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13 アンデッドとの戦い


 それからの数日、わたしは夕方まで眠るダメ人間生活を送る一方で、アンデッドを撃退するための作戦準備に励みました。


「がんばってくださいね、アリア様」

「なー」


 クラリスとねね先輩に見送られて、絵画の裏の隠し通路へ。

 お屋敷を抜けだして、迎えの狼さんと一緒に村へ向かいます。


 着々と進む準備。


 そんな日常の中、戦いの日は唐突に訪れました。


「アリアさん、斥候班から報告が! 敵軍、この村へ向け進行を始めた模様です」


 狼さんたちに緊張がはしります。

 被害が甚大だった前回の戦いが頭をよぎったのでしょう。


「来ましたか。計算通りですね」


 わたしは、余裕がありそうな素振りで言いました。


「この襲撃を予想していたのですか?」

「はい。すべて読み通りです」

「さすがアリアさん……」


 狼さんたちは感心した様子で瞳を揺らしていました。

 予想通りっていうのは嘘ですけどね。

 知性も理性もないアンデッドの行動なんてどんなに考えても読めませんし。


 ですが、時には演技をすることも大切です。

 戦いにおいて、まず大切なのは気持ち。

 自信の不足は戦況に必ずよくない影響をもたらします。

 不安を払拭し、勝てるという自信を持って戦ってもらわないといけません。


 そういうわけで、今日のわたしはカリスマ天才軍師モードなのです!


 感情が全然表情に出ない表情筋死んでる系女子のわたしにとって、思慮深げな天才軍師を演じるのは比較的簡単なことでした。


 敵が来る方角を物憂げに見つめているだけで、みんな勝手にいろいろ深読みしてくれますからね。


「何も慌てる必要はありません。当たり前のことを当たり前にすることだけ集中してください。それだけやってくれれば、わたしがあなたたちを勝たせます」


 それっぽい台詞を言って雰囲気だけ出しておきます。

 狼さんたちは真面目な顔でうなずいて、持ち場へついてくれました。


 うんうん、良い感じですね。


 事前に伝えたとおりの配置につきます。


 不意に、夜の彼方から聞こえてきたのは地鳴りのような音でした。

 音は次第に大きくなります。


 それは巨大な一団が前へと歩みを進める音。


 松明の明かりが照らす向こう、現れたのは死霊の群れでした。


 骸骨の身体に、古びたサーベルを握り、一歩ずつ向かってくるアンデッドたち。


『魔物博士』のスキルを持っているわたしは、彼らの詳細な情報を知っていました。


 アンデッドナイト。

 Dランクの魔物ですが、恐るべきはその巨大な群れを作る性質。

 特にAランクの魔物であるアンデッドジェネラルが率いる大隊は、一つの都市を壊滅させた前例もあり、『対都市級』の災害指定を受けています。


「ま、前のときより数が……」

「本隊と合流したんだ。前回のは向こうにとっては前哨戦だったんだよ」

「そんな……」


 最前線の狼さんたちに動揺がはしります。

 どうやら前より数が多いみたいですね。


 死を恐れず、身体の一部をもがれても躊躇なく向かってくる不死の軍勢。


 骸骨の騎士たちが、堅固な柵を構えて待ち受ける狼さんたちと衝突します。


 瞬間、骸骨たちの足場が崩落しました。

 用意しておいたのは――落とし穴。

 知性を持たない骸骨たちは一斉に柵の前に作った落とし穴に落下します。


 その身体が白く発光したのはその直後でした。


 白骨の身体は純白の光に包まれ、霧散するように消えていきます。


「聖女様が用意した聖水が効いてるぞ!」


 そうです!

 落とし穴の底には、泥水を浄化した聖水を溜めておいたのです!


 知性を持たないアンデッドたちは次から次へと落とし穴に吸い込まれ浄化されていきます。


 恐怖の感情がない彼らは、目の前の状況を恐れることができません。

 警戒し、別の方法を考えることができない。

 死を恐れない強みは戦い方によっては弱みにもなるのです。


「嘘だろ、アンデッドたちが次々と消滅していく……」

「いける……! これ、勝てるぞ……!」


 聖水落とし穴による先制パンチは、狼さんたちにも勇気を与えました。

 厳重に作った防護柵を利用しながら、突破しようとするアンデッドたちを食い止め、落とし穴に落とします。


 その連携のなんと見事なこと!

