゃないですか。他のお嬢様にいじめられていましたし、人生を悲観しても仕方ないのかなって。それに、あんな闇が深そうなお父様の絵まで……」
「あー」
あの絵、我ながらかなり闇深そうな出来映えでしたからね。
狙って描いたのですが、知らないクラリスは不安に思っても仕方ありません。
「でも、どうしてそこまで心配してくれるのですか?」
「心配しますよ! 当たり前じゃないですか!」
「ですが、わたしはクラリスに何もしていませんし」
「……何もしてなくなんてありません。私、アリア様にたくさんのものをもらってるんですよ」
クラリスは言いました。
「入ったばかりのお屋敷で失敗して、他のお嬢様方に嫌われてしまったわたしをアリア様はやさしく迎えてくれました。どんくさくて不器用な私はたくさん失敗してしまって、……でもアリア様は全然怒らなくて。何をしても『いつもありがとうございます』って言ってくれたんです」
そう言えばそんなこともあったと思いだします。
今はすっかりできる人なクラリスですが、入ったときは失敗多かったんですよね。
慣れてない上に、お姉様たちにひどい扱いをされたのがよくなかったのでしょう。
わたしに対する接し方も虐待されて育った犬みたいに、怯えたものだったことを覚えています。
絶対に失敗できないと自分を追い込んで、逆に失敗が増える悪循環。
でも、どんなに失敗してもわたしはクラリスを怒りませんでした。
実は結構しあわせで、心に余裕がありましたからね、地下生活中のわたし。
あと、出来損ないのいらない子状態だったことを考えれば、お世話してくれるだけでありがたいと言いますか。
「それに、アリア様はお母さんに似てるんです。家族を亡くしてひとりぼっちだった私には、なんだか妹ができたみたいで」
そこまで言ってクラリスは、あわてて手を振って続けました。
「ごめんなさい! 妹だなんておこがましいですよね! 私ったらなんて失礼なことを」
「失礼だなんて全然。うれしいです」
そんな風に思ってくれていたなんて。
わたしが思っているよりも、クラリスはわたしのことを大切に思ってくれていたみたいです。
だからこそ、こんな辺境までわたしに付いてきてくれたのでしょう。
この人には打ち明けてもいいのかもしれない。
そう思ったわたしは、お屋敷を脱出しようとした理由をクラリスに話しました。
「実は、獣人さんたちとお話してみたくて――」
クラリスは真剣にわたしの話を聞いてくれました。
「それで、窓から脱出を……」
それから、すっと顔を上げクラリスは言います。
「意外とアグレッシブなんですね、アリア様」
「そうですね。そういうところがあるのかもしれません」
スプーンとフォークで本棚の裏に穴を開けて、隠し通路作ったりしてましたからね。
貴族家の令嬢の中では、行動的な方に分類されるでしょう。
「ずっと自由なんてなかったですもんね」
クラリスは真剣な目でわたしを見て続けました。
「アリア様が自由に外に出られるよう、私も協力します」
ねね先輩が同意するみたいに「なー」と言いました。
こうして、わたしたちは三人で作戦会議を開始したのです。