 さすがは狼の獣人さん、と感心せずにはいられません。


 やれー! 突き落とせー!

 ふはははははは!

 敵がゴミのようだ!


 悪役みたいなことを考えて心の中で高笑いしながら、しかし表情筋は死んでいるのでクールな有能軍師顔をキープします。


 圧倒的有利で戦いが進む中、目の前に姿を見せたのは巨体のアンデッドでした。

 見上げるような巨体のアンデッドが地鳴りのような足音と共に近づいてきます。


「あ、アンデッドジェネラル……」


 わたしは白目になりながら、巨体のアンデッドを見上げました。

『対都市級』の災害指定、王国総出で対処しないといけない案件じゃないですか、これ。


「そんな、あの大きさじゃ落とし穴だって突破されて……」


 狼さんたちに動揺がはしります。


「いや、でもアリアさんなら! アリアさんならなんとかしてくれるはず!」


 期待に満ちた視線がわたしに集まります。

 頼りにしてくれるのはうれしい。うれしいのですが、


 ど、どどどどどうしましょう!


 あんな大きいのがいるのは想定外です!


 あわあわしている間にも巨体のアンデッドは一歩ずつ近づいてきます。

 落とし穴に対してもまったく臆してはくれません。


 大きな歩幅で簡単に跨ぎます。

 大木のような脚が木製の柵を紙細工みたいに蹴り飛ばしました。


 ちょうどわたしのすぐ目の前の柵でした。

 柵の破片が頬を裂きます。


 災害そのもののように強大な力が眼前に迫る中、わたしが頭をよぎったのは当たり前でシンプルな論理でした。


 ――やるしかない。

 やらなきゃ、やられる。


 もうやけくそです!

 何もせずにやられるくらいなら、特攻し、一矢報いて散ってやりましょう!


 うらあああああああ!!


 わたしは、巨体のアンデッドに体当たりすると、渾身の聖魔法を直接その身体に叩き込みました。


「オオオォォォアアアアアア――!!」


 直後響いたのは絶叫でした。


 おお!

 なんか効いてます!


 チャンス!

 これはたたみかけるしかない!


 わたしはさらに聖魔法を重ねがけしました。


「オオオォォォォォアアアアアアアアアア――!!」


 アンデッドジェネラルがたじろぎます。

 退かれた脚が落とし穴に滑り落ちます。


 中の聖水がさらにアンデッドジェネラルの体力を削ります。


 これで終わりだ!


 わたしは渾身の聖魔法を叩き込みました。


『ターンアンデッド!』


 アンデッドの巨体がまばゆい光に包まれます。

 骸骨の身体から、意志と力が抜けていきます。

 夜に霧散していくその姿は、まるで蛍の群れのように幻想的でした。


「倒した……倒しちまった……」

「あんな化物を……」


 驚く狼さんたち。


 おっと、いけません。

 有能軍師ロールプレイを続けないと。


「すべて計算通りです」


 涼しい顔で髪をかき上げます。


 動揺してても、顔に出ないのって便利ですね。

 表情筋が死んでるのも、これはこれで良いのかもしれません。


 柵の一部は破壊されたものの、銀狼族さんは見事な連携でアンデッドたちを食い止め、落とし穴に突き落とします。


 戦いは長引きましたが、大将を失ったアンデッド軍に、劣勢を覆す手段はありませんでした。


 最後のアンデッドが浄化され、わたしと狼さんたちだけが残ります。

 少しの沈黙のあと、一人の狼さんが言いました。


「勝った……勝ったんだ……!」


 こうして、みんなで力を合わせ、わたしたちは『対都市級』のアンデッドの群れを撃退したのです。



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― 新着の感想 ―
[良い点] どことなく、某時使いを彷彿させるハッタリを見ました(笑) 彼女の表情筋が戻るのはいつの日でしょうかね? もふもふしてる時の顔の緩みが凄そうですけど(笑)
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